第35話 客室案内

 ティモを抱えて家族風呂の裏手へと向かう。そこにはやはり俺の予想よりも大きな木製の建物が建っていた。一階部分が完全に地下に埋まり、二階部分だけが見えている状態だ。見えている部分の外観は木造で、それだけでも結構高さがあり大きい。穴を深めに掘ってもらって本当に良かった。


「二階に玄関があるタイプで良かったな。ちょっと隙間があって入るときに落ちそうになるけど……あとで木の板でもかけようか」

『湯浅先輩! 先に見てきましたけど、すんごいですよ! 外風呂にバラの花が浮いてました! テレビも大きくって!』

「なあカナタ! 俺らも入っていいだろお!? メイの言葉聞いたらもう我慢できん! 勝手な行動しないからさあ!」


 結局ルイス達三人組は勝手に物に触らない事と俺よりも前に出ない事を約束してもらい、付いてくることになった。騒ぐなと言ったところで騒ぐだろうし。


 ドキドキしながら玄関の扉を開ける。開けた瞬間、フローラルな香りが漂ってきた。ルームフレグランスか何かが置かれているのだろうか。もう期待できる。小さな玄関で皆に靴を脱ぐように言い、スリッパを履かせてから部屋の内部へと踏み込む。ティモは裸足のまま脇に抱えてきたので、そのまま降ろしてやると嬉しそうに先に部屋の中へと消えていってしまった。


 室内は白を基調にしたヨーロッパのリゾートのような雰囲気で、カーペットや家具の一部に青を取り入れてある。購入画面で白青と書いてあったが、なるほどこういうことかと納得がいった。夜なのに煌々と電気がついており、少し眩しいくらいだ。


 入ってすぐに小さなバーカウンターがあり、カウンターの上には小さいサイズの赤白のワインが一本ずつと、ミネラルウォーターやティーパックの紅茶などが置いてある。脇にはティーカップやガラスのコップなども並べて置いてあった。


 このワインは家族風呂における温泉まんじゅうや、塩サウナにおける塩のような存在なのだろうか。だとすると持ち出してしまうと復活しなくなるし、毎日消費しなければ勿体ない事になる。ログインボーナスだけは受け取らないと気が済まない性格が関係しているのかもしれない。俺の後ろにいるルイスとクラウスがうるさい。絶え間なく喋り続けているが、セリフは割愛する。


「なっ……ここは何なの?! まさかあんたのスキルでこの建物を出したっていうの?!」


 ビアンカとアマーリエが驚いた表情で固まっている。そうそう、この驚きっぷりを見たかったのだよ。後ろにいる男三人はうるさいだけだし。


 奥へと進むと、白と青の模様が入ったダブルベッドが二台並んで置かれている。ルイスがベッドに寝ころんでみたいとうるさかったが、男を一番に寝かせるのはどうかと思ったのでアマーリエとビアンカに試してもらった。俺はいつでもレディーファーストなんだ。


「どうしてこんなに弾むの?! 布に見えるのに……中に特殊な何かが入っているの?! 肌触りも素晴らしいわ!」


 二人の美女が和気あいあいとベッドの跳ね具合を確かめる様子は心が和む。あれ、あのポヨポヨした柔らかそうな物体は何なんだろう。ぜひ直接触って確かめ……ビアンカが冷たい目をしてるからやめておこう。


 タブレットの画像でもチェックしていたが、この広さのベッドなら一台に大人二人は余裕で寝られるだろう。アマーリエとビアンカとティモと俺の四人でちょうどいい。


 ベッドから降りたビアンカとアマーリエは興奮気味でとても喜んでいた。銀髪の美女がはしゃぎすぎた事を恥じるようにはにかんで俺を見ている。胸部を凝視するのはしばらくやめることにした。


 ベッドの向こう側には柵があり吹き抜けになっているようだったので、そっと一階部分を見下ろしてみた。すると一階リビングの一部と、露天風呂が見下ろせる構造になっていた。ティモが既に露天風呂で泳いでいる。それを興奮しながら見守る貞子。


『あっ湯浅先輩! 大切な事をお伝えしなきゃなんですよ! ちょいとお耳を拝借……』

「そんな事しなくても誰にも聞こえないだろう? ルイスははしゃいでで聞いてないし」


 そう言いながらも耳を傾けると、本当に大切な事を教えてもらえた。佐久間、実はけっこう有能だったのか。物覚えの悪い新人だと思っててごめん。


 五人を引き連れて階段で一階に降りると、広々としたリビングが広がっていた。大きな青いソファとミニテーブル、その向こうには四人掛けのダイニングテーブルセットまである。ソファの正面には壁掛けテレビがあり、その脇に設置された棚にはオーブンレンジのような大きな青い箱が置かれている。佐久間はさっそく壁掛けの薄型テレビの裏側から出たり入ったりしており、それを見たルイスをビビらせていた。


