第36話

「寒くない?」

「ちょっと寒いけど大丈夫」

「大丈夫じゃなくなったら言って」

「うん。大丈夫じゃなくなったらどうするの?帰る?」

 

 

 

 

 

 まだ全然。

 

 

 ラーメン屋さんを出たのが1時半過ぎだったと思う。

 

 

 だから全然早い時間。

 

 

 

 

 

 もう少し七星くんと居たいなって思うけど。思っているけど。

 

 

 

 

 

 砂浜を、七星くんと並んで海に沿って歩く。

 

 

 

 

 

 波の音と風の音。

 

 

 七星くんは僕の右耳に少し顔を、口を寄せて話してくれた。

 

 

 

 

 

「大丈夫じゃなくなったら、豆太迎えに行ってもう一回散歩。豆太抱っこしてカイロにしよ」

 

 

 

 

 

 帰ろうではない七星くんの返事によかったって思った。

 

 

 もう少し。

 

 

 もう少しって。

 

 

 

 

 

「それ、豆太は散歩にならないよね?」

「ん?散歩気分は味わえるだろ」

「いいの?」

「何が?」

「もう一回散歩って。七星くんの予定とか」

 

 

 

 

 

 もう少し一緒に居たいと思っていて、もう少し一緒に居られそうなのに、気遣うふりで七星くんの予定を聞く僕。

 

 

 僕の方が年上だから、冷静にそんな気遣いもできるよアピール?

 

 

 それとも、何か。別の。

 

 

 



 考えるのを、やめた。

 

 




「夜にツレと会う約束してるけど、それまでは特に何もないよ。ツレが先約で、しかも俺の予定に合わせてもらってるからキャンセルできないだけで、本当はキャンセルしてもっと真澄さんと居たいと思ってる」

 

 

 

 

 

 言葉の端々にまた見つける、僕への好意。

 

 

 それが嬉しい。見つけてはいちいちどきんってなる。

 

 

 

 

 

「ツレだからな。高校のときの」

「うん」

「ヤローばっかだから」

「うん」

「あ、俺らの場合その方が心配なのか?」

「え?………あ」

 

 

 

 

 

 『ソウイウ』意味での『ソウイウ』相手は、僕たちは異性ではなく同性。

 

 

 僕が無駄に心配しないよう言った言葉が逆にって、七星くんは思ったんだろう。

 

 

 

 

 

 七星くんは。

 

 

 

 

 

 風で乱れる髪を、また右耳にかけた。

 

 

 右隣に並ぶ七星くんを見上げて。

 

 

 

 

 

 七星くんは、背も高くて平均以上の、スポーツをやっていた感じの身体をしている。

 

 

 無骨って言葉が似合う大きい手。靴のサイズも、大きかった。

 

 

 だから全体的に強そうに、豪快そうに見える。

 

 

 

 

 

 見える、けど。

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ。今日は前から約束していた友だちと会う、でしょ?」

「うん。そう」

 

 

 

 

 

 七星くんは、見た目とは逆に、すごく繊細だと思う。

 

 

 

 

 

 もしかしたら、何かあったのかもしれない。………過去に。七星くんがそうなった何かが。

 

 

 

 

 

「やっぱりそれ好き」

「それって?」

「理由が分かってもっと好きになった」

「だからそれって?」

「ありがと」

「だから何が?」

 

 

 

 

 

 笑う。

 

 

 七星くんの言う『それ』が何かを聞きたいのに、全然答えてくれない七星くんに。

 

 

 僕が笑うから、七星くんも笑う。

 

 

 

 

 

「俺の言葉を、ちゃんと聞こうとしてくれたってことだろ」

「え?」

「髪、耳にかけて。聞き逃さないように」

「………」

 

 

 

 

 

 ほら。七星くんは。

 

 

 繊細な心で、繊細な心からの目で、色んなことを見てくれる。

 

 

 

 

 

「ってことは、口説いていいってことだよな」

「………え?」

 

 

 

 

 

 口説いて。

 

 

 

 

 

 どきん、どきん、どきん、どきん…。

 

 

 

 

 

「何でそうなるんだろ」

「違うの?」

 

 

 

 

 

 見られてる。

 

 

 見つめられている。

 

 

 明らかに熱のこもった、目で。

 

 

 

 

 

 歩いていたはずの足は、とっくに止まっていた。

 

 

 

 

 

「違わない、か」

 

 

 

 

 

 また、笑った。

 

 

 目を合わせて、笑った。

 

 

 風が冷たい春の海辺で。砂浜で。

 

 

 

 

 

「ぴょんは月に帰る?」

「え?」

 

 

 

 

 

 始まりそうな何かにどきどきして、僕は不意打ちの七星くんの言葉を聞き逃した。

 

 

 

 

 

 さっそくやっちゃってどうするの。

 

 

 せっかくさっきありがとうって言ってくれたのに。

 

 

 

 

 

 でも七星くんは、何も言わず。

 

 

 七星くんを見上げた僕に。僕の頬にそっと。

 

 

 

 

 

 そっと、キスをした。

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