第69話 エステとゲーム

「すごい……見たことのないものがいっぱいあるわ!」

「俺でもこの機械の使い方は分からん」


 アジアンテイストなエステティックサロンの中には、施術用のベッドが四台ゆったりと置かれていて、壁際には見慣れない機械がずらりと並んでいた。棚にはこれまた見慣れない液体が並んでいる。


 昔テレビで見たエステの施術映像では、機械で顔に蒸気を当てながらオイルマッサージしたり、美白効果があるという謎の光を機械で顔に当てたりしていたはずだ。ぼんやりと番組を眺めていただけなので詳しい事は分からない。


「たぶんこの機械と液体を使って顔とかをマッサージするんだろうけど……」

「これが勝手に動くのかしら?」

「そんなはずは……ないよな?」


 俺たちの疑問は、メイドさんに渡したマニュアルが解決してくれた。マニュアルには施術の順番から機械の使用方法、オイルの効能などが事細かに記載されていた。室内には壁掛けテレビも設置されていて、テレビにお願いすればマッサージ方法を説明する動画が流れる。


「メイドに覚えさせてやって貰えばいいってわけね」

「そのための従業員登録かあ……でも何度も練習しないとうまく出来ないんじゃないか?」


 確かエステティシャンになるための資格があったはずだ。という事はエステティシャンになるためには練習したり勉強したりが必要なんだろう。マニュアルをサッと読んだだけでは出来そうにない。


 マニュアルによると、エステは一回ごとに料金がかかるようだ。顔だけか体だけ、または両方などコースによって料金が異なる。どこまでもお金を要求する温泉宿だな。でもこれには例外があり、従業員登録した者同士であれば練習として何度でもお互いに施術できると書いてあった。


「という事はアタシとアマーリエも従業員登録してもらえば、お互いに練習し放題ってこと?!」

「そりゃそうだけどさ。ビアンカは施術する側になりたいのか?」

「メイドに色々やってもらうのもいいけど、どんな事をするのか興味があるわ! 棚に並んでる液体の正体も知りたいし。一度くらい体験してみてもいいと思うの!」

「俺はメイドさんにやってもらう方が……なんでもないです。でもアマーリエは許可出るかな?」


 予想ではござる兄さんは、アマーリエを従業員になんてとお怒りになりそうだった。従業員登録してしまうと客として宿泊できなくなるだろうし、そうしたらアマーリエのために用意したこの温泉宿の意味がなくなる。とりあえず今日の所は宿泊料金も払ってしまってるんだからやめておこうという事になった。


 エステを楽しみにしていたビアンカとアマーリエだったが、メイドさんにぶっつけ本番で施術させるのはさすがに気が引けたようで今日は施術してもらう事を諦めた。


 全員でマニュアルの中身をチラ見したけれど、専門用語が並んでいて読み込まなければ理解ができそうになかったのも後押しした。でもメイドさんは一晩かけて分厚いマニュアルを暗記しておくと宣言するほど意欲たっぷりだ。元々アマーリエの世話をするために派遣されたメイドさんなので、アマーリエが満足するように必死で覚えてくれることだろう。



「ティモ、ベネディクト、ごめんおまたせ。ゲームコーナー行こうか」

「待ってないからいいよ。このまんじゅうは甘くて良いな」

「たべすぎてくるしい……」


 エステには微塵も興味がなかったティモとベネディクトは、休憩用ベンチで箱入り饅頭を食べていた。向かいにある脱衣所からちゃっかり飲み物も買ってきている。饅頭に牛乳を合わせるとは、ベネディクトは上級者だな。


 ゲームセンターでは、それぞれのゲーム機から懐かしいメロディが流れていた。街にあるゲームセンターほどの大音量ではないけれど、傍にいる人の気を惹ける程度には大きな音だった。フロントとつながってるはずなのに受付カウンター前にいた時に音が全く聞こえなかったのは、結界の影響なのかもしれない。


「妙な音が鳴っているぞ! 中に歌劇団がいるのか?!」

「なにここ……うるさいわね?」


 よくよく考えてみると、この世界には音楽がなかった。日本だと街中が音楽であふれているのに、この世界では人の出す音だけだった。今まで設置した家族風呂や露天風呂付客室の室内でさえ無音だった。でも日本にある家族風呂なんかは脱衣所にBGMが流れていそうに思う。この温泉宿レベルの建物だと館内放送が流れたりするだろうし、先ほどのエステではオルゴールっぽいものが、客室ではラジオが聞けたりしそうに思う。


 一度気づいてしまうと気になって仕方ない。これはスイートルームに戻ったら、どこかに音楽のスイッチがないか探さないとだな。ベネディクトが使っている露天風呂付客室にももしかしたらスイッチがあるのかもしれない。


「カナタ、これおかし?」

「おお懐かしい、ラムネだ!」


 呼びかけられてふと見ると、ティモがドーム型クレーンゲームに張り付いていた。ドームの中にはラムネ菓子やチョコなどの小さなお菓子がびっしりと敷き詰められて回っている。ティモはそれらをお菓子だと見抜いたようだった。ドームは四方向から遊べるようになっていて、それぞれに動く台が設置されている。アームを動かして流れてくるお菓子をすくい上げ、動く台の上に落とすことで押し出して穴に落とす仕組みだった。


「これは、あの上にあるやつを動かしてだな……やっぱりこれもお金いるのか」

「ベネディクトくん、おかねください」

「僕もやってみたい!」


 ベネディクトから銅貨を受け取り、投入口に入れる。ティモの身長が足りずに操作しにくそうだと思ったら、メイドさんが踏み台を持って来てくれた。メイドさんが気が利くのか、従業員登録のおかげなのか。


 ティモの手を持って、一緒にボタンを押す形をとる。ベネディクトが真横に張り付いて操作方法を覚えようとしてくる。


「お菓子がいっぱい流れてるところ分かるか?」

「ここ、ここ!」

「それが近づいてきたら、このボタンを押すとだな……」


 アームの上には、ラムネ菓子が二つしか乗らなかった。


「へたくそ」

「ま、まあいいや。次はこれを台の上に落とすんだ。台が奥から出てきた時に、このボタンを押すとだな……」


 すくい上げた二つのラムネ菓子は元々積みあがっていたお菓子の上に落ちてしまい、何の動きもない。


「へたくそ」

「うまくいけば、台がお菓子を押してくれて穴に落ちるはずなんだ」

「おかしどこにいく?」

「こっちの取り出し口に……あれ? 一個だけ落ちてる」


 取り出し口には、なぜかラムネ菓子が一つ落ちていた。小指の先ほどの小さなラムネが五個セットになって包まれているものだ。それを開けてティモとベネディクトに食べさせてやると、初めての食感だったのか二人とも喜んでいた。


「ゲームとは面白いもんだな! ティモ、どっちが多く落とすか勝負しよう!」

「ベネディクトくんおかねください」

「いくらでも使うが良い!」


 ベネディクトが操作台の上に銅貨を積み上げて、ティモと勝負をし始めた。台の上にコインを積むなんて、初見なのに恐ろしい子。ラムネがなぜか落ちていたのは、こうやってやる気を出させるための罠だったのではと疑ってしまう。お菓子なんて隣にある売店で買えば安く大量に購入できるのに、子供の二人はそれに思い至らないようだった。値段よりもゲーム性が重要なのかもしれないけど。


 ござる兄さんがこの場にいなくてよかった。ござる兄さんは色々な種類のアルコールの中でも、最初に飲んだウイスキーが特に気に入ったようで、ルームサービスで取り扱っている全ての銘柄のウイスキーを並べて味比べをしていた。それが終わる頃にはいびきをかいて寝ていた。ベネディクトと二人がかりでベッドに運んで放り投げても起きなかったので置いてきた。


「アタシたちも楽しめるものはない? エステも売店も使えなくてつまんないわ」


 ビアンカとアマーリエは、クレーンゲームには興味を惹かれなかったようだ。意気揚々と温泉宿を設置しておいて、あれもダメこれもダメになってしまって申し訳ない気持ちはある。ゲームコーナーの中で二人が楽しめるものはあるだろうか。


