第29話
その日はずっと七星くんのことを考えていたと思う。
仕事しなきゃって仕事部屋に居ても、全然集中できなくて、ペンを持ったまま七星くんのことを。
視線を動かして部屋の天球儀を見ては、星を名前に持つ、やっぱり七星くんのことを。
何も言わず居なくなった里見。
待ってるって多分言ってくれた七星くん。
作業机の上の、小さな人形を手に取った。
耳折れうさぎのぴょんと、ぴょんの初めての友だちのまる。
左耳が聞こえない僕と、僕のそれを初めて僕から言った里見。
里見が最後まで別れを言葉にしなかったのは、現実がどうであれ、僕と別れたくなかったから。
僕との未来を諦めて結婚を選んだのに、もしかしたら、を、諦めることができなかったから。
望まれた、望まない結婚に荒む里見の心の、僕は小さな希望。
里見。そうでしょ?そうだったんでしょ?
僕は小さなぴょんとまるの人形を元に戻して、スマホを取った。
教えてもらったのは、電話番号だけ。
だからショートメール。
今度の日曜日、どうですか?
今日は火曜日だから、まだ少し先。
返事は笑っちゃうぐらいすぐに来た。
ハンバーグありがとう。ごちそうさまでした。めちゃくちゃ美味かった。最高。あんなの作れるなんてすげえ。尊敬。
そこまでのメッセージが一旦表示されて、大袈裟だなあって、また笑った。
俺明日休み。呼び出されるかもしれないから絶対とは言えないんだけど、明日はどう?予定ある?
え?って。
どきんって、なった。
明日。
すごくどきどきしている僕が居た。
そして、明日でいいなら明日がいいって思っている僕も居た。
ほんの少しの、里見への罪悪感も。
僕は大丈夫。何時から何時まででも大丈夫。七星くんが休みかどうか分かったら連絡ください。
真澄さんがオッケーなら休みの予定‼︎10時に美浜公園でいい?
いいよ。
朝1回連絡する。
はーい。じゃあまた明日。おやすみなさい。
おやすみなさい。まじごちそうさまでした。
そこでショートメールのやり取りは終わって、僕はスマホを持ったまま大きく息を吐いて、椅子の背もたれに身体を預けた。
呼び出されるかもって言っていたから、仕事かもしれない。
でも、僕がオッケーなら休みの予定、って。
尻尾があったら、振っていそうな姿が思い浮かぶ。
七星くんは、洋犬だな。
毛足の長い、大きめの。
里見は。
里見、は。
明日、何を着て行こうか。
まだ明日だとはっきりと決まったわけでもないのに、僕は明日着る服を選ぶために、立ち上がった。
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