第9話 高校時代
清美が高校に入ると、状況は更に悪化した。
ある時から清美の帰りが遅くなった。帰って来ても、身に着けていたものが汚れていることが多々あった。リュックに足跡がくっきりついていたこともあった。酷い時は怪我をしていた。
いじめだと思ったので、優しさを意識して問いただした。清美は、転んだと答えるだけだった。その言い方は酷く威圧的だった。攻撃的ではないが、意見を許さないような息苦しさがあった。その態度に負けて追及できなかった。
その頃の清美はよくぼんやりとしていた。宗助以外の家族と接する時は今まで通りの態度をつくっていたが、その他の時は無気力だった。
この頃、宗助は嬉々として清美に桜刃組の話をしていた。清美は曖昧な相槌を打ちながら、上の空で聞いていた。
人付き合いも活発では無いようだった。遊びに行くことも無いようで、休日になると図書館で本を借りてきて家で黙々と読んでいた。
気怠い日々が続いた。しかし、七月の土曜日に突然事態が変わった。
その日、私は清美と橙司、宗助と共にホームセンターに出かけていた。帰ってくると、油谷晋也という男の子が来ていた。
彼はリーゼントにド派手なシャツと腰パンという格好だった。接したことのないタイプの人間で驚いた。話してみると素直で誠実な人間と分かるのだが、その時は真面に言葉も交わせなかったので唯々怖かった。
司央里は、晋也君と先によく話していたようで、機嫌よく笑いながら清美に話しかけた。友達が来るなんて久しぶりだとかそういう内容だった。
清美は驚いていた。そして、晋也君が明るく話しかけると――この時点で清美のことを兄貴と呼んでいたので違和感はあった――、清美は首を横に振って拒絶の言葉を吐いた。あまり聞いたことないきつい言葉もぽんぽんと出ていた。
二人のやり取りを聞くに、どうやら以下のようなことらしかった。晋也君は一方的に清美を慕っているが、清美は彼と距離を置きたがっている。晋也君は清美の帰る方向からこの家を割り出し、司央里に友人と名乗って家に上がり込んだ。つまりは、ストーカーのようなものだ。
状況が推測出来て、正直ひいた。清美が辛辣な言葉を選ぶのも当然だった。私以外も同じ思いだったらしく、青い顔をしていた。晋也君だけが花が飛び出そうな程に上機嫌だった。その顔が突然私に向けられた。そして、飛びっきりの笑顔で私に言った。
――清美の父親は元ヤクザというが、そうは見えない。
私が反応する前に清美が晋也君の腕を掴んだ。そして、外に出ようと言って強引に玄関に引っ張った。清美の目は座っていた。
二人が出て行って、橙司が俯いてぶつぶつと呟いているのに気付いた。異様な行動の意味を聞こうとすると、顔を上げた。引っ込み思案な彼に似合わない怒りの表情があった。そして、狂信的に言葉を並べ立てた。
――清美は豊一君に裏切られたのだ。あの夜にきっと清美は自分の出自を彼に告げたのだ。あんな秘密を打ち明けるほどの仲は彼しかいなかった。だのに、豊一は誰かに話して広めたんだ。きっとそれで清美は傷付いて、ぼんやりとするようになったんだ。帰りが遅いのも、怪我してくるのも、あんな不良に付きまとわれているのも、それが原因でいじめでも起きているのかもしれない。
橙司は推理を披露すると、宗助に近付いて頬を打った。宗助が唖然としていると、橙司は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
――それもこれも全部宗助のせいだ。清美を物みたいに扱って、傷付けて追い詰めて最悪だ。桜刃組なんて訳の分からない遠い世界の話で清美を、家族を振り回すな。宗助も桜刃組も大嫌いだ。
橙司は宗助を蹴ったり殴ったりした。しかし、宗助が抵抗しないので、私が羽交い絞めにして止めさせた。橙司は釣られた魚のように暴れ、私に怒鳴りつけた。
――こんな家族も大嫌い。清美に気を遣わせて、腫れ物に触るような扱いして傷付けて、大嫌い。どうして清美だけ突き放すんだ。仲間外れにするんだ。
