第160話

 おやすみ、真澄。

 

 

 

 

 

 そう聞こえた気がした。

 

 

 そしてそっと唇が重なった気がした。

 

 

 それから熱い身体に抱きこまれて、その心地よさにしばらくそのままゆらゆらとしていた。

 

 

 

 

 

 満たされる。満たされた。満たされる以上の満ち。

 

 

 僕の内側にもう餓えなんかないと言えるほどに僕は。

 

 

 

 

 

 これが七星の気持ち。僕に対する。

 

 

 

 

 

 熱く激しく、でも大きく包み込むように優しい。

 

 

 

 

 

 七星。

 

 

 七星。

 

 

 僕を今、愛してくれる人。

 

 

 僕が今、愛している人。

 

 

 

 

 

 行為の間、目を開ければ僕を見ている目がそこにあった。すぐに唇が重ねられた。真澄。呼ばれた。

 

 

 七星からの愛情。それが分かった。伝わった。叩きつけられた。これでもかっていうぐらい。ねじ込むほどの勢いで。

 

 

 

 

 

 満たされる以上の満ちが、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 ふと急に目が覚めて、僕は七星の腕の中でもぞもぞ動いてヘッドボードのスマホを取った。

 

 

 

 

 

 2時。

 

 

 

 

 

 僕は23時に2階に上がってきて、何時まで抱かれていて、何時から眠っていたのか。

 

 

 

 

 

 そういえばいつの間にか電気が消えている。

 

 

 いつ消した?いつも七星とするときは間接照明に切り替えるのに、今日はずっと部屋の電気がついていたはず。

 

 

 

 

 

 身体が熱い。

 

 

 身体がまだ脈打っている。

 

 

 だからもしかしたら、少し前までだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 喉のかわきに、僕はそのまま半身を起こしてペットボトルを取った。

 

 

 ペットボトルはカラだった。

 

 

 

 

 

 汗、いっぱいかいてたもんね。

 

 

 

 

 

 行為の間、ぽとぽとと七星の汗が何度も僕に滴り落ちてきていた。

 

 

 

 

 

 すぐ横、素肌のままで眠る七星が愛しくて堪らなかった。

 

 

 

 

 

 髪をそっと撫でる。

 

 

 それでも身動ぎもせず眠っている。

 

 

 1日仕事をして、あんなにも全力で僕を抱いたんだ。疲れただろう。

 

 

 

 

 

 そのまま撫でていた髪にキスをして、僕は着るものを探した。

 

 

 暗くてなかなか見つからなかった。

 

 

 七星のはすぐに見つかったのに、僕のが見つからなくて、まあいいかって七星のを着た。下着は諦めた。

 

 

 音を立てないよう水を飲むために寝室を出た。

 

 

 

 

 

 最初、七星が少し気にする素振りを見せたけれど、里見は上がって来たのだろうか。

 

 

 

 

 

 階段の電気をつけて、足音を忍ばせて、僕は階段を降りた。

 

 

 

 

 






 居間の電気がまだついていて、僕の心臓がどきんってした。

 

 

 

 

 

 里見が、起きている?

 

 

 

 

 

 時間が時間。

 

 

 だからもしかしたら、電気をつけたまま寝てしまったのかもしれない。

 

 

 でも、起きているかもしれない。

 

 

 

 

 

 起きているのだとしたら。

 

 

 もし、起きているなら。

 

 

 

 

 

 僕は音を立てないよう、そっと居間を覗いた。

 

 

 

 

 

 里見は、起きていた。

 

 

 起きて、ソファーに座って僕の夜空観察のファイルをじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 ここから見えるのは、里見の後頭部から肩ぐらいまで。

 

 

 

 

 

 何を思ってひとり、ファイルを開くのか。

 

 

 

 

 

 って、僕のこと………か。

 

 

 

 

 

 ここからでも分かる。

 

 

 明らかに増えた白髪。

 

 

 細くなった肩の線。

 

 

 

 

 

「………寝ないの?」

「………っ」

 

 

 

 

 

 僕の声に、里見のその細くなった肩がびくっと跳ねた。

 

 

 

 

 

「びっくりした」

「ん、ごめん」

 

 

 

 

 

 僕は居間から台所に行って、冷蔵庫からペットボトルのお水を出した。

 

 

 キャップを開けて飲んで、それを持って居間の、里見の横に座った。

 

 

 

 

 

「お前こそ寝ないの?久保くんは?」

「七星は寝てる。僕は喉がかわいて目が覚めた」

 

 

 

 

 

 もう一度水を飲んでからキャップをして、ペットボトルをテーブルに置いた。

 

 

 里見は、中学2年生の頃の観察記録を見ていた。

 

 

 中学2年は、僕たちの一番最初の別れのとき。

 

 

 

 

 

『あの日』、僕はバカみたいに泣いたんだっけ。

 

 

 

 

 

 思い出して、僕は里見の肩に凭れた。

 

 

 

 

 

「寝るって上に行ったときと服が違うって突っ込んでいいのか?」

「これ七星の」

「………」

「里見、上に来た?」

「俺はそこまで悪趣味じゃないよ」

 

 

 

 

 

 里見はそう言って、息を吐くように笑った。

 

 

 いつもならすぐに僕の肩にかかる腕が、こない。

 

 

 

 

 

「………でも」

「でも?」

「トイレに行くとき、聞こえたな」

 

 

 

 

 

 聞こえた。

 

 

 

 

 

 つまり。

 

 

 

 

 

「………何が?」

 

 

 

 

 

 わざととぼけた僕に、里見がまた、息を吐くように、笑った。

 

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