第146話
その後もう1本映画を観た。
2本目は笑えるものを観た。
日付はとっくに変わっていて、観終わる頃には目がしょぼしょぼしていた。でも。
ひとつ、また。
里見とやりたかったコイビトらしいことをやって、ひとつまた、僕の中の未消化だった里見との過去が昇華された。
お菓子のゴミや使ったグラスを簡単に片付けて歯磨きをして、同じ布団に入った。
里見が先に横になって、電気を消した僕が後から里見の布団に入った。
「腕枕」
一言だけ言って、今日も腕枕をしてもらった。
さすがに深夜の映画2本は目にくる。
僕は里見のぬくもりを感じながら目を閉じた。
「夏目」
5分ほどしてからだろうか。里見に呼ばれた。
ん?って、半ば眠りに落ちていたぼんやりとする頭で、かろうじて返事をした。
「明日、っていうかもう今日だけど、ひとつ、やりたいことがある」
「………できること、なら」
できないことを言われてもできない。そしてできなかったことがまた残る。
もうすでにひとつそれがあるのに、僕を抱きたいっていう里見のやりたいことを断っているのに、これ以上できないことは増やしたくない。
「………やりたいことっていうか」
眠い。
呼ばれて浮上した意識がまた落ちていく。
これだと、聞いても起きたら忘れていそうな気がする。
「明日、久保くんは仕事?」
「え?」
里見のやりたいこと、から、急に七星の名前が出てきて、僕は落ちそうになっていた瞼を持ち上げた。っていうより、勝手に持ち上がった。え?って。
何でここで七星の名前が出てくるの?
「目の前で見たいって言ったら、悪趣味?」
「………何を?」
「夏目と久保くんを」
「僕と七星の………何を?」
「何って………」
目の前で見たい。僕と七星を見たい。
言われて何をって、僕には僕が七星に抱かれているのを、しか、思いつかなかった。里見が自分で悪趣味って言っているのもあって。
嘘でしょ。冗談でしょって、僕は里見から身体を離した。
里見は離れた僕を不思議そうに見ていた。何って何?そんな顔。
「え、夏目は何だと思ったわけ?」
「え?何って………」
何って………何って………。
僕と七星で、里見が見たい悪趣味なもの。
どうしても『それ』しか思いつかない。
でも言うのも憚られる。口ごもる。
「まさかと思うけど、『そっち』の話だと思ってる?」
「そっ………『そっち』って?」
「やらしいこと」
「………っ」
図星。
そして、絶句と沈黙。
つまりは肯定。
に、しか聞こえない、よね。
でもそうだし、そう思ったし、で、僕は黙った。
そしたら里見は、思いっきりぶーって吹き出した。
「そこ、笑うとこなの?」
「笑うとこだよ」
「ていうかそんなのイヤだけど」
「そんなの俺だってイヤだよ。何が嬉しくて、俺の抱きたい相手がコイビトに抱かれてるところを見るんだよ」
「………」
言葉に詰まる。また。返事に困る。また。
『俺の抱きたい相手』。
さりげなく、だけど。また言っている。言われている。だから戸惑う。困る。
里見は僕を抱きたいんだ、まだ。………やっぱり。
目をそらしたら、抱き締められた。
反射的に身体が強張った。
里見には悪いけど。
僕は里見と『これ以上』をしたいとは、思わない。
「何もしない」
「………」
「変な意味でもない」
「………」
「ふたりが普段どんな風なのかが見たいだけ」
「………普段?」
「普段。俺は知らないから。分からないから。自分が何をどうしたら相手は幸せを感じてくれるんだろう」
「………え?」
「帰って奥さんにどう接したらいいのか。そのお手本が見たいだけ。………さっき電話をしてる夏目見て思ったんだよ。電話の相手、久保くんだろ?」
さっきの電話。七星との電話。
それを見て、帰って、奥さんに。
里見が、今。確かに。
「………里見っ」
その言葉が、嬉しかった。
過去の僕ではなく、現在(いま)の奥さんに目を向けようとする里見が。
僕に言われてじゃなく、自分からそうしようとする里見が。僕は。
………嬉しかった。
僕は里見の、細くなった身体をぎゅっと抱き締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます