第2話











赤茶色のレンガ道を歩く

同じ色の壁が続く家の通りを抜けると

そこには銅像が立っていた

髭を携えた精悍な顔でこの国の初代の王だという

誰かに…似ているような


「ねぇねぇスノー!あっちにミルクを凍らせた菓子があるよ!あっ!あれなんだろう!猫さんが踊っているよ!」

「…」


「そうだねー。あれはミルクアイスというものだよ。冷たくて甘いんだ。一つ買ってみる?旅芸人と一緒の猫かぁすごいね」

「…」


「うんうん!人もいっぱいだね!賑やかなことは良きき!健やかな日々に誉を!温かき太陽神の光に感謝を!月女神の慈悲と愛に感謝を!」 

「…」


「…大丈夫かい?」


「…大丈夫に、見えるなら良い医者を紹介しよう」


「…いや、気持ちだけいただくよ」

「ほら二人とも!はやくはやく!」


子供のように聖夜祭のマーケットの中を瞳を輝かせながら

アベルが大きく歩み出して残された二人を呼ぶ

片方は紐で括られおんぶされている

日除けのために黒いローブをカインは羽織っていた



赤と金色の布がそこら中に飾られており

華やかな装いを醸し出していた

「どこもかしこも金ピカだね!」


「それは確か、この国は太陽神を信仰しているようだねー」

スノーが指差した先には子供達が集まり真ん中に昔話をしている老人を囲んでいた

ちょうどタイトルは【太陽神と月女神の銀海の船旅】

お話の内容は簡単に説明すると

互いに相思相愛であった二柱の神は

互いに世界を支える為に存在していた

だが、いくら想い合っていても二人は対極でつかず離れず

そう太陽が月を追いかけ

月が太陽を追うように


太陽から月が離れるように

月から太陽がさってしまうように

神は触れ合うことも話すこともできなかった

だが決して二柱は相手を想わない時はなかった


そんな彼らが唯一出会える時

そう、太陽と月が重なる日食の日

想い合う彼らは逢瀬できる日なのだ

二柱の愛はどこまでも深く強く

離れた時が嘘のように再会を喜び愛し合う

その日がこの国の聖夜祭の起源であった

だがそんな幾星霜の月日が経った頃

やっと出会える日食の日に

愛し合う彼らに嫉妬した暗黒神ゼトが

深い闇の呪いにより彼らに愛し合えば会うほど

愛の深さが深いほど

話すことも触れ合うこと、

見ることも感じることもできなくなる

そのような残酷な呪いだった

二柱は悲しみ。だが絶望せず他の神も助力し

暗黒神ゼトを説得しようとしたが聞き入れず

さらに呪いで地上の生き物達も眷属も呪おうとしたので

太陽神と月女神が互いに別の世界に隔たれようとも心の力で繋がりあい

奇跡を起こし暗黒神ゼトを封印したという

だが大いなる力が弱まり世界は不安定になってしまい

世界に太陽神の勇気の光と

月女神の慈悲の光を残して

彼らは深き眠りについたという

そのような話だった

いつか目覚める日を人々は待ち続けている

というオチで締め括られた


まばらな拍手の中御伽噺は終わって、

また別のお話へと読み聞かせが始まった



「……モグモグ、ゴクン…」


大きい体を小さくして木の椅子に座っていたアベルは

青い瞳に陽の光を映しながらモグモグと片手に食べかけのミルクソフトとウィンナーとスパイシーソースバゲットサンド(辛め)も大人しく読み聞かせを聴きながら食べていた

背中のカインは寝ているようだ

ピクっと尖った耳がたまーに動く


スノーはその横で暖かいミルクティーを飲んでいた

活気の中でも冷たい風が身に染みる

今頃ヴァルツは騎士の仲間達と合流できただろうか

短い期間だったけど

楽しく大変なこともあったけどたくさんの出来事の中を過ごし充実した旅だったと思った

今まで生きた人生で初めての体験の連続だった

人と距離を置き根無草で旅をして

さまざまな文化や人々の生活に触れ

そして去る

それが自分の人生の生き方だった

行こうと思えばどこにでも行ける

でも結局

それはどこにも行けない

孤独な自由という鎖で繋がれていたものだった


見上げると眩しさに目が眩む

僅かに痛みを感じるほどに眩しくて

少しだけ、涙が出そうになった


名も知らぬ短い淡い金色の髪を揺らしながら

少年が前を駆けていった


日陰の中に飛び込んで見えなくなってしまった

胸が切なくなった


あの明るい太陽のような青年を思い出す

屈託なく笑う君

すぐあたふたと慌て照れたように髪に触れる君

いつのまにか隣にいることに安堵し

その笑顔に惹かれてしまった自分



