第36話 夕食後の夕食
「おーい、ちょっとこっち来てくれ!」
庭園で遊んでいたアマーリエとビアンカと裸のティモを呼び寄せる。男たち三人組を追い出したので、今家にいるのは俺たち四人と佐久間だけだった。
「なに? まだ驚く事でもあるの? アタシたちは早くお湯に浸かりたいのよ!」
「まあまあ、その前にこいつを見てくれ」
『それ私が発見したんですよぉ! って聞こえてないタイプでしたかぁ!』
彼女たちを壁掛けテレビの前まで呼び寄せて、テレビ横に設置された棚に乗った大きな青い箱を手で示す。佐久間の話ではこの箱に秘密があるようだった。
「怨霊の佐久間の話によると、この箱の中に本日の夕食が入っているそうだ!」
『私は食べられないんですけどねっ!』
興奮を抑えながら小声でビックリマーク付きで説明する。家の外の男三人に漏れ聞こえでもしたら大変なことになりかねない。しかし俺の説明にティモと二人の美女はきょとんとしていた。そんな彼女たちを見ながら青い箱の前面についていた扉に手を添える。一台で色々な料理が出来るオーブンレンジのように上方に把手があり、下へ向かって引くことで扉が開いた。
そこには二段重ねの重箱を二回りほど大きくしたような白い箱が二つ、横並びに置かれていた。
「この家には食事が付いてるってさっきも少し話したんだが、これがそれらしい。佐久間が通り抜けて中を視察したところ、洋食が入っていたそうだ。アマーリエとビアンカでも食べられるぞ!」
「よく分からないけれど、その白い箱に食事が入っているのね? でも夕食ならさっき食べたわ」
「二人分しかなさそうだし、食後でも四人で分けたら食べられるだろ?」
美味い物は別腹だ。村で貰える食事はしっかりと量があったが、それでも半人前くらいなら追加で食べられるだろう。さすがにクラウス達も呼び込んで二人前を七人で分けるとなれば一口食べられるかどうかも分からない、味も分からない程の量になるだろうから追い出しておいた。
重みのある白い箱を慎重に取り出してダイニングテーブルに置く。ティモたちを椅子に座らせて準備が整ったところで、俺がそれぞれの箱のふたを開けた。
「なにこれ……! こんなにも色鮮やかなものが、食べ物なの?! でもすごく美味しそうな香りがするわ!」
白い箱は二段重ねになっていて、それぞれが四つに区切られているので、八種類の料理が楽しめることになる。おせちのようにびっしり入っているわけではなく、それぞれの仕切りごとにフレンチやイタリアンのような凝った盛り付けがされていた。フランス料理を食べに行った時に大きなお皿にちまっと乗っている料理が、その飾り付けのまま箱に詰め合わされたように見える。
「思ったより量が多いな……でも前菜とかデザートもあるし、全部うまそうだ!」
「これをアマーリエと二人で分けて……食べていいの?」
「ああもちろん! ティモは俺と分けような」
「はんぶんこ!」
フランス料理のメニューは大抵がこじゃれた感じの長々とした文章が書いてある。残念ながら今回はお品書きの書かれた紙がついていなかったので、内容については見たままの感想をつらつらと述べることになる。俺の語彙力が炸裂する時が来たようだ。
・ガラスの器にさっぱりとした味の透明なジュレが入っていて、その上にカブとサーモンとキャビアが盛り付けられているもの
・エビとホタテとイカのマリネっぽいものが盛られていて、酸っぱいソースがかかっているもの
・茶碗蒸しのような食感のものの中にカニとウニが入っていて、緑のハーブが乗せられているもの
・白身魚と木の実とハーブをパイ生地で包んだもの
・ローストビーフのような中身の赤い肉の横にパプリカやヤングコーンが添えられていて黒いソースがかけられているもの
・大きなエビと白身魚がカリっと焼かれていてオレンジのソースがかかっており、その横にはにんにくの味がするリゾットが添えられているもの
・チョコケーキとチーズケーキとバニラアイスに赤いソースがかけられているもの
・柔からめのバケットと白パンとバター
ハーブとかエビとかソースが多い。何でもソースかければいいってもんじゃないだろう。確かに美味しいソースだけれども。語彙力については反省している。
「思ったより魚介類が多いな。ビアンカ食べられそうか? ……ティモ、取らないからゆっくり食べろよ」
「えっええ、食べたことのないものが多いけれど、とても美味しいわ! この料理、ものすごい完成度ね!」
