第98話

「………え?」

「あ」

 

 

 

 

 

 カラスの行水ってこういうのを言うんじゃない?なんて、今結構複雑な状況のような気がするんだけど、僕はちょっと呑気にそんなことを思った。

 




 

 シャワーを浴びに行った七星が、もう出てきた。腰にタオルを巻いただけで。

 

 

 ちゃんと拭き切れていない髪から、ぽたぽたと水滴が落ちている。

 

 

 

 

 

 まだ多分、5分ぐらいしか経っていない。

 

 

 

 

 

「何してんの?って聞いていい?」

 

 

 

 

 

 笑いながら聞くのは、僕が七星の服のにおいを嗅いでいるところを見たから。

 

 

 僕もまさか見られるとは思っていなくて、びっくりしたのとちょっと恥ずかしいのとで、誤魔化そうと思ったけど、誤魔化しようがないぐらいしっかりと見られた。



 

 


「真澄って実はそういう趣味あった?」

「ないよ‼︎畳もうと思ったんだけど洗った服と洗ってない服の見分けがつかないから、におい嗅いだら分かるかなって‼︎」

 

 

 

 

 

 聞かれて慌てて説明した。でも、説明しているのに、したから余計?七星は笑った。何だよその発想って。






「自分でもどうなのって思ったけど………だって分からないんだからしょうがないでしょ」

 

 




 ぶつぶつ言う僕に更に笑いながら、七星は冷蔵庫からペットボトルのお水を出した。

 

 

 そのペットボトルを持ってこっちに来てそれを枕元に置いて、いいよって、僕が持っていた服をぽいって投げた。

 

 

 投げて、今度はクローゼットを開けてごそごそしている。

 

 

 

 

 

 ちらっと見えたクローゼットの中も部屋同様なかなかの状態で、引っ越し前に一回大掃除に来ないといけないなって、思った。

 

 

 

 

 

「こっちでも使うことあるかもって、買っといて良かった」

「何を?」

「必須アイテム」

「………準備いいね」

「だろ?」

 

 

 

 

 

 褒めたつもりではなかったのに、七星がちょっとドヤ顔になっているのは気のせいか。

 

 

 目的のものを発見した七星が僕の、布団の方に来て、『それ』も枕元に置いた。 



 そしてそのまま僕を、布団に組み敷いた。

 

 

 



 落ちる水滴。



 目の前で揺れる、お揃いのネックレス。

 

 




「さっきも言ったけど、僕お風呂入ってないよ?」

「うん。だから、さっきも言ったけど、いいよ」

「待って、洗濯物どけないとっ………」

「それもいい」

 

 

 

 

 

 組み敷かれた下にも横にも、七星の服。



 なのに七星はそれを無視、で、キス。






 七星。





 

 いつもと違う気がする七星に僕は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「………大丈夫?」

 

 

 

 

 

 布団の上。

 

 

 七星に聞かれて、目を開けた。

 

 

 

 

 

「………暑い」

「ん、水」

「ありがと」

 

 

 

 

 

 さっき冷蔵庫から出したのは、お風呂上がりの喉を潤すためじゃなくて、このためだったのか。

 

 

 

 

 

 身体中に残る余韻を堪えながら、僕はゆっくりと身体を起こしてペットボトルを受け取って飲んだ。

 





 まだ冷たい水が、熱い身体に気持ちいい。

 

 

 

 

 

 飲んで、ありがとって七星に返して、僕はまた横になった。

 

 

 すぐに七星が重なって、唇も重なった。

 

 

 

 

 

 誘ったのは僕だけど、昨日もしているだけに身体が重い。

 

 

 

 

 

 あやしくなりそうな七星の手を、僕は自分の手で止めた。待って、休憩させてって。

 

 

 

 

 

 もう無理だよ、とは、言いたくなかった。七星がまだって思うのなら、無理をしてでも応えたかった。

 


 里見が居るから拒むんじゃない。それだけは絶対。そんな風に絶対、思われたくなくて。

 

 

 

 

 

「………ごめん」

「変な意味じゃいよ?」

「うん、分かってる。………変なのは、俺だし」

「………七星」

「俺、変だったよな?いつもと違ったよな?乱暴だったよな?………まじごめん」

 

 

 

 

 

 大丈夫?って。

 

 

 心配そうな目が、僕を見下ろす。

 

 

 

 

 

 僕はそんな七星の頬に触れて、両手で触れて、大丈夫だよって、キスをした。

 

 

 

 

 

「大丈夫。確かにいつもと違ったけど、乱暴ではなかったよ」

「乱暴だったよ」

「ううん。全然。七星とはいつも気持ちいいけど、今も、すごく気持ち良かった」

「………」

「相性がいいのかな?身体の。目を開ければ七星なのに、今日は別の人みたいで、すごく………」

 

 

 

 

 

 遮られた。言葉を。

 

 

 唇で。

 

 

 

 

 

 もう、本当は、無理。

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 七星は里見と過ごすことに、僕が予想する以上の何かを思っている。感じている。抱えている。

 

 

 だからの、別人のような、行為。

 

 

 

 

 

 音。

 

 

 カサカサって、した。

 

 

 ビリって、した。

 

 

 

 

 

「………七星っ」

 

 

 

 

 

 終わったばかりの行為が、また始まった。

 

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