第22話 人間はさ、顔じゃないよね

 それで、だ。


 あたしはカメラなんて持っていなかったから、写真は全部スマホなんだけど、そういう先輩もいたし、「スマホで撮った写真なんて写真じゃない」とか言う人もいなかった。それに、いまは加工アプリなんていうものあって、撮影の技術を色々補ってくれたりするし、結構面白い写真が作れたりするのも「こういうのも良いよね」って言ってもらえるようなお気楽な空気で、かなり心地よい空間だったと思う。


 部員は正直なところ何人いるのかはわからない。

 部長さんが言うには、出入りが結構激しいというか、幽霊部員が多くて、その幽霊っぷりもなかなかのものらしく、いまも所属しているのか、それとも辞めているのかすらわからないのだという。

 もう本当に『同好の士』が集まっているだけのサークルなので、撮影云々にかかる経費は自己負担であるため、サークル費の徴収というのも特にないからそれでも特に支障はない。


 一応部室らしきものはあるけれども、それも大昔にいたカメラ好きの教授が学内にこっそり作った(そんなこと出来んの?)暗室で、いまは一眼レフたってデジタルのが主流なため、プリンタで印刷出来てしまう。なので、暗室とは名ばかりのただの小部屋が部室となっている。そこに常にいるのは、最初に声をかけて来た彼――加賀見部長くらいなものである。


 そんで、たまーに、撮った写真を印刷しに顔を出すのが数人。加賀見部長の中では、その数人が正部員らしい。その中に含まれているのが、リク先輩と、リク先輩目当てのあたしである。


 ちなみにリク先輩はあたしのことをちゃんと覚えてくれていた。何せ部室で偶然に会った時の第一声が、


「あ、あの時の」


 だったからだ。

 視線はもう当然のようにある一箇所に固定されていたけれども、それはまぁ良い。慣れてる。確かに何よりも目立つ特徴ではある。仕方ない。ちくしょう。


「その節はありがとうございました。本当はすぐにお礼に伺いたかったんですけど」

「いやいや別に」


 などというやり取りをしているところに「あらら、何、知り合い?」と加賀見部長が割って入ってきて、彼を介して名前やら何やらを伝え合ったという次第である。


 もう既に先輩のことが気になっていたあたしは、それはもうガンガンに押しまくった。さすがに学生の身で高いカメラは買えないけど、先輩が好きだという野鳥のことはすごくたくさん調べたし、撮影に行くと聞けば邪魔はしないからと無理やりついて行ったりもした。結果、かなりの登山になったりして途中で下山を余儀なくされたりしたけれども。


 野鳥の話が聞きたい、なんて言って、ご飯に誘ったりもした。

 学部が違うから専門の授業は全然かすりもしないんだけど、一般教養科目の質問をしたりもした。

 毎日はさすがに迷惑だろうと思って、定期的にメッセージを送ったりして。


 そうしたら、今度はリク先輩の方からメッセージが送られてくるようになったのだ。それが金曜の十九時だった。もちろん、十九時ぴったり、というわけではない。十八時台のこともあったし、二十時を過ぎることもあったけど、大抵は十九時。


『いま何してた?』


 決まってその一文から始まり、あたしは、


『先輩からのメッセージを待ってました(笑)』


 と、あながち嘘でもないような返事をする。

 それで、また野鳥の撮影に行くだの、どこそこの電器屋でセールをやるだのという話題になり、『あたしも一緒に行って良いですか』となる。すると先輩は必ず『おう』と返してくれるのだ。ただ、二人きりではなく、そこには必ず加賀見部長がいた。加賀見部長の方がリク先輩よりも五つも上で、どうやら彼は院生らしいんだけど、馬が合うとか何とかで、よくつるんでいるんだとか。正直邪魔ではあったけど、仕方がない。


 さすがに毎週ではないけれども、そんな週末を過ごしていたのだ。


 だけれども、だ。

 欲が出たんだろう。


 二人だけで会いたかったし、出来ることならリク先輩の彼女になりたかった。それにちょっと手応えみたいなのはあったのだ。だってメッセージも送られて来るし、一緒に出掛けてるし。そりゃあ加賀見部長もいるけど、女はあたしだけだしさ。お昼に学内で会った時、そのまま一緒に学食行ったりもするし。まぁ、それだけっちゃあそれだけなんだけど。

 でも、何て言うんだろう。表情とかさ、ふとした時に触れる感じとかさ、そういうのあるじゃんか。あ、この人もしかして、あたしのことちょっと好きだったりしない? みたいなやつ。手応えっていうか。それに、下の名前で呼んで来るし。


 だから今日、告白したのだ。

 いつもとは違う可愛い恰好をして、行くのはいつもと同じ電器屋さんだったし、加賀見部長もいたけど。部長がトイレに行くと言ってほんの少し二人きりになった、その僅かな時間に。


 その結果が、


「葉月はさ、妹みたいな感じっていうか」


 だった。


 そっかそっか。

 そうでしたか。

 やだなぁあたしったら、ごめんなさい。

 ですよね。そう、ですよねぇ。


 何かそんなことを言って、馬鹿みたいに笑って、それで、ちょっと用を思い出しました、なんて明らかに無理のある嘘をついてその場から逃げた。ちょうどもうすぐ夏休みだったし、少し時間を置けばなかったことに出来るんじゃないか、なんて思ったりして。


 それで辿り着いたのがあのカフェ――いや珈琲処か――なのである。


 あのカフェ(もうカフェで良いや)で今日はもうとにかくイケメンに出会いまくったけれども、そこで逆に確信を持った。


 あたしはやっぱりリク先輩が良い、と。


 そう、人間はさ、顔じゃないんだよ。

 まぁ今日出会ったイケメン五人中三人は人間ではなかったわけだけれども。それはそれはアイドルグループとかに所属しててもおかしくないくらいのイケメンっぷりであったけれども、だ。


 それでもやっぱりあたしはリク先輩が良い。

 

 あのヘタレ陰陽師(とんでもない言い草である)の力で本当に上手くいくのかはわからないけど、どうせ一度振られているのだ。ダメ元、ダメ元。


 とりあえず明日、今後の細かい打ち合わせをすることになった。十時過ぎにでものんびり行けば良いらしい。


 明日はあれだ、もういつもの恰好で行こう。

 靴擦れも結構酷いし、足はサンダルで良いや。


 

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