そうだろうそうだろう。この夕食が付いているからこそ130万リブルもしたんだ。この料理は毎日復活するのだろうか。復活しなければ一食分のお値段が130万リブルという事になってしまう。毎日料理が復活するとして、メニューはどうなるのだろう。どれだけ豪華なコース料理でも、毎日同じものを食べれば飽きてくるはずだ。
「まだ分からないんだが、一日一度この料理があの箱に入っている可能性がある。でも二人分しかないんだ。だからビアンカとアマーリエは、もしもあの箱に料理が入っていたらどこかに隠して、あの男三人と村人たちからこの料理を守って欲しいんだ」
『あっじゃあ私が定期的に見ておきますね! テレビの横だからチェックしやすそうです!』
「ええ、もちろんよ! 絶対に守るわ! でも村人たちもこの家に入ってくるの?」
「村人たちはどうだろう。たぶん勝手には入ってこないだろうけど、ルイス達がなぁ……」
俺の言葉に、ビアンカとアマーリエは同情するような遠い目をしていた。わずか数日で人間関係を理解したらしい。あとでこの家の鍵がどこにあるかをチェックしておこう。客室なんだから鍵くらいかけられるだろう。
「ティモ、美味しいか?」
「わかんない!」
「それにしても何なのこの料理は……。このアタシが見たこともない食材が使われているわ。このソースもどうやって作っているのかしら。アマーリエは知っているかしら?」
アマーリエはビアンカの問いに静かに首を縦に振り、その後に横に振った。どっちだ。
アマーリエにメモを渡すと雑に書かれた文字が返ってくる。えっ、ついさっきまでは丁寧に小さく書いてくれていたじゃないか。料理に集中したい、か。うん。食べ物に負けた。なんか悲しい。
アマーリエは海のある国出身の為、ビアンカの知らないエビやホタテは食べたことがあるが、添えられている色鮮やかな野菜や様々な味が混ざり合っているソースは初めて食べるという。俺はソースの種類多すぎとしか思わなかったが、二人にとっては未知の味がする珍しいものだったようだ。
箱に入っていたパンで器用にソースをすくって食べており、二人の食べた箱に入っていた皿は舐めたように綺麗になっていた。たしか周りのソースは飾り付けのためだけで、食材につける必要はないと聞いたことがあるのだが。
「食べ終わった箱はどうしたらいいんだ? またあの青いオーブンにいれてみるとかか?」
「ティモまだたべてる!」
「アタシたちは食べ終わったから、こっちのを入れてみるわ」
ビアンカが元通りに箱を二段重ねにして、青いオーブンのような箱に入れる。一度扉を閉めて一呼吸置き、すぐにまた開けてみた。
「あっ……消えたわ! この青い箱はどうなっているの?!」
「手品みたいだな。ティモが喜びそうだ」
料理の入っていた重箱の様な白い箱は忽然と消えていた。この浴槽設置スキルは本当に謎な事が多い。また町に行ってお金を貯めて、色々な浴槽を買って実験がしたいところだ。
食後はビアンカとアマーリエが露天風呂に入りたいと言うので、俺は内風呂に閉じ込められてしまった。声がかかるまで脱衣所から出てはいけないらしい。露天風呂は二階から見下ろせる構造になっているので、今後も彼女たちが露天風呂に入る時には内風呂に閉じ込められるか、家から追い出されることになるのだろう。見られたくないのならちょっとしか見ないのに。変な事を口走ると家から追い出されるから黙っておこう。
「こんなに広い客室を買えたのに、居場所がここしかないとか……」
『まあまあ湯浅先輩、私がついてますから! あっ今のついてるは、憑いてるほうのやつですよ。分かっちゃいました?』
佐久間は俺の全裸を見ても動じない。怨霊になったから羞恥心とかそういったものも消えてしまったのだろうか。そうだ、タオルを巻いて浴槽に入ることを許可すれば混浴も可能かもしれないな。それか水着をどこかで売ってないか探してみるか。
しかしビアンカが言うには、この世界では女性が男性に肌を見せることはありえないらしい。水着だと上下が繋がっているタイプとかウェットスーツみたいなのしか着てくれない可能性がある。それだと混浴の楽しみが半減してしまう。何のための混浴なんだ。それに水着で入浴すると体が洗いにくいし、リラックスしにくそうだ。
「なんで佐久間はその白いワンピースを脱げないんだ? せめてそれが脱げるなら貞子であろうが目の保養にはなったのに」
『だってこれアバターですもん。課金でもしたら脱げるんじゃないですか? やり方知りませんけど』
「課金かぁ……お金使いすぎたからあんまりないけど、水着アバターはいくらで買えるんだ?」
『だから買い方分かりませんて。真顔で言うのやめてください。でもいくら怨霊だからって、女の私にそういうこと言うのは良くないと思います。湯浅先輩、そういうとこですよ』
