第147話

 目が覚めたら10時だった。

 

 

 目が覚めたらまだ里見も寝ていた。

 

 

 

 

 

 今日は金曜日。

 

 

 里見が帰るのは、明日。

 

 

 明日の………何時なんだろう。

 

 

 

 

 

 僕は枕元のスマホを取って、七星にラインした。

 

 

 昨夜里見が言っていたやりたいことを叶えるため。

 

 

 

 

 

 今日、仕事終わってからうちに来られる?

 

 

 里見が僕と七星の普段を見たいって

 

 

 

 

 

 今日七星は仕事のはず。

 

 

 だからこれを見るとしたらお昼頃。

 

 

 だから来られるとしたら夜。

 

 

 

 

 

 それまで何をしようか。

 

 

 残された時間はもう僅かだ。

 

 

 

 

 

 少しの間里見を見ていたけれど、起きそうにない里見の隣から、僕はコーヒーでもいれようって抜け出した。

 

 

 

 

 

 コーヒーをいれて台所でひとりで飲んでいたら夏目?って声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 気のせい?

 

 

 

 

 

 聞くことに関してはまったく自信がない。

 

 

 僕は聞こえる右耳に髪をかけて、居間の方に向けた。

 

 

 

 

 

「夏目、居る?」

「台所にいるよ」

 

 

 

 

 

 気のせいじゃなかった声に答えると、今何時だ?って、ひとりごとみたいな声も聞こえた。だから10時半だよって答えた。

 

 

 

 

 

「………10時半」

「昨夜遅かったからね。コーヒー飲む?」

「うん。飲む」

 

 

 

 

 

 飲む、のところで、台所の方に来た里見が見えた。

 

 

 まだ少し、眠そう。

 

 

 

 

 

「朝ご飯どうする?」

「………あ、俺やる。スクランブルエッグ作る」

「復習?」

「そう、復習。メニュー一緒で悪いけど」

「いいよ。付き合うよ」

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 顔、が。

 

 

 

 

 

 里見の顔が、雰囲気が、少し変わってきたような気がする。

 

 

 最初は本当に死んだ魚ような目で、生気のない顔で、雰囲気だったのに今はもう少し、生きている人間っぽい。

 

 

 

 

 

 僕の方に来る里見をじっと見ていたら、何?って聞かれた。

 

 

 

 

 

「おはよ」

「………おはよ」

「寝癖すごいよ?」

「そう?って、言ってるお前もすごいけど」

「そんなの朝はいつもだよ」

「昨日はもっとマシだった気がする」

 

 

 

 

 

 里見が、座る僕の近くまで来て、変な風に立っているだろう僕の髪の毛に触れて笑っている。

 

 

 

 

 

 コーヒーのいいにおいがする台所。そろって寝坊した朝。

 

 

 穏やかな、穏やかな穏やかな、時間。

 

 

 

 

 

 僕は、里見の腰に腕を回して里見にぎゅっと抱きついた。

 

 

 

 

 

 こんな朝を、穏やかで静かで平和な朝を、里見と毎日、迎えたかった。

 

 

 

 

 

「七星にラインしたよ」

「うん」

「仕事中だから、返事は早くてもお昼ぐらいだと思う」

「うん」

 

 

 

 

 

 撫でられる髪。

 

 

 旋毛にされる、キス。

 

 

 きゅっとする、胸。

 

 

 

 

 

「電話の夏目、すごい幸せそうだった。いくら相手がコイビトだからって、何を話したら人ってあんな顔になるんだろうって、思った。俺との電話ではあんな顔してなかっただろうな、とも」

 

 

 

 

 

 里見の唇が、手が離れて、だから僕も離した。里見の腰に回していた腕を。

 

 

 里見が隣の椅子に座る。

 

 

 僕はコーヒーをいれようって立った。

 

 

 

 

 

 何を話したら?

 

 

 

 

 

 昨夜の電話は。

 

 

 

 

 

「好きだよって、電話」

「え?」

「七星、好きだよ。で、俺も好き。そんな電話」

 

 

 

 

 

 正直に言ったら、里見がくすって笑った。

 

 

 

 

 

 僕の位置からは里見の背中しか見えない。

 

 

 今、里見はどんな顔で笑っているのか。

 

 

 

 

 

「堂々と惚気やがって」

「………うん。堂々と惚気るよ」

 

 

 

 

 

 マグカップにコーヒーを注いで、テーブルに置いて、里見の隣に座った。

 

 

 里見はありがとうって、僕がいれたコーヒーを一口飲んだ。

 

 

 

 

 

「本当に好きなんだな」

「本当に好きなんだよ」

「めちゃくちゃ好きなんだな」

「めちゃくちゃ好きなんだよ」

「幸せ?」

「………死ぬほど幸せ」

 

 

 

 

 

 テーブルの上のマグカップを両手で包んで、里見が僕を見る。

 

 

 

 

 

 悲しみと寂しさと。

 

 

 そこには僕への愛情が、まだあった。

 

 

 

 

 

「………そうか」

「でも里見」

「ん?」

「本当にずっと、僕は里見のことが好きだったよ」

 

 

 

 

 

 言ったところで、どうにもならないけれど。

 

 

 言ったところで、今はもう、だけど。

 

 

 

 

 

「………俺も、好きだよ」

 

 

 

 

 

 遠慮がちに里見の顔が近づいて来て、僕は里見に、頬を向けた。

 

 

 向けたそこに触れた、唇。

 

 

 

 

 

 くすって。

 

 

 吐息だけで笑う里見に、声には出さず、ごめんって言った。

 

 

 

 

 

 里見とコイビトのキスは。

 

 

 

 

 

 僕にはもう………できないんだ。

 

 

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