第31話 はじめてのおつかい(慶次郎君・23歳)

 僕を信じて、か。


 うん、まぁ、心強い言葉である。

 何せ彼は安倍晴明以来のスーパー陰陽師様なのだ。そんな彼が言うんだから、間違いないのだろう。けれど――、


「は、はっちゃん。ええと、あの、すみません。あんまり広すぎてどこに何があるのか――」


 あたしが渡したメモ用紙と、天井から吊り下げられたフロアガイドのプレートを何度も何度も確認し、おろおろわたわたしている様を見れば、とてもじゃないがそうは見えない。数年ぶりに家を出た引きこもり、ってところだろうか。


 しかも、そんなに難解なものを提示したわけではない。

 仮に店や神社の方に買い置きがあったとしても、これならまぁ腐るものでもないし良いかな、というようなものばかりである。具体的には、トイレットペーパーと食品用ラップ、それからジッパー付きのビニール袋、それから、伝票に記入する際に必要なボールペン(替えインクでも使い捨てでも可)、だ。


 あたしだってこのホームセンターに来たことは片手で数えるくらいではあるけど、だいたい雰囲気でわかるというか、つまり、工具売り場にトイレットペーパーは並んでないだろうし、家電売り場には筆記具もないだろう。それくらいのことはこれまでの経験でわかる。


 トイレットペーパーは、商品自体がそこそこ大きい上に、やれシングルだダブルだシャワートイレ用だと意外に種類が多い。加えて、紙製品繋がりということでティッシュペーパーなんかも一緒に並んでいるだろうから、恐らく通路一つ丸々それらで埋まるだろう。

 それに季節関係なく、どんな人にだって必要なものなのでよく売れる商品だろうから、例えば入ってすぐ、目につきやすいところに積んであるかもとか、そういう予想も出来る。


 そんで、食品用ラップとジッパー付きビニール袋は同カテゴリだし、お料理関係だから、少なくともトイレとかお風呂関係の売り場にはないよな、とか。


 というようなイメージが彼には全くないらしく。


 さっきから、ちまちまとした工具売り場をうろうろしてみたり、ばら売りされている段ボールのコーナーに足を踏み入れては、一緒に陳列されているいろんな色のガムテープに圧倒されている。まぁ確かにトイレットペーパーも紙だし、段ボールも紙製品ではあるけどさ。いや、用途が全然違うじゃん?


 ホームセンターをうろうろするのは楽しいけど、問題は、彼がそれを楽しんでいないということだ。これがついつい目移りしちゃって――という話なら、まぁ慶次郎さんも外の世界に触れてはしゃいじゃってんのね、みたいな、それこそ初めてのおつかいにやって来た慶次郎君二十三歳ってことで微笑ましかったんだけど。


 その二十三歳が。


 軽くべそをかいているのである。

 彼の名誉のために言うけど、軽くよ、軽ーく。ちょっと目がウルウルしてるだけ。まだセーフ。これは泣いてるうちに入らない。


 だけれども、眉をきゅっと寄せて、目の端をうっすら赤くしてきょろきょろしているのだ。これが五歳の『けいじろうくん』だったら「どうしたの? お姉さんが一緒に探してあげるね?」って優しい言葉でもかけるところなんだけど、ところがどっこい、慶次郎君は二十三歳なのである。うん、こりゃあ確かに歓太郎さんも心配すぎてインド旅行キャンセルしますわ。


「落ち着きなよ、慶次郎さん。まず深呼吸。な? はい、吸ってー、吐いてー」


 リラーックス、と背中を擦ってやると、彼はあたしの声に合わせて深呼吸をした。よしよし。


「何もね、時間制限があるわけでもないんだし(いつかは閉店するだろうけど)、ゆっくり探したら良いんだよ。あたしが近くにいると気が散るってんなら、別行動にしようか?」


 ホームセンターって楽しいんだよね。別に工具とかいらないし、リフォームコーナーとか見たところでその予定も全くないんだけど、なんかついつい見ちゃうっていうか。メイドインどこ? って感じの家電製品が置いてあったりもして。


 と。


「だ、駄目です。いてください」


 控えめにシャツの裾をつまんで、涙目で訴えられる。そんな顔をされたらノーなんて言えねぇじゃん。ちくしょう、イケメンはこれだから困る。何、君外界に初めて降りてきた系の人? 天界の方でした? 


 あたしの母性本能が危うく暴発するところだったが、彼の胸元の『発光バター』を見て落ち着きを取り戻す。成る程、このTシャツの使用方法がわかったぞ。このためにあったんだな。あのわいせつ神主、やはり策士か。


「わかったわかった。そんな必死な顔しなさんな。もうあれだ、えっと、リハビリ。ね、今日からちょっとずつ慣らしていけば良いんだからさ」


 ほら、まずは軽いものから行くよ、と日用品売り場へと足を向ける。シャツの裾を掴んだままの慶次郎さんは、服が伸びないようにだろうか、慌ててそれについて来た。いや、放せや。


「お店によってどこに何があるかはまちまちだけどさ、でもちょっと頭を働かせたら、工具のコーナーに飲料水は置いてないだろうなとか、トイレコーナーに肥料はないよな、とかそういうのはわかるじゃん?」

「た、確かに」

「だからさ、ゆっくり買い物出来る時は店中くまなく歩いても良いけど、ちょっと急ぐ時なんかは想像力よ。ほら、今日買うの何だっけ?」

「ええと、トイレットペーパーと、食品用ラップと、ジッパー付きビニール袋と――」

「そんじゃ問題。食品用ラップはどういう時に使うでしょうか」

「ええと、料理を多く作った時なんかに」


 お皿にかけて冷蔵庫に……と、思い出しているのか、やたらと高い天井を半眼で見つめながら、そのジェスチャーをする。


「だよね。てことは、調理関係のコーナーの近くにありそうな気がしない?」


 そう言うと、カッと目を見開いて勢いよくこちらを見た。


「すごいですはっちゃん! 名推理です!」

「いや、すごくないから」


 あたしがすごいんじゃなくてあなたに問題があるだけよ、とはまさか言えないけど。


「よし、そんじゃ調理関係のコーナー行こ。こういう時のフロアガイドなわけよ。はい、どっち、右? 左?」

「左です!」

「よっしゃ」


 もうちょっとしたRPGのクエスト気分である。

 まずは初級クエスト、食品ラップを探せ!


 

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