第37話 フルコース
翌朝起きるとビアンカとアマーリエはすでに内風呂に鍵をかけて入っているようでベッドにはおらず、一階には男三人が転がって寝ていた。ソファの柔らかさや床暖房などが気持ちいいようで、踏みつけても起きない。目が覚めた時に美女が横におらず男たちだけが残されているとか、ものすごい脱力感がある。
「ティモ、一緒に朝風呂入るか?」
「はいる!」
女性二人組はまだまだ出てくる気配がないのでティモと外風呂に入ることにした。軽くかけ湯をしてから浴槽に沈む。浴槽は全体的に白い大理石のような石でできており、中の湯には赤い花びらが散らされている。ゆず湯やワイン風呂なら入ったことはあるけれど、花びらを浮かせる理由は何なのだろう。
「カナタ、この花たべれる?」
「やめとけ。あめちゃんあげるから」
昨夜のフランス料理で変な葉っぱも食べられることを知ったティモは貪欲だった。これからはその辺に落ちてる草とか何でも食べようとするかもしれない。
「やっぱり広い浴槽はいいなあ。熱さもちょうどいいし、温泉水みたいだし。これで景色が良ければなぁ……」
庭園の外は、見渡す限り土だった。家の高さを誤魔化すためとはいえ、一階を埋めるのは失敗だったか。でももし普通の高さに設置していたら外から見えた時はどうなるんだろう。村人から丸見えなんだろうか。そう考えると、アマーリエとビアンカのためにも埋めておいて良かったのかもしれない。
そしてその後、俺は予想通り村長のエゴンさんに怒られる。怒られるのは毎回なのでもう慣れたし、村人たちの白けた雰囲気にももう慣れた。そんな顔してるけど心の内では受け入れてくれていることを、タブレットのマップ機能で俺は知っているのだ。ツンデレ村人達め。
ザクザクザクザク。クラウスが無言で土を掘り進める。時折青い長髪を肩から払いのけて爽やかアピールをしている。邪魔なら切ればいいのに。というか誰にアピールしてるんだ。アマーリエにアピールしているなら許さない。
「クラウスー、その穴はそこまでー。すぐ横に移動するから上がって来い!」
「ふふっ、自力で登れる訳がないではないですか。何せ私が真っ直ぐ下に掘りすぎた穴ですよ? 深すぎます。引き上げてください」
ドヤ顔で両手を真っ直ぐ上げて助けを求めてくるクラウス。シャベルは置き去りにするつもりか。
「ちょっとアンタ、青い髪のアンタよ! なんで土を撒き散らすわけ?! 頭からかぶっちゃったじゃない!」
すぐ横で土を固める作業をしていたビアンカがクラウスに文句を言っているが、クラウスはどこ吹く風だ。金髪ツインテールの美少女ビアンカにさえ靡かないクラウスの好みのタイプはどんな女性だろうか。まあ興味はないんだけど。
露天風呂付客室で豪華な夕食を食べた翌朝からは、ビアンカとアマーリエも村の堀づくりに参加する事になった。元々村の仕事は割り振りが終わっており、すぐに出来る仕事としてはこの堀づくりか魔獣の見回りしか空いていなかったのだ。
か弱い女性だし体力は全く足りていないが、それは俺も同じようなもんだ。ひ弱な現代日本人をなめてもらっては困る。作業、休み、作業、休み、休み、休み、作業からの休みと、だいたい休憩している。大切なのは、実際にはサボっていようが周りからは必死で仕事をしているように見えること。これが社会人として働いていた俺が数年かけて学んだことだ。
人数が増えたことで、堀づくりは以前よりも少しだけ進みが早くなった。もうすぐ村の半周くらいに到達する。期限は特にないから焦る必要もなく、土をかぶってもすぐに風呂に入れるから気持ちには余裕がある。
「もう夕方か。みんな、夕食が始まるから切り上げてシャワー浴びようか!」
『湯浅先輩、例のアレが箱の中に出てきてましたよ! 夕食の時間帯になったら自然発生するみたいです』
怨霊の佐久間がふよふよと近づいて来て、昨日から気になっていた事を報告してくれた。例のアレとは、アレのことか。
「でも村で用意してもらった夕食を食べないのは申し訳ないな。やっぱりあのフレンチは夕食として考えるんじゃなくて、デザート的なご褒美だと考えたほうが良さそうだな」
俺の呟きを盗み聞いたビアンカとアマーリエは、村の夕食の盛り付け担当者に、居候している身だから自分たちは少量でいいと伝えていた。村の盛り付け担当者はその謙虚さと外見の美しさにデレデレとしていたが、彼女たちの本心が別の所にあることを、俺しかまだ知らない。
シャワーと村の夕食を済ませて、クラウスとルイスとペーターをかつて暮らしていた家族風呂へ押し込めると、本日のメインイベントがスタートする。
「さあさお立ち合い、ご用とお急ぎでない方は……続き何だっけ?」
「はやくして!」
「よく分かんない前置きはいいから! その青い箱の中に昨日と同じ食事が入っているんでしょう?!」
『ふふっ、私はもう中身を知っているのですよ!』
