第132話

 後片付けは僕がやった。

 

 

 それを里見は、さっき僕がご飯を作る里見を見ていたように見ていた。

 

 

 

 

 

 振り向くとそこには里見の目があって、ん?って首を傾げる。笑う。

 

 

 だから僕はううんって首を振って、また洗い物の続きをした。

 

 

 

 

 

 里見とこの家で暮らすことを夢見ていた。

 

 

 里見とこの家でこんな毎日を過ごしたかった。

 

 

 

 

 

 僕の中の何かが、癒えていく。そして。

 

 

 

 

 

 ………消えていく。

 

 

 

 

 

 後片付けをしてから、昨日の夜空観察を仕上げた。

 

 

 僕の記録用紙にまた、絵を描いてもらった。

 

 

 里見の記録用紙にまた、絵を描いた。

 

 

 

 

 

 里見の絵が下手すぎて、また笑った。

 

 

 

 

 

「昼寝する?」

「え?」

「夏目眠そう」

 

 

 

 

 

 書いて、描いて、書き終わって、描き終わって、あくびが出てそう言われた。

 

 

 

 

 

「うん、眠い」

「寝たら?」

「里見は?」

「俺は、別に」

 

 

 

 

 

 昨夜なかなか寝つけなかったし、満腹感もあって眠い。

 

 

 眠いけれど、そこまででもない。別にいつもいつも昼寝をしているわけではない。

 

 

 だから、里見のやりたいことが特になければ、途中になっている庭の草取りの続きでもしようと思っていた。

 

 

 でも、言われてしまえば睡魔も余計で。

 

 

 

 

 

「里見が寝るなら寝る」

「俺?」

「そう、里見が寝るなら寝る」

 

 

 

 

 

 里見がちょっと困惑気味に僕を見る。

 

 

 

 

 

「俺は別に眠くないよ」

「じゃあ寝ない。草取りの続きやろ」

「眠いんだろ?」

「眠いよ」

「じゃあ寝ればいい。草取りぐらい俺が」

「うん、だから、里見が寝るなら寝る。里見が寝ないなら寝ない」

 

 

 

 

 

 横。

 

 

 僕の右側で、里見が僕を見る。

 

 

 さっきみたいな、不思議な表情。

 

 

 

 

 

 びっくりしたような、泣きそうな、照れくさそうな、嬉しそうな。

 

 

 

 

 

 慣れの問題も、ある。

 

 

 分かりやすく求められることに、里見は多分不慣れだ。

 

 

 

 

 

 分かりやすい求め。簡単な。

 

 

 それは甘え。気を許した者への。

 

 

 

 

 

「あ、腕枕してよ」

 

 

 

 

 

 里見を見ていたら、そんなことを口にしていた。

 

 

 勝手に口が、そんな言葉を発していた。

 

 

 

 

 

 甘え。

 

 

 そうだ。僕は里見に、少しでもいいから甘えたかった。

 

 

 コイビトなら、コイビトらしく。

 

 

 

 

 

「腕枕?」

「そう、腕枕」

「ってことは結局俺も寝るのか」

「そう。里見も寝るんだよ」

 

 

 

 

 

 じゃあもう寝ようって、僕は里見の手を取ってソファーから立ち上がった。

 

 

 里見はまだ座っていて、繋いだ手が僕たちの間で伸びた。

 

 

 

 

 

 見下ろす僕。

 

 

 見上げる里見。

 

 

 

 

 

「里見と普通の毎日がしたい」

 

 

 

 

 

 何を思うのか、立とうとしない里見に、僕は言った。

 

 

 普通の毎日の中で、普通に思いつくことを、思いつくままに。我慢せず。諦めず。我慢して、諦めてきたことを。

 

 

 

 

 

「………分かったよ」

 

 

 

 

 

 目を伏せて、里見は、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな風に寝たことないよね」

 

 

 

 

 

 並べて敷いたままのシングルの布団の片方に、僕たちはぎゅうぎゅうにくっついて横になった。

 

 

 そして腕枕をしてもらった。

 

 

 

 

 

 眠いと思って眠そうと言われたら、本当にものすごく眠かった。

 

 

 眠いまま、里見と一緒に泊まった日のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 ホテルに着いてベッドに直行。本能ってこういうのを言うのかなってぐらい、求められて貪られて、求めて貪って。

 

 

 そして疲れ果てて寝る。

 

 

 

 

 

「………ごめん」

「何が?」

「お前を性欲の捌け口にしていたつもりはない。………でも今思うと」

「………うん。でも、それしかなかった。それしか知らなかった。だから………仕方ないよ」

「………それでも、ごめん」

 

 

 

 

 

 腕枕の腕が、そのまま僕の頭を抱く。

 

 

 

 

 

 落ちる瞼。

 

 

 引っ張られるように落ちる意識。

 

 

 

 

 

 おやすみ。

 

 

 

 

 

 小さく聞こえた後、頬にそっと、唇が触れた気がした。

 

 

 

 

 

 癒えていく。

 

 

 ………消えていく。

 

 

 

 

 

 里見との思い出が、辛いものから幸せなものに………なっていく。

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