『うーらーめーしーやー』

「うっうらめ?! 何なのソレ?!」

『今の時代にうらめしやは古いですかねえ? それなら……【応援してくださる皆様へ大切なお知らせ】でしょうか』

「佐久間やめて」


 テレビの画面には自然の風景が流れているが地球っぽさはなく、空に色とりどりの惑星チョコが浮かんでいるので、おそらくこの世界の自然の風景が映っているのだろう。どうやって撮影したのか謎だ。青い箱についてはまたあとでチェックしよう。


「ホントに……何なのこの空間は? このアタシですら見たことのないものがたくさんあるわ……」

「これが俺のスキルなんだ。詳しい事は俺にもまだ分かってない。昨日話した塩も、このスキルで家ごと出したと言えば分かりやすいかな?」

「家ごと出して中にあるものを売ったって事ね。この家の中には塩はないの?」

「建物の種類がたくさんあって、ここには塩はないな」


 リビングの奥には小さな庭園があり、白い浴槽がひとつ設置されていた。湯には赤い花びらが浮かんでおり、ティモが花びらを集めまわっている。庭の外には本来はオーシャンビューとかの素晴らしい景色が広がっているのだろうが、残念ながら一面の土だった。まるでそこにガラスの壁があるかのように、みっしりと土が迫ってきている。結界がなければ土に押しつぶされていそうだ。


 庭へ出る脇にある扉を開けてみると脱衣所と風呂場があり、そこにも浴槽が一つ。ジャグジーのようになっているのか、浴槽の底から小さな泡がたくさん浮かび上がっていた。脱衣所に設置されている洗面台には、女性に嬉しい有名ブランドの化粧品がずらりと並んでいる。


「ねっねえ、あっちに置いてあるしゃんぷーとかいうのを見てもいいかしら?!」

「シャンプー? 別にいいけど……文字が読めなかったらティモに聞いてくれ。文字の形覚えてたしもう分かるはずだから」


 そんなに珍しいものでもないだろうに、ビアンカとアマーリエは内風呂と外風呂の両方からシャンプーやボディソープなどをかき集めてティモに説明を受けていた。なぜか興奮しており鼻息が荒い。


「ビアンカ、脱衣所にある化粧水とか美容液でも肌がツヤツヤになれるかも」

「なっなんですって?! 早く言いなさいよ!」


 美女は何をしても絵になる。鬼気迫る形相で化粧品を物色しながらはしゃぐ二人の姿を見て鼻の下を伸ばしていると、佐久間がふわふわと近づいて来て話しかけてきた。


『湯浅先輩のスキルって浴槽設置でしたよね。設置した本人がお風呂にあんまり興味がないように見えるんですけど。お風呂よりも温泉まんじゅうに執着してるし、この客室だって料理の事ばっかり考えてましたよね?』

「うーん、実はお湯に浸かれるのであれば何でも良かったりする。でも皆そうだろ? 銭湯に行くのはコーヒー牛乳が飲みたいからだし、サウナに入るのは冷たいビールが飲みたいから。スーパー銭湯に行くのは漫画を読みながらハイボールを飲んでぐうたらしたいからだ。温泉の種類にこだわるのは一部のコアな人達だけだろう?」

『漫画読んでお風呂入ってっていいですねえ! 早くお金貯めてスーパー銭湯を買っちゃいましょう!』


 それには大金が必要だ。今の調子で塩を売り続けるとして、ひとつのサウナで粗利益が70万リブル。町にサウナを設置できるようになったから、一度の町への訪問で三店舗に売りつけるとしても210万リブルだ。同日に色んな商店で売りまくるのはリスクが伴うし、そう簡単にはいかない。だとしたら5,000万リブルのスーパー銭湯を買えるのは……24回くらい町に行かなければならない。月に一度だと二年もかかる。


 いやしかし、日本で5,000万円を貯めようとしても二年ぽっちでは貯まらないし、そう考えるとたった二年ということになるだろうか。


 老後2,000万円問題とかあったな。俺の両親は今からそんな大金貯められないと怒っていたが、年金が貰えないと予想している俺からすれば、年金を貰いながらさらに2,000万円も追加して、どんだけ優雅な老後生活を送ろうとしているのかとか思っていた気がする。そう考えると楽にお金の貯めることのできるこの世界から離れたくなくなる。


 考え事をしていると、ミュート設定していたはずのクラウスが話しかけてきた。


「カナタ、これだけ広い空間があるのです。今夜から私達もこの家に泊めてもらう事はできませんか? 二階のベッドを使わせろとは言いません。椅子でも床でも構いませんので」

「うーん……じゃあ二階は俺たちが使うから、一階部分を使って貰うか……? あっでもクラウスたち泥だらけだし、先に家族風呂で汚れを落としてきてくれないか? この家の一番風呂くらいは俺に使わせてくれてもいいだろう」


 俺の返答にクラウスは少し羨ましそうな顔をしながらも納得してくれた。うろついていたルイスやペーターも頷いている。


「分かりました。では入浴後はこちらへ戻ります」

「できるだけゆっくりして来てくれ! たぶんあの二人が今から風呂に入るから!」


 じゃあその間お前はどこにいるつもりだという冷たい視線を受けながらも、男三人組を客室から追い出した。俺にはこれからしなければならない事があるんだよ。


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