ヤジがうるさい。ドヤ顔で自慢したいお年頃なのに。ビアンカとアマーリエとティモは既に壁掛けテレビの前まで集合していた。佐久間は薄型テレビから興奮気味に出たり入ったりしている。こら、青い箱に顔を突っ込むんじゃない。
青いオーブンレンジのような箱の上方の把手を引き、扉を開けた。そこには昨夜と同じように二段重ねの大きな白い箱が二つ、横並びに置かれている。
「箱があったわ! 今夜もあの素晴らしい食事が食べられるのね!」
「はやくはやく!」
「中身はどうか分からんけどな」
『ご心配なく! 皆様のご期待にそえるように頑張りました! 味見できないのが残念です!』
重みのある白い箱をひとセット持ち上げ、慎重にダイニングテーブルまで運ぶ。もう片方の白い箱はビアンカとアマーリエが二人がかりで大切そうに持って移動させていた。全員が椅子に座り準備が整ったところで、三人の顔を見回して声をかける。
「さあ、何が出るかはお楽しみ……」
「まあ! 昨日とは違う食事が入っているわ! アマーリエ、はんぶんこよ! アタシが切り分けてあげるわ!」
「勝手に開けるなよ……」
彼女たちはもはや遠慮もなく、勝手に蓋を開けて料理を分け始めた。俺の前に置かれた箱もティモが既に開けている。この世界には上司よりも先に飲み食いを始めてはいけないとかそういったルールみたいなのはないのか。俺は上司じゃないけど。
料理の詰まった白い箱は昨日と同じで二段重ねになっており、それぞれが四つに区切られていて合計八種類の料理が入っていた。内容は昨日と同じくフランス料理のような見た目のもので、しかし具材や盛り付けなどは少しずつ変わっている。盛り付けのバランスはフレンチとして完ぺきに見える。やはりメニューの書かれた紙は入っていなかったので、俺の語彙力が炸裂することになる。
・エビとホタテとアワビが炒められていてオレンジ色のソースが書けられていて、アスパラガスやカブやハーブなどがまわりに散らばっているもの
・フォアグラがアイスのコーン生地のようなもので包まれているもの、横にはミニトマトが飴でコーティングされたピンチョスみたいなやつ
・ガラスの器に白いムースが入っていて、中にエビとウニとキャビアが入っているもの
・白身魚が焼かれてハーブにまみれながらワインの味がするソースに沈められている。傍らに赤い木の実やパプリカが添えられている
・赤みの残った分厚い肉に茶色いソースがかけられており、何らかの葉っぱやハーブや鮮やかな色の野菜が周りに散らばっている
・たぶん牛肉が柔らかく煮込まれていてブロッコリーやトマトなどに囲まれている
・バニラアイスかと思ったらムースで、口に入れるとしゅわしゅわする謎の物体と赤や黄色のマカロン
・硬めのバケットと白パンとバター
これは日替わりみたいなもので数日おきに同じメニューが出ることになるのだろうか。それともずっと違うメニューなんだろうか。ずっと違うメニューだとすると俺の語彙力が死ぬ。あれ、もう死んでるのかもしれない。よく見たら息してないな。
「カナタそれたべない? ティモがたべてあげようか?」
「欲しいならあげるけど……ティモ、それ美味いか?」
「わかんない!」
「昨日と中身が全然違うけど、やっぱりとんでもない出来だわ!」
ティモも喜んでるし、ビアンカとアマーリエも目の色を変えて楽しんでくれている。料理付き一軒家が手に入ったし、あとは二人と混浴が出来れば言うことない。ああ、いい人生だったなあ。
『湯浅先輩、もう満足してるんですか? 私達の目的は、スーパー銭湯で岩盤浴に入りながら漫画を読むことですよね。諦めたらそこで終了なんですよ?』
「漫画かあ。それもいいけど、綺麗な奥さん二人と可愛い子供も手に入ったし、もうこれでいい気がしてきた……安らかに成仏できそうな気がする」
『気を確かに持ってください! 彼女たちがいつから奥さんになったんですかっ! それに和風な客室を買えば豪華な和食が食べられるんですよ。お刺身とカニしゃぶを諦めるんですかっ!?』
そうだ、スーパー銭湯は値段が高すぎて現実味がなかったが、和室付きの露天風呂付客室なら少し頑張れば手に入りそうだ。和食なら今みたいに何食べてるか分からんみたいな事もないだろうし、懐かしい味付けを久々に食べたい。
もう少し頑張ってみるか。頑張ると言っても町で塩を売りさばくだけなんだが。
「そのテレビで映画が見れたら良かったんだけどな」
『今となっては景色しか映らなくて良かったと私は思っていますよ。せっかくレアなスキルを持ってるのに、途中で簡単に満足しないでください。湯浅先輩ってそんなに安い男だったんですか?』
俺をいくら煽っても無駄だ。安い男でいいので娯楽と美女をください。
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