第3話






二階から紐で吊らされた洗濯物が青空の下で風に揺られている


さらに国の中心部から離れた

賑やかな喧騒から離れて静かになっていく通り道

次第に二人の足音だけが響く

家と家の壁の間を通る

見上げると青空と白い雲が見える

白い鳥が空を裂くように飛んで消えてった



「こちらです」

優しい声に反応して顔を向ける

促されてついて行く

手すりを掴み下へ階段を降りる

外の光との明暗により視界が眩む

すぐに目が慣れるとそこには木製の扉があった

黒い取っ手を掴みアルムがどうぞと言って招き入れてくれた

「お邪魔します」

中に入ると棚に様々な物が並んでいた

これは

「薬瓶?」

「はい。そうです」

先にアルムがカウンター奥に消えたところから声が返ってきた

そして手招きされて進む

傷薬、胃腸薬、痛み止め、解熱剤、魔力欠乏症の初期に飲用する薬、血行促進薬、頭痛薬、虫除け、痒み止め、目薬など軽く見ただけで沢山あった

自分も魔法薬や薬学を学んできたからわかるが

これを自前で用意しているならすごい腕前だ

研究者であり立派な医学者でもあるのだろう

カウンターの中に入り奥に進もうとしたらあるものが目に入る

「これって!」

思わず手に取る

ガラスケースの中に美しく綺麗な赤い光を纏っている

フェニックスの羽が入っていた

非常に珍しい品物だ

高位の冒険者に依頼しても数年かかっても手に入らない

重症者や瀕死の者すら助けることができる伝説のアイテムだ

ほ、ほしい

つい商人としての血が騒ぐ

「どうかしましたか?」

「い、いえ」

慌てて棚に戻す

「ああそれですか?同門の後輩から貰ったんです」

「貰った!?」

「はい。彼はあのフェニックスと契約している珍しい召喚者なんです」

神話にも出てくる不死鳥と契約だなんて

契約するには天文学的確率で難しく

適性だけではなく、選ぶのではなく選ばれる

そういった特殊な契約となるらしい


「気に入ったのなら差し上げますよ」

にこやかに言った

「えっ!?そんな簡単に。ダメですよ」

慌てて止める

静止を気にせずにアルムはガラスケースに触れかけられていた魔術を解呪したようだ

作業が手早く術式も解読できなかった

ピィーンという高い音がした後

ガラスケースの蓋が外れる

「綺麗ですよね」

そのまま手渡される

えー?数年は働かないで暮らせるものを簡単にくれるなんて

「も、貰えませんよ!」

動揺して手が震えて落としそうになる

ふわぁぽわぽわしてあたたかい…


「フフ、お包みしますね」

そう言って羽を持ち片手で包帯のように布を巻いた

布自体にも魔法印字がされており

感知阻害と防護効果が付与されているようだ

手厚い…いや品物が品物だし当たり前

俺なら新聞紙に包んだり、気分で購入した紙を包み紙にしていた

これはこれでウケがいい…はず


「はい。どうぞ」

「あ、はい。どうも…」

考え事をしていたらポンと手渡される

も、貰っていいのかな?

自分の中の天使と悪魔が囁く

うぅ……

勝手に脳内で論争が繰り広げられるもの

どうかしましたか?と声をかけられ中断するしかなかった

促されて部屋に入る

仕方なく、仕方なく鞄に入れる


自宅兼店なのか

店内より少し狭いようだけど個人的にこの作業部屋、彼的には工房のようで好感を持った

少し慌ててテーブルの上の書類を片付けている姿を横目に促された席に着く

壁付けにされたテーブルの前には窓があり小さな庭が見える

晒された土の真ん中に丸く生えた芝生の中心部に細い木が植えてある

雲間から差し込んだ光が当たっていてどこか神秘的に見えた


「よかったらどうぞ」

ぷるぷるとなぜか震えた手でマグカップを置く

見つめるとなぜか手をぶんぶんと振り

「ちゃんと洗ってますから!大丈夫ですよ!」

「フフ、そんなことは気にしてませんよ」

「それならよかった。以前寝ぼけて変身薬の試薬をコーヒーに入れてしまって怒られてしまって...

こちらもどうぞ」

照れくさそうに笑って小皿にの...ったものを一瞬で下げてカヌレを茶菓子に出してくれた

今見たものは...

黙って見つめると観念したのか

「あはは...自作のクッキーです」

再度現れたものはクッキーらしい

なんで一瞬七色に光ったんだろう

「料理は科学だと、学院時代に教授に教わったんですが御覧の、有様でして」

見た目はあれですけど結構おいしいんですよと自虐的に笑う


「そう.......」

じっと見つめて、ひょいと一つ小皿から拝借する

「あっ!」

制止される前に頬張る

サクッ......モグモグ......

ピカッ


「お、おいしい!!おいしすぎる!!」

「今一瞬何か光りませんでした?」

サクッとした食感にトロっとした何か

そしてフワッと香るバターと何か

余韻に香辛料の香りが後を引き何かが光る

.......こんなの、食べたことはない


「...レシピを教えてくれませんか先生!!」

「えっ!?至って普通のジンジャークッキーですよ?先生はやめてください」

詰め寄る俺を防ぐように手のひらを胸の前に置きのけぞりながら慌ててそう言った

普通のジンジャークッキーは光りません


一旦落ち着く

お茶は普通においしい

一息ついているとガサゴソ棚を漁っていたアルムがこちらにやってきた


「これなら着れると思うんですが...」

「ありがとう。て、えっ!?」

差し出された服を受け取り広げると

それは高級服だった

白い絹の生地に青い花の刺繍がされていて、方から腰下まで青い透けた布が綺麗で一目で職人のこだわりを感じた

細かい銀細工の装飾まである

た、高そう…

高級品に慄いているとポカンとしていたアルムが話し出す

「お気に召しませんでしたか?」

不安そうな顔で尋ねられる

「そ、そういうわけじゃないけど、これ貸すには良すぎる品物だよ」

動揺しすぎて口調が普段通りになってしまったことも気付かない


「いえ、差し上げます」

「何を?」

「ですから、これを」

指差したものはやはり、この服だ

「貰えないよ!これって高級品だし、もしかして贈り物じゃないのかい?」

アルムの後ろには白い木箱と裏になったメッセージカードが見えた

指摘されたアルムは目を丸くした後どこか憂いを帯びた目をしてメッセージカードを裏から指先で撫でた



「いいんです。もう……必要のないものですから」

そう語る横顔は誰かを思っているようで

簡単に言葉を重ねることはできなかった

「ささ。着替えてくださいね。俺は店の方にいますので」

ニコッと笑って、箱にカードをしまって去っていった


………


残された服を見て、仕方ないと言い訳し着る

後でお礼を考えないとなーと考えながら着替える

羽織っていたコートをたたみテーブルに置く

外と内側が白と黒でリバーシブルのコートだった

自分が着ていた衣服は見るも無惨にボロボロで

あそこに放置されていたら露出で捕まっていたかもしれない

それは己の倫理観とプライドが許さない

魔道具入れの鞄は白馬のアレクに背負わせていたから持ってきていなかった

とりあえず布切れと化した服を丸め

新しい服を着る


………ピッタりだ


丈は長めだが軽く白く光沢感と清潔感があっていい

やはり、質が良すぎるなぁ

貴族とかに卸してもらう品物だよ…

姿見鏡で全身を確認するも

自分で言うのもなんだけど、どこぞの高位の神官のようだった

神官にしては洒落っ気と高級感がしすぎだけど

派手すぎない装飾が気に入ってしまった

タダほど高いものはない

何かの本でそう格言があった

…あとで高額請求とか汚して弁償、または盗品?などと考えてしまう

一人であたふたしているとコンコンと扉をノックされつい返事をしてしまう

入っても大丈夫かと問われ

はい!と無駄にいい返事をした

キィー…と音を立てて開いた扉からアルムが眼鏡の位置を直しながら現れる

そして俺を見て固まった

「……」

…愛想笑いを浮かべた俺を見て黙られると

心苦しくなる

やっぱり変?それとも惜しくなった?

不安感に駆られる


ツァー…………

ッ!?


静かに頬を流れたのは涙だった

え!?な、泣くほどでしたか!?

慌てて脱ごうとしたけどどこか破きそうで慌てる

パチッと瞬きをしてアルムが動き出した

「すみません。…あはは…恥ずかしいところ見せちゃいましたね」

黒い手袋の手首で涙の跡を拭うもまた一雫流れる

それを見て、体が勝手に動き出す

「…!」

指でそっとアルムの頬の涙の跡を拭う

雫が光を吸い込んでキラキラと光る

それは宝石のようだった


「な、なんで」

目を見開き動揺するアルム

「…すみません勝手なことを。でも、どこか辛そうで寂しそう…だなんて思っちゃって。変ですよね」

そういえば触れられるのが苦手って言ってたのに

余計なことをしてしまったと反省する

そして離そうとした手を咄嗟に掴まれる

「……なぜ、平気なんですか?」

「え?特に何もないですけど…」

「あなたは一体……いや、なんでもありません。ありえない」

まじまじと見つめられた後、彼は悲しそうに表情を歪める

なぜこんなに辛そうなんだろう

初めて会ったばかりなのに

不思議と気になってしまう

どこかこの、不安定で子供の目のような純真さと寂しさを感じさせる瞳に彼を重ねてしまう

誰よりも輝いているのに、誰よりも自分を認められない君を



スリ……

思考しているとアルムが俺の手の甲に頬を擦り付けるように触れる

白い肌が涙のせいか僅かに赤く

触れた髪がくすぐったい

普段から驚いて離れるのに

この時はあどけなさと切なそうな彼の様子に

自然と身を任せてしまった


少しの間好きにさせるとさっと離れ、照れ臭そうに笑い

「ありがとう。スノーさん。あなたがあまり似合っていて、あまりにも会いたい人にそっくりで、甘えてしまいました」


「いいえ。事情はわかりませんがアルムさんに少しでも役に立ったなら。私は平気です」


「優しいんですね。そんなところもそっくりです。俺のことはアルムと呼んでください。ぜひ…」


「アルム…」


アルムは目を閉じて噛み締めるように言葉を聞いて

そして、優しく微笑んだ


「はい」




≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫



「ええ。こちらが標高三千メートルほどの山岳地帯に生育し北方の方で分布してます。これは深海で人魚の遺骨を乾燥させ粉末にした物です。不老不死は無理ですが怪我の治療や老化を遅らせることはできます。とても苦いので錠剤にして処方します。こっちは龍苔ですね。三百年に一度北の大陸の仙人が住むという山の空に現れるという龍の背中に生えると言われる苔です。主に滋養強壮肩こり腰痛胃弱と寿命が延びます」


「………どれか一つ売れば一生遊んで暮らせますね」


「あはは。そうですね。ですが貴重な材料ですから滅多に差し上げません。あっ、欲しいならお好きにどうぞ」


「前後の分が矛盾してない?」


「滅多な機会なんですよ」

朗らかに笑うものだからこちらが毒気を抜かれる

そこらへんの貴族屋敷に盗みに入るより稼げそうだと悪い想像をする

絶対しませんけどね


「医学談義も大変有意義で素晴らしいですが、お腹が空きませんか?」


「はぁ、まぁ…」

先程の虹色に光るクッキーを思い出し、ついそんな曖昧な反応になった

「あはは。大丈夫ですよ。さっき買ったパンに挟むだけですから俺でもできます!自作ソースもありますけど」

その手には茶色い遮光瓶に入ったソースが握られており

蓋が僅かに開くと隙間から虹色の光がはみ出たので急いで閉めた


「なぜ料理がうまくできないのかわからないんですよ。レシピ通りに順序通りμの誤差もなく工程をこなすのに全てが光るんですよね。教授もその時だけは笑顔が歪むんです」

困ったように笑うが、困っているのはその学院の教授だろうね

「よかったら、教えようか?」

「ほんと!?あっ、ほんとですか?」

「タメ口でいいよ。こっちは勝手にそうしちゃったし年齢も一緒ぐらいだしね」

「そう?それは嬉しいよ。俺、友達とかあまり居なくて…」

「じゃあ、今日友達が一人増えたね」

「!!。ああ、なんて君は素敵な人なんだろう」

破顔してそう言った

理知的だが、本来は子供のように溌剌とした青年なんだろうと思った


ゴーーン!!

「おわ」

「あー、もうこんな時間か。納品しに行かないと」

困ったように笑うアルム

時間?

今更大事なことを思い出した

「や、やばい」

「やばい?何がやばいの?」

ソース瓶の蓋をかちゃかちゃと開け閉めしながら言う

「俺、迷子だった」

大事なことを今更思い出したスノーであった




ガチャン

ピーーーン


「よし。では行きましょうか」

「うん」

店の施錠をしたアルムが先導してくれた

店も結界で守っているようだ

自然すぎて気づかなかった


来た道も戻るように歩く

アベルもカインも心配かけさせちゃったかな

普段は一人行動だから

誰かを待たせるってことは頭になかった

それが申し訳なさと、浮き立つような温かい気持ちにもなった

自分を知っている誰かがいる

そんな事のありがたみを感じた


フワッと吹いた風の中に精霊の気配を感じる

森の中にいるような錯覚がして少し安堵する

大国の中にいるのに不思議だった


「どうかしました?」

「なんでもないよー」

笑って返す


次第に人通りも増え最初見た光景に近づいてきた

店先のガラス越しに小さな屋敷の模型と庭の中に

動物の小人とお洒落な家具、植物、洋服などがあり

その精巧さに夢中になって覗いていると

店内から白髭の恰幅のいい老人が微笑んでいて恥ずかしくなり

髪を直すふりをして離れた

するとそれを黙って見ていたアルムに微笑まれ

恥ずかしくなる


そんな観光をしつつ大通りまで来た

やっと見た光景まで戻ってこれた

アベルたちはまだいるかな

キョロキョロと辺りを探すも見えなかった


「お仲間さんはいた?」

「ううん。ここにはいないみたい」

「そう。でも安心して。俺も一緒に探すからさ」

「いいよそんなの!お世話になりっぱなしだしお仕事中でしょ?ここからなら集合場所もわかるし大丈夫!」

安心させるように笑うもアルムは心配そうな顔をしている


「本当に大丈夫?ここら辺なら治安も悪くないし騎士もいるから大丈夫だと思うけど…あ、もしかしたら案内所に迷子のお知らせがあるかもしれないね」

チラッと横目で巡回をしている騎士を見てアルムが言う

そんな初体験はしたくはないなぁ

スノーくん。迷子のスノーくんはいませんかなどと捜索されていたら隠れてしまいそうだ


「最終手段にとっておくよ…」

「フフ、本当に困ったら俺の店に来ればいいよ。場所は覚えてる?」

「うん。覚えているよ」

「なら大丈夫かな。また、会えるといいな」

「会いに行くよ」

「本当!?そんな事言うと俺、待っちゃうよ?」

拗ねた子供のような態度でつい笑ってしまう

「うん。待っててよ。仲間にも紹介したいし、また会いたい」


「………嬉しいな」

アルムは優しく笑ってそう言い

手を振って別れた

背負った大きな鞄が人混みで見えなくなるまで俺は後ろ姿を見ていた


……


よし

こっちもこっちで頑張ろう

まずは周囲を散策し情報収集だ

そう思って振り返るとぶつかる

反動でよろけるも、腰を支えられ転ばなかった


「あ、ありがとうございます」

今日はドジばかりが目立つ日だな

と内心愚痴る


「お怪我はございませんか?お姫様?」

この気障ったらしいセリフと声は

「スイさん?」

見上げるとスイウンがいた

いつもの戦士服から灰色のローブを纏っていた

「ねぇスノーちゃん今失礼なこと思わなかった?」

「全然。支えてくれてありがとう」

表情に出さないようにして姿勢を戻す

スイウンは納得したのかしてないのか

笑顔のまま腰に手を添えたままだ


「スイさんは用事は終わったの?」

「う〜ん。まぁ終わったといえば終わったけど、増えたからなんとも言えねぇな」

ニヒヒと笑う

仕事が大変なようだ

「それよりスノーちゃんはなんで一人?他のアホどもは?」

周囲を窺いながらスイウンが言う

知り合いがいないとわかると表情が引き締まる

「…チッ。護衛一つできねぇのかよあのアホども。何かあったらどうするんだ」

苛立ったように顎に指を添えている

「俺が勝手に離れたからいけないんだ。怒らないでほしいな」

「いくらスノーちゃんが可愛くおねだりしてもそれは譲れねぇなぁ。もし何かあったらあいつら本気で殺しちゃうぜ俺」

俺の髪を優しく撫でながらそう言う

やっていることと言っている事の差に驚く

「そんな…」

「まぁ半分冗談。一応用心として式神つけといたし…ん?」

話しながら俺の影に靴の先で触れ

そして疑問を抱いたような顔をした

「………いない?」

トントンと影を蹴るが何も起きない

どうしたんだろう

「スイさん?」

「いや、なんでもねぇや。そんなことよりスノーちゃんその服超似合ってんね!綺麗すぎ美人すぎ!俺とデートしない?」

打って変わって飄々とした態度になり

そんな提案をしてきた

躱されたと思ったが追求はしない

「煽ても何も出ないよー。さぁ二人を探しに行こうよ」

「えぇー。じゃあそれまでデート!デート!」

嬉しそうにスノーの肩を掴み寄せてスイウンはご機嫌のように笑う

呆れながらも二人で歩き始めた



前を向いているスノーは気づかない

横目で影を睨んでいたスイウンの眼差しに


スイウンは嫌な予感を感じていた







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