真夏の校外学習-2

 既に集中講義の履修登録を済ませていた竜秋たちは、正門前の警備員室に学生証を提示するだけで、簡単に外に出ることができた。


 四ヶ月近くぶりに高い壁の外に出ると、さすがに感慨がこみ上げてきた。閉じていく門を見上げて、初めてここをくぐったときのことを思い出す。


「それじゃあ皆さーん、はぐれないように、私についてきてくださいねー」


 はーい、と元気よく応えて、桜クラス一同並んで伊都の後ろを歩いた。「なんか懐かしー」「自由時間どこ行く?」――わいわい談笑しながら歩く彼らも、どこか浮足立っている。


 竜秋はいつ何時も先頭を歩く性分であり、今回も伊都と並んで先陣を切っていた。


「皆さん楽しそうですね。ふふ、かわいい」


発生区域エリアは五つあるだろ。どこ見に行くんだ?」


葛飾かつしかスリーに行こうと思います。運が良ければ、塔の発生が見れるかもしれません」


 今朝の予報で、確かに発生区域エリアⅢに、近々塔の発生が予想されると言っていた。


「今更だが、どんな仕組みで塔の発生を予知してんだ? 授業じゃ習わなかった」


「磁場や気象の変動から推測するみたいですよ。発生確率が高まると、《誘導針コンダクター》という特殊な器具で発生場所を発生区域エリアに限定するんです」


 発生区域エリアはどれも、かつて塔の発生によって吹き飛び更地になった土地の再利用だ。塔の発生をその区域にのみに誘導することで、発生時の衝撃波から人々や建物を守る。


 塔伐科高校のキャンパスがある全国の十一都道府県だけがそれぞれ複数の発生区域エリアを持っていて、ステージ3――"自壊"寸前の兆候を見せた塔に、候補生が迅速に駆けつけられるようになっている。


 竜秋たちがこれから向かうのは"発生区域エリア東京Ⅲ"――かつて青戸あおとと呼ばれていた葛飾区の一帯を封鎖してつくられた区域で、現在はステージ1の塔が一基建っている。


 最寄り駅まで歩いてから電車に乗り、まず東京駅へ。驚いたのは、学生証をかざすだけで改札を通り抜けられたことである。「市民の皆さんをお守りしている私たちの特権ですね」と、伊都は笑っていた。


 一時間ほど揺られて東京駅につくと、伊都はぱんっと手を合わせた。


「一時まで自由時間にしましょう」


 えっ、と一同目を丸くする。時刻は九時半を回ったところ。まだ目的地についてすらいないのに。


「こんな機会滅多にないですからね。発生区域エリアの見学なんて"ついで"です。皆さんしっかり羽根を伸ばしてください。大抵のお店は学園と提携しているので、学生証を提示すればお買い物ができますよ。ぜひお昼も済ませて帰ってきてくださいね」


 人差し指を唇に当ててウィンクした伊都に、爽司が「て……天使……ッ!」と白目を剥いて悶える。色めき立ってヒューたちがどこに行くか相談し始める中、背後から「竜秋くん!」と真っ直ぐな声が飛んできた。


「二人で渋谷デートしよ!」


 どストレートな誘い文句とともに、恋が右手に絡みついてくる。「わぁ、大胆」「恋ちゃん頑張って……!」と、幸永とひばりが遠巻きに行方を見守る。


「悪い、今日はこいつと話したい」


 恋を竜秋にしては柔らかく引き剥がし、伊都の手首を掴んで掲げると、伊都はぱっちりと目を開いて竜秋を見上げた。おおっ、とヒューと一査が声を上げる。


「あぁん、フラれた!」


 悔しそうだがまるで毒気のない声音で、恋はさっさと身を引いた。正直な言葉を伝えるだけで気持ちを汲み取ってくれる、恋のこの物わかりの良さは好ましい。


「ちょ、ちょちょーい! 抜け駆けはナシだぜたっつん! 今から式部先輩をお茶に誘おうと思ってたのに!!」


「俺は塔攻略の話を詳しく聞きたいんだ。隣で黙々と茶をすするだけならいてもいいぞ」


「それ楽しいと思う!? オレは二人きりがいいの! たっつんはその辺で腕立てでもしてろ!」


 絶叫する爽司に伊都がくすくす笑う。


「ごめんなさい常盤くん、もともとたつみくんとは約束があったんです。あなたとはまたの機会に」


 爽司が絶望的な形相で竜秋を見つめる。その恨みがましい眼光が「紹介してくれるって約束したじゃん」と語っているが、まったく約束してない。


「どこか喫茶店にでも入りますか?」


「そうだな、ゆっくり話せるとこがいい」


「――あっ、あの、私もお話聞きたいです!」


 ぴょこっ、と跳ねるように手を挙げた沙珱の前髪が揺れた。やや顔を赤くして緊張した様子の彼女に、伊都が「もちろん大歓迎ですよ」と微笑む。


 竜秋もまた、沙珱ならば全く悪い気がしなかった。沙珱なら買い物よりもこっちに魅力を感じる"同志"だと疑っていなかったし、既に多数の塔攻略経験を持つ伊都に会えるのを、実は彼女が誰よりも楽しみにしていたことを知っていたから。


 そのとき、ひょいっと意外な人物が手を挙げた。


「それなら、オラも連れてってほしいだよー」


 閃である。輪から出て竜秋の方へ歩いてくる彼に、ヒューが目を三角にした。


「えーっ、センも!? こんな街中、次いつ来れるかも分かんねーんだぞ! 一緒に買い物しよーぜ!」


「ごめんだよ、オラどうせあんまりエン残ってないから、買い物できないんだよ。直に塔を見てきた先輩から直接聞ける機会を逃したくないだぁよ」


 両手を合わせて謝る閃に、ヒューは「そっかぁ」と少し落ち込んでしまった。「閃くん、なんか竜秋くんみたいなこと言うなぁ」と小町が笑う。


 竜秋もまた、似たようなことを感じていた。彼の行動も言葉もいたって真っ当なようで、どこか閃らしくない。いつも皆のやりとりを半歩後ろでニコニコしながら見守っているようなやつだから、金がなかろうとヒューたちと一緒に街に行くと思っていた。


「俺は構わない。いいか?」


「もちろんです」


「やったーだよ!」


 喜ぶ閃の横顔を、恋だけが、真顔で見つめていた。あの探るような表情――やっぱり、閃はさっき、嘘をついたのだ。


「じゃあ、ひとまず解散。一時にまたココに集合で。皆さん楽しんできてくださいね」

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