第101話
10時半ギリギリで家に着いた。
どうしてなのかは、僕の予想でしかないけれど、僕が言った時間よりも里見が30分伸ばしてくれて良かった。
まだ戻って来ていないことを祈りつつ、車を車庫にとめておりたタイミングで、家の前にタクシーがとまった。
車内灯がつく。
乗っていたのは、里見だった。
僕はそのまま、里見がおりて来るのを待った。
「おかえり」
タクシーをおりて、僕を見た里見に言った。
里見は少し驚いたように目を見張った。そして。
「ただいま」
笑みとともに、言った。
付き合いは長かった。里見と僕。
でも、その長い付き合いの中で、初めての言葉だった。
そして、いつか言いたかった言葉でもあった。
小さな願いが、小さく叶えられていく。
「すぐお風呂の準備するよ」
「俺、ホテルで入って来た」
「え?」
「それぐらいしかやることがなかったから」
門を開けて中に入る。
玄関の鍵を開けて中に入る。
「………ごめん」
確かに、荷物をまとめて支払いをして、だけでは、この時間まで持たない。
謝った僕に、里見は笑った。
「それぐらいするよ。俺のワガママに付き合ってもらってるんだから」
玄関のたたきのところ。
話しながら靴を脱ぐ里見を、すぐ後ろで待っていた。
そしたら、里見が、急に。
ふと、僕を見た。
見て、止まった。動きを止めた。不自然に。
「何?」
その不自然さが気になった。
里見は目を伏せて、吐く息と一緒に笑った。いや………って。
それで。
その笑い方で、分かった。
僕がたった今、里見がホテルに荷物を取りに行っていた間に、七星に抱かれていたことに気づいたんだろう、と。
僕の何で気づいたのかは分からない。気づかれる要因はいくつもある。
髪の毛もおかしい、服も出かける前よりよれている。
それに多分。
におい。
今、僕からしているにおいは、里見が知っている普段の僕のにおいではないだろう。さっき一緒に居たときまでとは違うだろう。
「お風呂入ってくるから、適当に待ってて」
「分かった」
「お風呂から出たら、つけるよ」
これを。
僕はズボンのポケットから出した。里見からもらった小さな天球儀を。
『俺、真澄がずっと天球儀つけてたの、知ってる』
『………え?』
帰り際、もう一回真澄チャージさせてって、七星のマンションの玄関のところで抱き締められた。
そのときに七星は言った。
『真澄んちに配達に行くと、真澄はだいたいそれ握って外に居た』
『………うん』
そう。ずっとそう。
ずっと僕は待っていた。
待っていても仕方ないと思いながら、それでも毎日待っていた。
いつ来るかも分からない、同窓会の案内を。唯一、里見と会える可能性を持った、その案内を。
郵便配達の時間に合わせて外に出るぐらい、家の中で待てないぐらい、毎日毎日、待っていた。
『今はこっちをよく握ってるけどな』
七星は僕を離して、七星の首にぶら下がる、七星と僕のお揃いのネックレスをつついた。
『うん』
気づくと僕は握っている。触っている。
七星とお揃いのネックレスを。
七星と僕の、コイビトの証を。愛しくて。七星が。愛しくて。ネックレスが。
いってこい。
玄関先で、七星は言った。
いってくる。
玄関先で、僕は言った。
いってこい、は。
里見との決着に、行ってこい、で。
自分の胸の内を、言ってこい。
僕にはそう聞こえた。
だからそのつもりで答えた。
行ってくる。里見とのことに決着をつけに。
言ってくる。涙と一緒に飲み込んだ、言葉の数々を。
「風呂出るまで、持ってるよ」
里見が僕にてを差し出して、僕はそのてのひらに、小さな天球儀を、乗せた。
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