第76話 貧乏子爵家次男のオープニングセレモニー8
盲が晴れるとはこういう事を言うのかと、思うと同時にこれ程までに大事な物を失念していた自分自身に呆れる。
魔境で茶番劇の夫役に真剣なのだとエリカに言った自分が恥ずかしい。
そうであるならば、あって然るべき物が無いではないか。
何が真剣なのか、エリカにそう思われても仕方ないではないか。
俺は教会の前で家族友人知人に囲まれる中で指輪を互いに交換する男女を見て確信した。
夫婦であると言いながら指輪を渡していないなど、真剣さを疑われても反論できない。
それをエリカは言葉にせず行動でそれとなく指摘してくれているのだ。
それはつまりエリカが俺の真剣だという言葉を信じてくれているからに他ならない。
「エリカ」
示された優しさと信頼の大きさに声が真剣になる。
「はい?」
俺の方に振り返ったエリカが何故か俺の顔を見て一瞬だが狼狽える。
エリカが小声で、突然その顔は卑怯でしょう、と呟く。
そうか俺の顔は卑怯かと凹みながらも、その程度の絶望は脇に追いやる。
もとより自分の顔に希望など持ったことは無い、今更である。でも後で泣こう。
「まずは謝罪を。鈍い俺を許してくれ」
「鈍い……ですか?」
俺の謝罪にエリカはあくまで、何に対しての謝罪なのか気が付かぬフリをしてくれる。
「真剣であった事は誓う、がしかし俺の行動にその真剣さが足りていなかった、少なくともそう思われても仕方ないと思う」
「貴方が何に対しての真剣さを疑われると思っているのかわたくしには理解出来ませんが?」
優しいエリカの言葉に微笑みながら首を横に振る。
もう良いのだ、伝わったのだから。嘘ではないがこれ以上エリカに
「
「
小首を傾げるエリカに頷く。
「俺は
自分の情けなさになけなしの自尊心が悲鳴を上げる。
あのエリカ・ソルンツァリの隣に立つ事の困難さを魔境の森であれ程痛感したというのに、それでもこの茶番劇の役に真剣であると宣言したにも関わらず。
俺という人間は指輪を送る事すら忘れていたのだ。
「エリカ、君の言うとおりだ。俺は
こんな情けない告白をする男は茶番劇に必要であっても捨てられてしまうのではないか? そんな感情に引っ張られてエリカの手を取ってしまう。
だがそれでも、こんな俺でもエリカの事が好きなのは本当なのだと、それだけは疑ってくれるなと両手でそっとエリカの手を包む。
「ぴゃっ」
――ぴゃ?
「つまりは俺はスタートラインにすら立っていなかったんだ」
なぜかエリカがオロオロと慌てている。
「自分で気が付くべきだったが、君が何度も何か言いたげに見てくるまで気が付けなかった、許してくれ」
「ほぁあっ」
――ほぁあ?
「だからエリカ――」
胸の痛みが喉を締め付ける。
「別れよう」
エリカ・ソルンツァリがグラついた。
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