佐久間のいう事はいまいち分からないし、ビアンカとアマーリエの二人と仲良くなるほうが早そうだ。ファンタジー小説では露出の多い服装のお姉さんが、何も言わなくても抱きついてきたり混浴に誘ってきたり主人公を取り合ったりするというのに。そのイベントが起こらないということはやはり主人公は他の人なんだろう。地道に好感度を上げるしかない。
「しばらくはティモと二人で入ることになるな。ティモ、この風呂はどうだ?」
「はぁー、いきかえり……たべすぎてくるしい」
「そりゃ二食分食べたからな」
内風呂はどこかから小さな泡が噴き出しており、浴槽に入っているだけでいつの間にか体中に小さな水泡がびっしりとくっついていた。日本で同じような湯に入った時は、浴室内の説明書きに炭酸風呂と書かれていて、炭酸風呂のメリットなどが色々と書かれていた。ほとんど忘れてしまったが、普通の風呂に入るよりも炭酸風呂のほうが短い時間で様々な恩恵が受けられるとかそういったことが書いてあったように思う。温度は低めに設定されているようだったが、実際に十分ほど肩まで浸かるだけで体の血のめぐりが良くなってきたように感じる。
体にくっついた水泡を一気にこすってみたり、ティモの背中に水泡をためてから指で文字を書いてみたり、ティモに体中をこすられたりしながら遊んでいたらついつい長湯してしまった。ちょっと楽しい。
入浴後は就寝時のベッドの割り振りを決めることにした。
「俺とティモが入り口側のベッドで寝るから、アマーリエとビアンカは隣のベッドで寝てくれるか?」
「えっ?! 男の人と同じ部屋で寝るの? しかもすごく近いじゃない! 私たちは昨日のあの部屋でいいわよ?」
ビアンカが驚いたように反論してきて、アマーリエも隣で頷いている。でもそうするとこのベッドにはクラウスたちが寝ることになる。俺は男の隣よりも美女の隣で寝たい。ちなみに俺が二人のどちらかと寝る計画は心の中にしまっておいた。
「家族風呂のイスよりはベッドのほうが寝心地いいし、男が多くて警戒するのは分かるけど佐久間もいるし、俺は綺麗なお姉さんの横で眠れるだけで嬉しいし触れなくても寝顔を拝むくらいなら怒られないだろうし深夜にベッドを間違えたりのお色気イベントが発生するかもしれないし」
「アンタ心の声全部出てるわよ! でもそうね、女の幽霊がいるならその霊に見張っててもらおうかしら?」
正直に心の内を伝えると良い方向に物事が進むらしい。俺の説得で、彼女たちと一緒に寝られることになった。日本にいた時でも美女二人と同室で寝るなんて体験はしたことがない。グループ交際、憧れだったなあ。
『一緒に寝るというのは語弊がありませんか? 私がベッドの間で一晩中見張り役やりますし』
二台のベッドの間をウロチョロする元気な佐久間がうらめしい。ティモが怖がるから落ち着け。
クラウス、ルイス、ペーターには一階のソファなどを自由に使ってもらうことにした。ルイスがバーカウンターに置かれていた赤白のワインが飲みたいと騒ぐので、一晩二階に上がってこない事を条件に譲ってやった。俺は心が広いんだ。断じてワインが苦手だからではない。ビールがあれば独り占めしたのに。
「何だこの酒は!? 商人から買うやつと全然違う! カナタも飲んでみろよ!」
「いや俺はワインの味の違いは分からんから……それより俺らもう寝るから静かにしてくれ」
「さらっとしてて飲みやすいのに、飲んだ時の喉の感じが全然違う! これ絶対いいヤツだろ!」
クラウスにソファをとられて床で寝ることになるルイスだったが、床が暖かいので固かろうが気にならないらしい。家族風呂の狭い空間でも居座ろうとしてたことを思い出す。
「こんだけ広けりゃ村の他の奴らも全員寝られるんじゃないのか?! オレ呼んでこようか?!」
「ルイスやめなさい。村人たちを呼び入れると酒を取られてしまいますよ。カナタ、シャンプーと同じようにこの酒も明日には元に戻っているのでしょう?」
「なっ……なんだって! 飲み放題じゃないか! 酒はオレだけのもんだ! 誰にもやらんぞ!」
寝る場所がどうこう言っていたビアンカとアマーリエだったが、柔らかいベッドに横になると秒で眠ってしまった。かくいう俺も、そんな二人を微笑ましく見つめながらティモを抱えてベッドに横になったあたりから、なぜか記憶がない。久々のふかふかベッドの力は凄まじかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます