第148話

 ばっちり合格ラインのスクランブルエッグ付きの朝ご飯を食べて歯磨きをして顔を洗って、里見が笑った寝癖を直した。そして。

 

 

 

 

 

 七星が来るかもしれない。

 

 

 そう思ったら。

 

 

 ううん、七星はきっと来る。来てくれる。

 

 

 それが分かるから。

 

 

 

 

 

 僕はずっと敷きっぱなしになっていた布団を畳んだ。

 

 

 先に掃除機で仕事部屋を簡単に掃除してから布団をそこに運んで、居間と台所も掃除した。

 

 

 

 

 

 七星が普段住んでいる部屋を見れば、そんなことをする必要なんかないって思うけれど。

 

 

 

 

 

 せっせと掃除をしだした僕を、里見はソファーに座って笑みを浮かべながら見ていた。

 

 

 

 

 

「え、何」

 

 

 

 

 

 面白くて笑いそうなのを堪えているようにも見えてきて、僕は掃除機を止めて聞いた。

 

 

 

 

 

「そんなに好き?」

「掃除が?別にそうでもないけど」

「違う。久保くんのこと」

「七星のこと?好きだよ。何で?」

「夏目すごい楽しそうっていうか、嬉しそうに掃除してるから」

「………」

 

 

 

 

 

 まさか見て分かるほどに喜んでいるという自覚はなかった。

 

 

 なかっただけに恥ずかしい。

 

 

 恥ずかしい。けど。

 

 

 

 

 

 僕は掃除機を置いて、里見の横に座った。

 

 

 そのまま里見に凭れた。

 

 

 

 

 

「好きな人と一緒に居る空間は、キレイにしたいって思う。奥さんも毎日キレイにしてない?」

「………してる、な」

「それは里見のためだよ。里見と気持ちいい空間に居たいから。里見に気持ちいい空間に居て欲しいから」

「………俺に?」

「うん。里見と、娘さんに」

 

 

 

 

 

 里見は何かを考えるように黙った。

 

 

 何かを思い出しているようにも見えた。

 

 

 だからそっとしておいた方がいいのかなって、里見に凭れていた身体を起こした。そしたら。

 

 

 

 

 

「いつも、花が置いてある」

 

 

 

 

 

 ソファーの前のローテーブルを見たまま、里見がぼそっと呟いた。

 

 

 目を細めて。笑んで。

 

 




「テーブルに、いつも」

「………うん」

「娘がまだ小さい頃、何回も倒してたから、しばらくやめたら?って言ったことがある」

「………うん」

「でも、場所を変えたり、娘に気をつけてって言って、花はいつもあった。今もずっと、ある」

「………うん」

「………」

 

 

 

 

 

 里見は黙った。

 

 

 僕はもう一度里見の肩に頭を乗せた。

 

 

 

 

 

 きっと、今里見が思っているだろうことが正解。

 

 

 

 

 

 里見が僕の頭に、頬を寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午を少し過ぎたところで、仕事部屋、作業机の上のスマホが鳴った。

 

 

 里見のリクエストで僕はまた仕事をしていた。絵本の続きを描いていた。

 

 

 

 

 

 きっと七星だ。

 

 

 

 

 

 ペンを置いてスマホを開く。

 

 

 

 

 

『行くのは全然いいし行くけど、普段って何?』

 

 

 

 

 

 やっぱり七星で、やっぱり来てくれる。

 

 

 

 

 

「久保くん?」

「うん」

 

 

 

 

 

『奥さんとの今後のために、僕たちを参考にしたいんだって』

 

 

 

 

 

 里見に返事をしながら七星に説明をした。

 

 

 お昼、今日もコンビニなのかななんて考えながら。

 

 

 

 

 

『よく分かんないけど分かった』

『どれぐらい居ればいい?』

 

 

 

 

 

 どれぐらい。

 

 

 

 

 

 どれぐらいだろう。

 

 

 どうせなら、ご飯ぐらい一緒に食べたい。

 

 

 朝も食べない、お昼もコンビニなら、夜は七星の好きなものを作りたい。

 

 

 

 

 

「里見。七星がどれぐらい居たらいい?って」

 

 

 

 

 

 少しでも長く一緒に居たい。

 

 

 でも、果たしてそれを里見が見たいのか、見ていて平気なのか、それは僕には分からない。



 僕から少し離れたところに座る里見に聞いた。

 

 

 

 

 

「明日久保くんは休み?」

「仕事」

「………仕事か」

「どうして?」

「泊まれるなら泊まって行って欲しいなと思って」

「………え?」

「ふたりの1日が見たい………って、俺悪趣味?自分で言っててちょっと気持ち悪いな。でも見たい」

「悪趣味っていうか………そんなに何を見るの?とは思う」

 

 

 

 

 

 里見は僕を好きだと言う。僕を抱きたいと言う。

 

 

 言いながら、奥さんとのこれからのために僕が七星と居るところを見たいと言う。しかも1日って。

 

 

 

 

 

「何をしてもらったら人は幸せを感じるのか、だよ。もちろん夏目とうちの奥さんは違う。でも、何も分からない状態で1からあれこれ試すより、バカみたいにラブラブなお前たちを参考にして試した方が話は早いんじゃないかって、な」

「………何か今さりげなくディスられた気がしたけど」

 

 

 

 

 

 バカみたいにラブラブって。

 

 

 

 

 

 里見が笑った。気のせいだよって。

 

 

 僕も笑った。気のせいじゃないでしょって。

 

 

 

 

 

「夏目が好きだよ。それは変わらない。………でも」

「………うん」

「感謝は伝えたい、奥さんに。そのために少しでも何かをしたい。1から試すより、すぐにできそうな何かしらの情報が欲しい」

 

 

 

 

 

『すぐにできる』。

 

 

 

 

 

 時間。迫る、限られているかもしれない、里見の。

 

 

 

 

 

『泊まって行って』

 

 

 

 

 

 送ったラインに。

 

 

 

 

 

『分かった』

 

 

 

 

 

 返事はすぐに来た。

 

 

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