第12話 五年前の神輿炎上事件
そこからしょぼしょぼと慶次郎さんが語ったところによると、だ。
この神社は『
そんで、驚くべきことに――ていうか、ちょっとうすうす感づいてはいたけれども、歓太郎さんと慶次郎さんは兄弟だった。あれね、名前をどっちも『
現在、ここの神社を継いでいるのは歓太郎さんなんだけど、別にこれは長男だからというわけではないらしい。要するに、適性があった、というか。
いやいや、慶次郎さんだって式神が云々言ってたじゃん、って話なんだけど。そういうのじゃなくて。
対人折衝能力っていうのかな。コミュニケーション能力っていうのかな、彼はそういうのがとにかく不得手なんだとか。うん、わかる気がする。
神社っていっても、相手にするのは神様ばかりじゃない。参拝に来るのは人だし、系列っていうんだろうか、そういう神社のお偉いさん(神職にも上とか下とかあるらしい)とのやりとりだってある。ほら、さっきのネット通販で年寄り連中が~、って言ってたやつね。ああいうのとやり取りするのがからっきしらしくて。
そんなわけで、歓太郎さんが跡を継いだのだそうだ。
幸いなことに、そっちだけじゃなくて、神主としての腕(この辺はよくわからないけど)は若手の中では頭一つ抜けてるんだとか。まぁこれは本人が言ってたことだから疑わしいけど。
けれども跡を継がずとも仕事はある。いつまでも人とのやり取りが苦手で、などと言っている場合ではない。慶次郎さんは、歓太郎さんの手伝いをしながら、少しずつコミュニケーション能力を鍛えていたのだという。
が。
「五年前の祭で、
五年前といえば、あたしはまだ中学生だ。そろそろ恋愛にも興味を持ち始めて、祭の日には好きな子の気を引きたいがためにお母さんに浴衣を着せてもらったりなんてこともした。まぁ、その時に好きだった子は結局あたしの友人とくっついたんだけど。ちくしょう。
それで、そう、祭の初日だった。
消防団のおじさん達とそのお子さん達が担ぐ神輿が燃えたのだ。神輿は二日目の予定だったから、それはどこかに保管されていたらしいのだが、夜祭も終わって、みんながそろそろと帰り始めた頃に燃えたらしい。当時十四歳のあたしは、祭といえどもそんな遅い時間まで出歩くことは出来なかったので、それは翌朝の新聞で知ったんだけど。
ただ、現場の近くに住んでいた友人は、カンカンやらピーポーやらのサイレンの音がうるさくて眠れなかったと言ってたっけ。
それが、どうやらこの神社だったらしい。てことはあたしこの神社知ってたのかな? 全然記憶にないんだけど。
「えっと、地元の不良だったっけ、犯人」
「そうです。まぁ、故意に火をつけたわけではなかったのですが――」
担いでみたかったのだという。
本来はかなりの人数で持ち上げる神輿だが、昨年の祭で実際に担いでみると大して重く感じられなかったので、だったら自分達(確か五、六人だったと思う)だけでも担げるのではないか。あんなに大勢でぎゃあぎゃあやらなくても、俺らだけで担げたら、マジかっこよくね? ということらしい。
馬鹿か。
重く感じられなかったのは、お前らよりもガタイの良いおっちゃん連中がしっかり支えてたからだろ! お前らみたいなヒョロガキの肩になんてほとんど乗ってなかったんだよ!
と、祭をこよなく愛する当時の担任教師はホームルームでそんなことを口走り、さすがに言い方に問題があると教頭から叱られていたものだ。
「その時の見張り役、僕だったんです」
「えっ!」
当時慶次郎さんは十八歳。歓太郎さんと交代でお社の中に保管されていた神輿の見張りをしていたのだという。
で、慶次郎さんがトイレに立ったその隙を狙われたのだそうだ。用を足して戻ってみると、くわえタバコの若者達が、神輿に群がっている。神輿の素材はほとんどが木材で、御札なんかも貼られており、とにかく燃えやすい。そもそもお社の中は禁煙であるはずなのに。
「僕が下手に刺激したのがまずかったのかもしれません」
彼は勇敢にも、神聖な神輿から離れろ、ここは禁煙だ、と叫んだのだそうだ。もしあの時、歓太郎を呼んでいたら、もしかしたらもっと穏便に済んだかもしれない、神輿も燃えなかったかもしれない、と慶次郎さんは肩を落とした。
彼らは慶次郎さんの態度に怒りながらも意外に――というのか、大人しく持参していた携帯灰皿に「これで良いんだろ」と目の前でその中にタバコを押し込んだのだという。
が。
どうやらかなり酒も入っていたらしいことと、多少なりとも、見つかったことに焦っていたのだろう、タバコが一本、灰皿の中に収まらずに落ちた。
それが運の悪いことに、ちょうど御札の上だった。あっという間に炎は神輿を包――んだわけではなかったらしい。燃えたには燃えたが、そこまで、一瞬で、とかではなく、じわりじわりと大きさを増していったのだそうだ。
その間に不良達は消火活動をするわけでもなく逃走し(後々捕まったが)、現場には慶次郎さんが残された。
そういえばあの時、確か大火傷を負った人がいたのではなかったか。それに、友人が眠れなくなるほどの台数の消防車やら救急車やらが出動する事態に発展しているのである。
だとしたら――。
ごく、と喉を鳴らして顔を上げると、目の前にいる着流しの慶次郎さんは、する、と袖を捲り始めた。
よく考えてみれば、だ。
仮にも飲食店なのだし、和装にするとしても、ほら、なんて言ったっけ、たすき? そういうやつをするはずなのだ。じゃないと、袖口にゴムのない着流しは、腕まくりも出来ないし、邪魔になる。
もし彼が、そのために着流しを選んだのだとしたら。
つまり、その袖の下には、あの時の火傷の痕が――……
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