第31話

「犬飼ってたの?」

「………え?」

 

 

 

 

 

 左側からの不意打ちは、どうしても聞き取り辛い。

 

 

 

 

 

 リードを持たせてもらって散歩をして、その後公園のすみに座って豆太と遊んでいた。

 

 

 七星くんの、時々細める、僕を見る目にどきんってしながら。

 

 

 

 

 

「犬、飼ってた?真澄さんすげぇ楽しそうだよ」

「そう?でも飼ったことないよ。今まで全然縁がなかった」

「だよな?触り方もろ初心者だったもんな」

「でしょ?七星くんが教えてくれたもんね。でもかわいいね。知らなかったよ」

「豆太は格別。………って、親バカならぬ飼い主バカだな。あ、違う。飼い主でもねぇ、俺」

 

 

 

 

 

 あははって、笑う七星くんに、僕もつられて笑う。

 

 

 

 

 

 単純に、普通に、楽しかった。

 

 

 仕事以外で人と接するのが久しぶりだからなのか、豆太が居るからなのか、考えてもはっきりとした理由は分からない。

 

 

 でも、楽しかった。笑ってた。自然に。

 

 

 

 

 

 里見とは、里見とも、会えるのをいつも楽しみにしていた。

 

 

 楽しみに………心待ちに。苦しいぐらい。

 

 

 会って、そのままホテルに行って、肌を合わせて。

 

 

 

 

 

 こんな風に笑うことなんか、なかった、な。

 

 

 

 

 

 僕の脚に乗ろうとしている豆太を抱っこして、撫でる。

 

 

 豆太は僕にもたれかかって、もっと撫でろと言わんばかりに、お腹を見せていた。

 

 

 

 

 

「お前、そこまで好きか。真澄さんのこと」

 

 

 

 

 

 呆れるように笑う七星くん。

 

 

 

 


「だよなあ。美人だし、いい匂いするし、優しいし」

「何言ってるの、七星くん」

「飼わないの?犬に限らず動物。飼えるじゃん。あの家なら」

「………そうだね」

「飼っちゃいけない理由があるとか?………動物苦手な人が一緒に住んでるとか、家に来る、とか」

 

 

 

 

 

 どきん。

 

 

 

 

 

 声が、今までの声と変わって。かすかに。

 

 

 それに僕は、どきんって、なった。

 

 

 

 

 

 さりげなく。だけど、さりげなくもなく、分かりやすく、七星くんが探っている。僕を。

 

 

 僕に一緒に居る『特別な人』が居ないかどうかを。

 

 

 

 

 

「居ないよ。僕はあの家にひとりで住んでるし、訪ねてくる人も特に居ない」

 

 

 

 

 

 だから僕もさりげなく。でもさりげなくもなく、分かりやすく、七星くんを見ながら答えた。

 

 

 

 

 僕に『特別な人』は居ないということを。

 

 

 

 

 

 お互いを見て、黙る。

 

 

 一瞬の、間。

 

 

 

 

 

「ひとりで一戸建て。………もうかってんな」

「え?」

 

 

 

 

 

 笑う。笑った。

 

 

 七星くんが、整った顔をくしゃって崩して。

 

 

 

 

 

 だから僕も、笑った。

 

 

 

 

 

「俺さー、真澄さんちの庭の木。あれ何て木?」

「ミモザって言ってた。前に住んでた人が植えたんだって」

「あれに鳥箱置きたいって、実はいっつも思ってる」

「鳥箱?」

「鳥箱。鳥の巣。真澄さんちめっちゃオシャレだから似合いそうじゃね?」

「七星くんって、動物好きなの?」

「豆太が実家来てからな。すげぇ癒されて、こんな小さくても、もっと小さくても、生きてるんだなあって、癒される。癒されてる」

 

 

 

 

 

 隣に座る七星くんの大きな手が伸びてきて、豆太を撫でる。

 

 

 僕の、豆太のお腹を撫でる手に、少し触れる。

 

 

 

 

 

「………うん。癒されるね。癒されるよ。すごく」

 

 

 

 

 

 年甲斐もなく、そのほんの少しだけ触れる手にどきどきして、僕は七星くんを見ることが、できなかった。

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