第63話
涙が溢れた。
溢れ続けて止まらなかった。
七星が運転する僕の車に乗っているときも、家に着いてからも。
七星は僕を家に連れて帰ってくれて、コーヒーを入れてくれた。
僕はソファーに座って、泣いていた。
何で泣いているのかも分からなかった。
自分勝手な里見に腹が立って。
土下座までしていた里見が悲しくて。
もしもあの頃違う何かを選択できていたら、違う今があったかもしれない。
そう思ったら。
七星が湯気の立つマグカップをふたつ持って来て、テーブルに置いた。
ふたりで行った海辺のショップで、お揃いで買ったマグカップ。
隣に座った七星が、僕を抱き寄せる。
「飲める?」
「………ありがと」
「………うん」
「………ごめん」
「びっくりした。真澄って怒れるんだって」
「え?」
びっくりした、に、ごめんって。
過去のことにいつまでも振り回されていることに謝ろうと思ったのに。
僕が今度はびっくりして、涙が止まった。
七星が笑ってる。すごく普通に。悪戯っぽく。
「だって怒らないじゃん?真澄って。俺怒られたことないし。だから真澄には喜怒哀楽の怒はないって思ってた」
はいって、僕の肩を抱いたまま手を伸ばしてマグカップを手にした七星が、僕にそのマグカップを渡してくれた。
いつも僕はブラックで飲むのに。
「カフェオレにしてみた」
「………ありがと」
ごつごつした、でも、ぬくもりのあるマグカップを両手で持って一口飲んだ。
甘い。
けど。
美味しい。
ほっとしたらまた、涙が出た。
でもそれは、里見への何の涙か分からない涙ではなく、七星の優しさへの涙。
「鼻水で味分かんなくね?」
「………分かるよ。甘くて美味しい」
「テレビでやってたやつ。カフェオレの黄金比って」
「すごく美味しい」
「良かった」
ほら鼻拭けってティッシュを渡されて、マグカップを持っていかれる。
うんって僕は素直に従った。
七星の隣は心地良い。
七星の隣は安心。
僕は本当に七星のことが好きで、七星も同じように僕を好きでいてくれてるって、普通に思う。
「真澄ってまじ俺のこと好きだよな」
「………七星も本当僕のこと好きだよね」
言い合って、笑う。
あんなにも吹き荒れていた感情が、不思議なほどぴたりとおさまっている。
「飲んだら風呂入ろう」
「………うん」
「風呂出たら………いい?」
「………え?」
「それから考えよう。………里見さんのこと」
うん。
そうだね。
考えなければいけない。逃げたらいけない。
病気。命の期限。土下座。
里見のそれを。僕は。
「真澄」
「………ん?」
「考えるのは後でいい」
「………うん」
近づく七星の唇に、僕は目を閉じた。
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