第145話
どうして里見はその映画を選んだのか。随分昔の映画なのに。
昔、その国で同性愛は罪だった。
同性愛を疑われたら、どんなに否定したところで身体検査をされ、他に特にこれといった証拠がなくても、その身体検査だけで有罪にされ、罰を受けなければならなかった。
社会が『認めない』どころか社会が『許さない』。罪になる。犯罪になる。罰を受けなければならない。
そんな時代の、話。
色んなことがありつつも、幸せなだったはずのコイビトは、そうやって強制的に別れさせられ、罪人となり、どんどんと堕ちていった。
今でこそ昔より認知されつつあっても、認められつつあっても、今でもまだ、僕たちはマイノリティで肩身が狭い。
男女の恋人のように堂々とは居られない。カミングアウトするよりも、黙っている方が安全。許されないことだって多い。許さない人だって多い。
僕はその映画のエンディングを、里見の肩に凭れながら観た。
里見は僕の頭を抱えるようにして観ていた。
「何でこの映画?」
「………何となく、だな。こんな有名俳優がこういう映画をやるんだって、当時びっくりしたのを覚えてる。観たかったけど、自分が『そう』ってバレるのがこわくて観に行けなかった。でもこっそり本は買って読んだんだ」
「そうなの?」
「まあ、その後その本を母親に見つかってエライ目にも遭ったけど」
「………え」
どうして、だろう。
七星が言ったって。お父さんお母さんを前に。
相手が誰でも、どんな人でも、自分が好きになった人から好きになってもらうことってすごいことなんじゃないのか。
自分たちはそうやって結婚したのに、どうして自分たちは良くて、どうして俺はダメなんだ。どうして許してもらえないんだ。おかしいって。
異性は良くて、同性はダメ。
今は、この映画ほどの差別はない。それでもそれが普通。世間一般。
でも、七星の言う通り、同じように好きなだけ。
好きな相手が、好きになる相手が、異性ではなく同性なだけ。好きって気持ちは、同じ。なのに。
「どうして里見のお母さんはそこまで………」
「………さあ」
「………」
「でも何かあるんだよ。何かあった。そこまで拒絶する何かが。………そう思わないと、ただただツライだけになる」
「………うん」
映画はエンディング曲を終えて、選択画面に戻っていた。
リモコンでテレビを消して、僕たちはしばらくソファーの上でくっついていた。
実話が元になっているというそのふたりは、無理矢理引き裂かれて罪人にされて、どんな思いを抱えながらその後を生きたんだろう。
………こんな思い、かな。
「里見」
「………ん?」
「それでも僕は、里見が好きだったよ」
誰が許してくれなくても。
誰にも許してもらえなくても。
好きだった。そしてずっと待っていた。
里見が僕だけを選んでくれるいつかを。
「………うん」
ごめん。
僕の髪に唇を乗せて、里見は小さくそう言った。
「許してもらえなくても何でも、俺は目の前に居たお前をちゃんと好きでいなきゃいけなかったんだ」
目の前の、僕を。
僕も。目の前の里見をもっと。
そうだね。でも、そうするには多分僕たちは、出会った最初が幼すぎた。始まりが、子どもすぎたんだ。
そして今はもう大人。
「同じ過ちはもう、繰り返しちゃダメだよ、里見」
ぴくんって、伝わった。僕に。里見の身体が微かに動いたのが。
「………まだ、間に合う?」
小さな子どもみたい。
その声を聞いて、思った。
不安そうな、心細そうな、小さな小さな声。小さな小さな、子どもみたいな。
「間に合うよ。待ってるよ。里見はこうして生きてるんだから」
そしてこれからも、生きるんだから。
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