第35話

「だから左ハンドル?車」

 

 

 

 

 

 すごくキレイな形の目を右に左に動かして、何かを言おうと口を開いて、閉じてから七星くんは言った。

 

 

 

 

 

 何を言おうと思って、何を飲み込んだんだろう。

 

 

 

 

 

「………そうだね。僕が運転するなら、その方がいいかなって」

「ごめん。もうかってんだなとか思って」

「え?」

「え?」

 

 

 

 

 

 ほんの少しぎこちなくなった空気が緩んで、笑う。

 

 

 

 

 

 車。

 

 

 僕が乗っているのは左ハンドルの外車。

 

 

 こだわりがあってそうしたんじゃない。買うときにどうしようかと悩んだ。

 

 

 

 

 

 もし。

 

 

 

 

 

 もしも僕が運転して、誰かが………里見が助手席に乗ることがあったら。

 

 

 

 

 

 そんなもしもを考えることがバカみたいなのに、そのもしもを捨てきれずに。

 

 

 

 

 

「俺、真澄さんの顔好きだけど、時々するその顔は、好きじゃない」

「………その顔?」

「違う誰かのことを考えてる顔だろ?その顔」

 

 

 

 

 

 考えてないよ。

 

 

 

 

 

 考えてない。

 

 

 里見のこと、なんて。

 

 

 

 

 

 図星すぎて何も言えない。

 

 

 

 

 

「それは、コイビト?」

「………違うよ」

「好きな人?」

「………」

 

 

 

 

 

 テーブルに左右の肘をついて、大きな手に顎を乗せて僕を見ている七星くん。

 

 

 

 

 

 よく見ているのか。よく気がつくのか。

 

 

 

 

 

「ああ、そうか」

 

 

 

 

 

 七星くんがそう言いながら身体を起こして、テーブルにスペースを開けた。

 

 

 店員さんが炒飯セットを運んで来てくれて、僕たちはそこで一度黙った。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「好きだった人、だ」

 

 

 

 

 

 やっぱり僕は、何も答えることができなかった。

 

 

 

 






 

 七星くんはそれはそれは美味しそうに大盛りの炒飯とラーメンを食べた。

 

 

 やっぱうめぇって言いながら。

 

 

 

 

 

 昨日の、僕が作ったハンバーグもこんな風に食べてくれたのなら、いつか目の前で食べて欲しいかも。

 

 

 作り甲斐がありそう。

 

 

 

 

 

「その顔がいい」

「その顔って?」

「俺見て笑ってる顔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食べ終わって、夕飯のお礼って、僕は七星くんにごちそうなった。

 

 

 僕の方がはるかに年上だし、そんなつもりで作ったんじゃないよって言ったのに、七星くんは俺が払うって。

 

 

 そのかわり、今からデートしてよって。

 

 

 

 

 

 僕たちはまた美浜公園に車をとめて、すぐ近くの砂浜まで来ていた。

 

 

 

 

 

 車をおりて、気づいた。

 

 

 

 

 

 七星くんが。

 

 

 七星くんが、右側に立っている。並んでいる。僕の。

 

 

 

 

 

 思わず見上げた七星くんの、砂浜は久しぶりだーって目を細める姿に。

 

 

 僕は。

 

 

 

 

 

 どきどき、していた。

 

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