「格闘型アーケードゲーム……いや、エアホッケーのほうがいいか?」


 ボタンを押して遊ぶゲームも楽しいけれど、せっかくみんなで遊ぶのだから協力したりする方が楽しいだろう。そう思って、ゲームコーナー中央に設置されたエアホッケー台へとビアンカたちを連れて行く。ホッケー台の上にはパックとスマッシャーが四人分置いてあり、やはりお金を入れなければ遊べない仕様になっていた。


 温泉宿を選ぶときに卓球にするかエアホッケーにするか迷ったけれど、卓球だと球がどこかに行ってしまったり練習しなければラケットに球が当たらなかったりしそうだったので、エアホッケーのあるゲームコーナーを選んだ。だけどお金がいるのなら卓球にしておけばよかったかな。


「これで遊ぶの? またお金がいるのね……ベネディクト君、お金くれるかしら?」


 察したビアンカがベネディクトにお金を要求する。クレーンゲームに夢中なベネディクトは、生返事で銅貨をビアンカに渡していた。ベネディクトの将来が少し心配になる。


「はい。これだけあれば足りるかしら?」

「うん、足りるけど……まあいいか。じゃあ、銅貨を投入口に入れるとだな」


 銅貨を投入すると、エアホッケー台から起動音が鳴って台の周りに電飾が点いた。ホッケー台の手元から空気が噴き出しているのが分かる。通常なら一対一かダブルスの二対二で遊ぶことを説明しつつ、今はお試しという形にしてビアンカ&アマーリエ VS. 俺の、二対一で遊んでみることにした。


「これを持って、このパックって言うやつを打ち合うんだ。お互いの手元には穴が開いてるから、相手の穴にパックを入れたら勝ちだ」


 説明してからスマッシャーでパックを軽く打ち出してみる。二人は初めて触るゲームだし、まずは俺がゴールを決めて点数が入ればどうなるかを説明してやろう。そう思っていた。


 俺の打ったパックを真剣な目で追いかけるビアンカの横で、アマーリエの右腕が素早く動いた。目にもとまらぬ速さだった。アマーリエはパックを的確に打ち返し、パックは真っ直ぐに俺の手元の穴に吸い込まれてしまった。一際派手な効果音が鳴って電飾が明滅する。ホッケー台の上部に取り付けられている点数表が“0-0”から“1-0”へと変更された。


「えっ……なんでっ」

「あら、アマーリエが勝ったの? すごいじゃない!」


 アマーリエは照れくさそうにはにかんでいる。こんなつもりじゃなかったのに。けど可愛いから許す。


 パックを壁に打ち付けて狙う方法を教えてあげながらふと気づいた。対面にいる二人の胸が揺れている。もしかしてエアホッケーとはパックを打ちあうスポーツではなくて、対戦相手の揺れる胸を鑑賞するためのスポーツではないだろうか。パックが俺の手元の穴に吸い込まれた。対面の二人が真顔でこちらを見つめてくる。思考を読むのはやめて欲しい。


 その後も何とかゴールを決めようとするのだが、全てアマーリエに打ち返されてパックがどんどん自分の手元に吸い込まれていく。後半はビアンカも打ち返せるようになって、気づけば点数表は“10-0”だった。


「あら? パックが動かなくなっちゃったわ」

「台から空気が出てパックが少し浮いてるんだけど、一定時間が過ぎたら空気が出なくなるんだ。お金を入れたら新しくゲームが出来る」

「じゃあアタシたちの取った10点はなくなっちゃうの?」

「それだけとれば十分だろ……」


 二対一なのが問題なのかと思い、メイドさんを追加してダブルスでやってみたがボロ負けした。メンバーチェンジしても、アマーリエがいるチームが常に勝つ。


 銅貨がなくなり試合終了かと思いきや、クレーンゲームでお菓子を大量ゲットしたベネディクトとティモが加わって、延長戦へと突入した。交代しながら勝負をしまくって、全員が満足したころには数時間が経過していた。アマーリエは無敵だった。


「ティモのどかわいた。ベネディクトくんおかねください」

「地味に痛い」


 ベネディクトの財布は、クレーンゲームとエアホッケーで大打撃を受けていた。まだまだ他にも面白いゲームがあると教えてやると、ござる兄さんから温泉宿の代金を返してもらうと意気込んでいる。そういえば俺も貸している状態なので、早めに返してもらいたい。


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