答えを出すことが

こんなに怖いとは知らなかった

なぜなら自分には縁遠く

一生関わりのない出来事だと思っていたから


あの白い花が一面に咲く世界で

月夜に照らされた中でわかるほど顔を赤くした君


濡れたような瞳に光を反射し、そして真摯さと力強さを感じさせる…

求めるような熱い眼差しに心が揺れたのは確かだった


そして衝動的だったと、言い訳できない気持ちで応えてしまった


………


スノーは静かに胸を押さえる

今まで生きてきた時間の中で初めての経験と気持ち

この形にならない恐れと、沸き立つような焦燥感

それには必ず、彼の姿が思い浮かんだ




トス…


走っていた子供とぶつかった

子供は怪我をしておらず謝って去っていく


………


「あれ……」



いつのまにか歩き出して彷徨っていたようで

初めての国で迷子になってしまった

周囲を見回すと大通りから離れてしまっている

まだそんなに時間が経っていないはず…

踵を返し来た道を戻ろうとした


ボスン……


「すいません」

振り返った際に、後ろにいた人にぶつかってしまった

タバコと香水の匂いが嫌に鼻につく

謝って離れようとしたら肩を掴まれた



「何か御用でしょうか?」


見上げると三人の男達がいた

運が悪い

このごろつきのような男達のいやらしい笑みはわかりやすかった

どこにでもいる輩だ

目当ては金品か

相手次第でどう対処するか考える

問題は起こしたくないしなぁ

旅をしているとたまに遭遇する展開だった

視線を逸らす

手首を掴まれてしまった


「ぶつかっといてすいませんの一言ですまそーなんて調子良くないか?」

「そうそう!てかこいつ可愛い顔してんな」

「お前昨日ヤりまくったばっかだろこの性欲バカ」

「ひでぇ。でもちがいねぇな!」

ゲラゲラと下品に笑う輩

スノーは小さくため息を吐く

まだ下卑た話をしている奴らを見やる

装いは軽装だが腰や背負った袋には武器が入ってそうだ

きっと祭りに乗じて観光客や旅人などから脅して金目のものを奪っているんだろう

小物だ


こんな大国の祭りなら警備も厳しいはずだ

そこら中に警備隊や騎士らしき姿も多く見受けれた

ここで大通りに逃げて通報すればいいか

と思案する

だけど魔道具など…ここで使ったら完全に捕まるだろうが被害が出るかもしれない

なら…


「あー怖くて動けなくなっちゃった?まじかわいいな!連れてこーぜなぁなぁ!」

「ウルセェ少し黙れ」

「ヤるなら俺からがいいな。お前からだとぶっ壊れて反応つまんねーんだもんな」

「テメェらと一緒にすんな」

想像もしたくないことを話す

そろそろ我慢が限界だった


「…もういいかな」

「あ?」

見上げて視線を返す

少しだけたじろぐ輩


「…風の精霊よ」

小声で唱える

すると強い風が吹く


「おわっ!」

「ッ!」


奴らとは逆方向に走り出す

「テメェ!待て!」

「待ちませんよー」

怒って追いかけてくる三人をまくように路地に入り角を曲がる

せめて人気のないところに行こうとする

大通りに行けば安全だろうけど

祭りを台無しにはしたくない

こちらには精霊がいる

不思議と、普通人が大勢いるような国では精霊は感じられないのに

今日この国に来て多くの気配を感じられた

三つ目の角を曲がる

あ、やってしまった


「へっ、ざまーねぇな」

「ほらおいでよ可愛がってやるからよ」

ニヤニヤと笑って近づいてくる

仕方ない

魔術で少し眠っていてもらおうか

そう思って魔力を流した時

激しい衝撃が胸に響いた


「うっ…」

膝をつく

く、苦しい…

血が沸騰するような、ぐらぐらと視界が揺れる

何が起きたんだ…意識が


「怖くなっちゃったのかなぁへへへ。ここでやっちまってもいいよなぁ」

「先に金目のもん奪ってから……おいお前、その髪」

三人の親玉のような男が訝しむようにスノーを見る


「色白いなぁ!赤くなったらすげー目立つよな最高」

「すげぇいい匂いするな」

「グッ」

俯いてしまったスノーの前髪を乱暴に掴む

首筋から鼻でなぞるように匂いを嗅ぐ男

抵抗したいのに全身に倦怠感と熱により体が震えて動けない


「さっさとやっちまうぜ」

ビリビリッ

言い終える前に来ていたベージュのシャツがナイフで引き裂かれる

もうダメかと考えがよぎった

………ヴァルツ

こんな時に情けなく、彼の名前を心の中で読んでしまった




ギィッ……


!!

一同が音のした方を向く

袋小路の壁の扉が開かれたようだ

カツンカツン

高い音が響く


「…おや?」

出てきた人物はこちらを見て軽く驚いたようだ

だがスノーを見ると表情を変える


「お前死にたくねぇなら黙って消えろ」

「そうそう消えろー!アハハ!」

「上玉すぎだろ…」


男達が突如現れた人物に言った

彼は抱えている茶色い紙袋に入ったパンを持ち直し

近づいてきた

その様子に親玉の男が訝しむ

「聞こえねぇのかテメェ」

「何をしているんですか?」

かけられた言葉を気にした風もなくそう尋ねる

薄い桃色の髪が特徴的で同じ色の瞳が丸眼鏡の中から窺えた

身長が高く知的な雰囲気の美青年だった

黒い手袋に光を反射する飾り紐がついて垂れている


「見てわからねーのかよ」

ゲラゲラと笑ってスノーの着ている残りの服を破ってみせた

それを一瞥する


「…野蛮ですね。その手を離しなさい」

怒気を強めて彼は言った


「なんだよガキ。混ざりてーならそう言えよ」

「ふざけた事を」

眼鏡の奥から鋭く睨みつける

こちらに近づいてきた

「…だ、だめ」

力が入らなくて静止できない

自分のせいだ

大通りで大人しく助けを求めればよかったのに


「カッこつけてるとお前死ぬぞ」

「それはどうでしょうね」

挑発するように笑う男性

一瞬こちらを見る

目があった


「チッ。オラッ!」

仲間の一人が彼に襲いかかった

「ッ…」

素早くバックステップで下がり段差のある地面にパンの詰まった袋を置く

「素早いな。でも避けてちゃ終わらねーぜ」

口元を歪めてそう言い放ち畳み掛けるように攻撃する

「ハッ。口だけのようだな」

「さっさと片付けて続けよーぜ」

残りの男達が次々に言う

確かに素早いが、防衛に徹している

あのままではいずれ体力がつき負けてしまう

助けようとしてくれた彼は少しだけ苦しそうな顔をしている

「……はやく、諦めてください」

「お前がだよ!!」

「グッ!?」

ついに一撃が当たった

彼は怯んだが、倒れてはいない

「もう……逃げて」

弱々しく言うが彼はこちらを見て安心させるように笑う

その顔が、誰かに似ていたような気がした


「もう降参かクソガキ!弱いくせに見栄を張るからだよ」

「……」

抵抗もせず蹴られ続ける

俺を襲っていた男も笑いながら加わり暴力を振るっている

見ていられなくて顔を背ける

涙が出そうだった

だが泣きたいのは彼のはずだ


「ガァッ!?」

「お、おい!どうした?」

最初に襲いかかった男が突然倒れた

顔を背けていたので、その瞬間がわからなかった


「……」

フラッとしたがしっかりと立ち上がり頬についた血を拭った

その眼差しは強かった


「な、何をしやがった!?」

「特になにも、と言うわけではないですが」

少しだけ笑った


「ふざけたこと言いやがって!」

仲間がやられ激怒したようで襲い掛かろうとした

だがその場に蹲った

「な、なんだこれ。何が起きて…」

「…なかなか、鈍いんですね」

着ていたコートの襟を正しながら言いのける

「遅効性の毒です」

その手に現れたのは透明なガラスのビーカーだった

中には黄緑色の液体が入っている

「ど、毒!?」

その言葉に二人が慌てる

「致死性はありませんのでご安心を。ですが麻痺と幻覚などの症状があります」

そして、と続ける

「これはなんでしょうか?」

シャツの中から取り出したのは銀の羽の飾り

青い宝石がついている

いや、あれは

「‥‥通信魔道具」

そう俺は呟いた

皆にも聞こえたようで顔が青くなる

「そうです。こちらの国の警備に通報しました。逃げ切れるといいですね」

にこやかに笑う

この場でなかったら見惚れてしまうほどに綺麗な笑みだった


「…クソ!」

親玉の男が逃げ出しそれを追いかけるように倒れた仲間を背負ってもう一人も逃げ出す


「……」

「……ふう」

二人だけ残された袋小路

彼は一息吐いて額の汗を拭ったようだ

そしてこちらに近づいて背を支えて起こしてくれた

「あ、ありがとう」

「いえ、お怪我はございませんか?」

こちらより酷そうなのにそう尋ねられる

「いえ俺は全然」

いつのまにかあの苦しみは消えていた

「それより、あなたの方が」

「お、俺ですか?えっと、大丈夫っていてて」

こちらが心配すると慌てて両手を前に出して振るがそれが傷に響いたようで痛がる

その様子につい笑みを浮かべると彼は照れ臭そうに笑う

先程まで知的な雰囲気だったが相対してみると以外と接しやすいことがわかった

「警備隊が来ますよね。まず怪我の治療をしないと」

そう言って触れようとすると素早く避けられた

驚いて見ると彼はバツの悪そうな顔をしていた

「すみません。俺、触れられるの苦手で、決して嫌とかではなくて、すみません」

申し訳なさそうに謝られる

「謝らないでください。わかりました。とりあえず場所を変えましょう」

「警備隊は来ませんよ」

「えっ」

「ハッタリです。この通信機は今は使えなくて」

親指の腹で優しく魔法石を撫でる

大切なもののようだ

「どうぞ」

そう言って肩にコートをかぶせられる

「で、でも」

慌てて返そうとするが僅かに頬を赤く染めていた

なぜ?

「あ、あのその格好は少々、いえ刺激が強いのでどうか俺のためにお願いします」

「あっ、ありがとうございます…」

今更自分の痴態に意識する

「よければ、俺の住んでいる場所が近いのでそこで代わりになる服をお渡ししますよ」

「でもそんな、見ず知らずの人に私が良くしてもらってばかりで」

「いえ!お気になさらないでください!紳士として当然ですから」

胸を張って言う姿に笑ってしまう

謝ったが気にしていないようでいい人なのがよくわかる

「それに、なぜかあなたには知らない人の様な気がしないんです」

ニコッと微笑んだ

「それは…初対面だと思いますが」

「ええですよね。多分、どこかの誰かと似ているのかもしれません」

優しく手袋越しに、触れるぎりぎりに撫でるようにしてその手は離れて行った

後ろに放置されていた袋を持って立ち上がり

彼は裏路地を案内してくれた

確かに人目にはつかなかった

「旅の方ですか?」

「はい。よくわかりましたね」

「装いが旅をするために向いたものですし、あの手合いに対して慣れている様子だったので」

よく見ているなと思った

どこから見ていたのだろう

「そうです。道中であった仲間と共にこの国に来たんです」

「そうでしたか。ちょうど聖夜祭の前夜祭ですからよかったですね」

「はい。そういえばお名前は…。私は旅商人のスノーと言います」

隣を歩く彼を見て言った

少し前まで歩き彼は振り返った

ふわりと薄いピンクの髪が揺れる


「そういえばそうでしたね。私はアルム。薬学研究者をしております」

ピンクレッドの瞳が印象的で

不思議な雰囲気の青年だった








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