第104話 ヤハギの切り株


 五日ほどで区画の線引きは完了した。

ルガンダには細い糸が張り巡ぐらされ、道や宅地が区画わけされている。

トイレの横を引き当ててしまうのでは、と心配していたメルルも、ミラの横の土地を手に入れることができて安心していた。


 土地を持てたことがよほどうれしかったのだろう、住民たちはさっそく草刈りや石をどけたりしている。

もちろんメルルとミラのコンビも同じで、いまから土地の整備に余念がなかった。


「えいっ! ウィンドカッター!」


 ミラが魔法で自分の土地の樹を切っていた。


「さっそく土地の整備かい?」


「少しでも早くここに住みたいですからね」


 額にうっすらと汗をかいたミラはイキイキしていた。


「将来的にはここら辺に家を建てて、あの辺にぶどう棚やあんずの樹を植えたいんです。玄関には野ばらを這わせたパーゴラも欲しいなあ」


 未来の夢をうっとりと語るミラの瞳は本当に嬉しそうだ。

メルルもくわで土を掘り起こしながら頑張っていた。


「ウガーッ! なんでこんなに深く根を張っているのよっ!?」


 身体強化魔法で強引に切り株を掘り起こそうとしているようだ。


「おいおい、無理はするなよ。土魔法を使える人を雇ったらどうだ?」


「土魔法が使える人は引っ張りだこで、長い順番待ちなんだよ。そうだ! ユウスケさん、ビッグカツレツを売ってよ。パワーブーストで切り株を引っ張ってみるから」


 ビッグカツレツを食べれば切り株を引っこ抜けるかもしれない。

でも、パワーブーストが使えるのは三秒だけだ。

失敗の恐れもある。

だが、こちらのお菓子を使えばそんな心配は無用だ。


「ちょうどいいものがあるぜ」


 俺はお菓子の一つをとりだした。


 商品名:木こりのキリカブ君

 説明 :チョコレートとビスケットを組み合わせた、切り株型のチョコレートスナ  

     ック。食べると楽々切り株を引っこ抜ける。

     (お菓子一つにつき切り株一つ)

 値段 :100リム


 このお菓子は能力が特化しすぎていて、これまで使いどころがなかった商品だ。

ダンジョンで切り株を引っこ抜く機会なんてないからね。

だけど開拓地では話が違ってくる。

今後は需要が爆上がりするにちがいない。


「ほれ、これを食べてみろ」


「あら、美味しそう。でも私の手はこれなんだよ」


 鍬を使って根っこを抜いていたメルルの手は泥だらけだ。


「しょうがないな、俺が食べさせてやるから口を開けてみな」


「はーい」


 メルルは素直に大きな口を開けた。

まるで餌を待つツバメの雛みたいだね。


「モグモグ……これ美味しい! お父さん、もう一個!」


「誰がお父さんだ! メルルは俺が七歳のときの子か!? あり得ないだろう!」


「あはは、ごめんごめん」


「それに、これは一つ食べれば切り株を一個引っこ抜けるんだ。能力が消えない内に早くやってみろよ」


 何もしなければ能力はリセットされてしまう。

累積も利かないから、食べたらさっさと働くべきなのだ。


「わかった。どれどれ……」


 メルルはそれまで悪戦苦闘していた切り株に手をかけた。

そして、ぐっと踏ん張り力を籠める。


「エイッ!」


 ズボッ!!


「うわあっ!?」


 あまりにあっけなく抜けたのだろう、力が余ってメルルは後方に大きくよろけ、尻もちをついてしまっていた。

それでも手を離さなかったため長い根が土からズボズボと抜け続け、周囲に土をまき散らした。


「あいててて……。でも、すごい!」


「まだ効果は続いているはずだ。そのまま最後まで抜いてしまうんだ」


「わかった」


 メルルは切り株を抱えたまま移動して、すべて抜くことに成功した。


「すごい効果ですね。普通なら切り株を抱え上げることだって無理なのに」


「まったく規格外の力だよな。だけど、このお菓子の効果は切り株だけにしか反応しないんだよ。な話だけどさ」


「駄菓子屋さんだけにですね」


 俺とミラは二人でケラケラと笑ってしまった。


「これがあれば開拓は加速度的に進みますね」


「そうだな。さっそくみんなに配ってくるよ。この箱は置いていくから二人で有効に使ってくれ」


 みんなに『木こりのキリカブ君』を配ろうと歩き出したとき、物陰からこちらを見ているリガールに気が付いた。


「ユウスケさんもメルルさんも脇が甘すぎます」


 リガールは厳しい目つきで俺たちを睨んでいる。


「どうしたの?」


「今の不貞行為をミシェルさんが見ていたらどう言い訳するんですか?」」


「不貞行為ってなんのことだよ?」


「メルルさんにお菓子を食べさせてたでしょう?」


 あれが不貞行為?


「さっきのは雛に餌をやっていたようなもので、浮気でもなんでもないぞ」


「その言い訳がミシェルさんに通じますか?」


 それは……。


「通じるわけがありませんよね。ルガンダの開拓は順調なんです。余計な波風は絶たせないでくださいよ!」


「す、すみません……」


 俺とメルルは同時に謝ってしまった。

たしかに迂闊うかつだったな。


「本当に気をつけてください。ウィンドカッターでちょん切られて、ユウスケさんの切り株を引っこ抜かれても知りませんからね!」


「お、俺の切り株ってなに? なにを引っこ抜かれるの?」


「自分で想像してください!」


 首、脚、それとも……。

恐ろしすぎてそれ以上の想像は無理だった。

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