第91話 キビダンゴ


 開店すると間もなく、ぺちゃくちゃとおしゃべりをしながらチーム・ハルカゼがやってきた。


「おお、新しい商品が入荷してる!」


 メルルが目ざとく一つのお菓子を手に取った。


「さすがはメルルだ。よくそれに気がついたな」

「何これ? 剣を持った男の子の絵が描いてあるけど……」

「ふふふ。それは、キビダンゴだよ」


 商品名:キビダンゴ

 説明 :棒状の餅菓子。

     モンスターに食べさせるとテイムすることができる。

     (使用者のステータスと魔物のステータスの相関関係による)

 値段 :60リム


 説明を読んだメルルは飛び跳ねて喜んでいる。


「ということは、これを食べさせればモンスターをペットにすることができるわけ?」

「まあそうなんだけど、いろいろと制約も多いみたいだぞ。テイムするには自分の魔力を込めて、手ずから食べさせなきゃいけないんだ。それに、自分よりかなり格下の魔物じゃないとテイムできないようだ」

「ということは、コボルトくらい?」

「いや、メルルならスライムくらいかな……。場合によってはダンジョンマウスとか花奏虫とか……」

「ネズミや虫に興味はないしっ!」


 ダンジョンマウスや花奏虫も一応モンスターなんだよね。

倒すと三十回に一回くらいは10リム銅貨をドロップするらしい。

ただ、効率が悪すぎるのでやる冒険者はいない。

メルルじゃないけど、わざわざテイムして飼う人もいないだろう。


「期待して損しちゃった」


 頬を膨らませるメルルにキビダンゴを一切れちぎって渡してやる。


「なに、私をテイムするつもり?」

「そんなわけあるかっ! 味見だよ。これはすごく美味しいんだぞ」


 前世からずっと俺はキビダンゴの大ファンなのだ。

テイムの効果が低いからと言ってこのお菓子を嫌いにならないでほしい。


「まったく、こんなもの……。モグモグモグモグ……美味しい!」

「だろ?」

「不思議な食感だなあ……。でもそれがやみつきになる。ユウスケさん、もう一口!」


 あーん、と口を開けて待つ姿は雛鳥そのものだ。

というよりはテイムされたモンスター……。

簡単に餌付けできてしまったぞ。

メルル、君はスライム以下か……?


「うん、これ気に入っちゃった。六個ちょうだい」

「毎度ありぃ!」


 駄菓子のラインナップも充実してきたものだ。

そろそろ店舗も拡充するんじゃないか? 


「ヤハギさん、焼きそば三つ」

「会計をお願いしまーす!」


 にわかに活気づいてきた店の切り盛りで大わらわだ。

ミシェルがいれば手伝ってもらえるんだけど、彼女はまだダンジョンの奥地で、帰りは明日になる予定だ。


(早くミシェルに会いたいな)


 壁に貼り付けておいた日光写真のミシェルは、はにかんだ笑顔で俺を見つめている。

それを見ているだけで、なんとなくやる気がわいてきた。



 朝の営業が一段落し、奥座敷でお茶を淹れた。

今朝は普段よりお客が多かったので疲れたよ。

冒険者に混じって一般の客もちらほらと現れたのだ。

暖かくなり、街の広場などではモバイルフォースの草大会などが行われているようだ。


 そのせいだろう、今朝はモバフォーが十八箱も売れた。

そろそろ大会でも開いて、新規のお客さんを呼び込むのも手だな。

フジール杯とか名付けて、花見と一緒に興行を打つのがいいかもしれない。


 今後の商売のことを考えながらお茶を飲む。

なんだか小腹が空いてきたぞ。

そう言えばメルルに味見させてやったキビダンゴの残りがあったな。


「ごめんください」


 久しぶりのキビダンゴを食べようとしたところで、またお客が現れた。

なんだかお上品な女性の声だ。


「はいはい、今行きますよ」


 キビダンゴをもう一度包み直してポケットにねじ込む。

お茶を一口だけ飲んで店に戻った。


 店に来たのはチョビ髭を生やした中年男性だった。

あれ? おかしいな。

たしか女性の声だったと思ったのだが……。

店の中を見まわしたが連れの客もいない。


「こんにちは」


 丸メガネのおじさんがあいさつをするのを聞いて、俺はもう一度驚いた。

どうやら声の主はこの人で合っているようだ。


「あ、もしかして!」

「そうです。こちらのお店で販売されている変装セットを使っているのですよ」


 おじさんは玉を転がすような声で笑った。

うん、超シュールだ。


「いやあ、びっくりしました。自分で扱っている商品ですが、すごい効果ですね」


 単なるパーティーグッズなんだけど、悪用されないか心配になってきたぞ。


「いつもマルコがお世話になっております」


 その人は菓子折りを差し出して、優雅に腰を折った。

へっ、マルコって……、もしかしてこの人は!


「じゃあ貴女がセシリアさん?」


 奥様は指を口に当てて周囲を見回した。

横暴な旦那さんに暴力を振るわれて、セシリアさんはお屋敷から逃げてきたんだもんな。

万が一にも素性が知られてはならないから、用心しているのだろう。

俺は声を落として続けた。


「失礼しました。マルコはさっきダンジョンの奥の方へ行きましたよ」

「ええ、存じております。今日来たのはマルコを追いかけてきたのではないのです。ヤハギさんにお会いしたくて参りました」

「俺に?」

「はい、実は折り入ってご相談がございまして……」


 丸メガネの奥に輝く瞳が真剣である。

なにやら重要な用事があるようだ。


「では、奥の座敷でお話をうかがいましょうか?」


 俺はセシリアさんを奥の座敷へとお通しした。

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