やがて橙司は、家族なのにと繰り返して泣き始めた。
橙司の言うことは当然のことだった。私は自分の行動を思い出し、それにバツをつけていた。私の行いが清美の居場所を奪っていたことに漸く気付いた。
幼い頃の清美を思い出した。膝の上に乗せて、本を読んでやっていた。清美は小さく柔らかな体を私に預けて、熱心に話を聞いていた。その丸くて赤い頬に愛おしさを感じて撫でた。清美は笑い声を上げて、されるがままになっていた。
清美の本質は結局あの頃と変わっていないのだ。私が清美を庇護してやるべきだった。拒まれても強く接さなければならなかった。清美の味方だと伝えなければならなかった。
気付けば、橙司と抱き合って泣いていた。司央里も泣き崩れていた。いつの間にか宗助はいなくなっていた。
三人だけで話をした。反省会だった。
私は清美と宗助と一番付き合いが長いのに何もできなかったことを恥じた。
司央里は外部から来たのに簡単に状況を楽観視して受け入れたことを悔いていた。桜刃組に清美が入ることは本気とは思っていなかったと語った。彼女に話した私自身がかなり緩く話していたので仕方がないことだと思う。
橙司は自分が清美に甘えていたこと、臆病であることを嘆いた。あの夜に豊一君に清美を渡したことを悔やんでいた。あの時に清美と対等な関係であれば、清美が頼ってくれる関係であれば、秘密が漏れることはなかった。その仮定に苛まれていた。
互いの傷を舐め合って、漸く今に目を向けれた。
今の問題点を整理していくうちに、司央里が密かに溜めていた宗助への不満を爆発させた。清美が幼い時から根が支配的だと感じていたが、あの夜以外に表面にあまり出てこなかったため、声が上げれなかったらしい。私と橙司は、宗助は清美を自分と同等に見ているように思っていたので驚いた。
宗助の傍にいると清美の考えが制限されていくので、なるべく二人っきりにしない方がいい。――司央里はそう言った。
清美はあまり人に左右されるタイプではないのでは、と私が言うと、司央里は唸った。
彼女はあの夜の清美の瀬戸香への言葉が引っ掛かっていた。清美は瀬戸香に対して、小学生の時は積極的だった。しかし、いつの間にか距離を置いた。そのことについて彼女は次のように考えていた。清美は一旦諦めて思考をしないことにしたが、胸中に沈めていた不満がぽんかんの死で箍が外れて飛び出したのではないか。もしそうなら、他にも本人でさえ考えようとしていなかった重要な問題があるのではないか。それを考えられるように環境を整えてあげたい。
彼女の考えはすとんと胸に落ちた。橙司も同じようだった。それで、宗助が清美に接している時は誰かしら傍にいようということになった。
その他にも対策を考えていたが、結局は清美自身の考えを聞かねば分からないことが多かった。だから、私がその夜にでも清美と腹を割って話すことにした。
話し合いが終わった後、夕食前に清美が帰ってきた。橙司がすぐに走り寄った。清美は何か異変を感じたらしく、不思議そうに橙司の頬を入念にこねていた。子ども扱いしないでと橙司はその手を掴んだ。そして、清美と頼りあえるような関係になりたいと告げた。清美はぽかんとして、首を傾げた。橙司は頬を膨らませ、清美の頬を引っ張った。それからじゃれ合いに発展して、二人ともけらけらと笑った。
夕食になると、清美と宗助の間に私が割り込んで座った。清美はまたも不思議そうにしていた。宗助は特に気にせず、桜刃組の話を始めた。私が止めるように言ったら、一旦は収まった。だが、暫くしてまた話し出した。その時は司央里が怒った。
司央里の言葉も言い返す宗助のそれも最初は核心的な鋭さがあったが、段々と子供染みていった。最終的に互いにチビと言い合っていた。瀬戸香は不快に思ったらしく、途中から参戦した。司央里は変わらない調子で言葉を投げた。瀬戸香は舌打ちして黙った。変なの、と清美がぽつりと呟いたのを聞いた。
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