第87話 日光写真


 陽気はすっかり春らしくなった。

季節の移り変わりとともに、駄菓子のヤハギでは新たな商品がブームとなっている。モバイルフォース、ビックリマウンテンチョコに続く大流行なのだ。

それがこちらである。


 商品名:日光写真

 説明 :特殊な紙に人物や風景を写す道具。

 値段 :100リム(一箱につき一枚)


 いにしえの駄菓子屋には日光写真というものが売られていたそうだ。

おじいちゃんおばあちゃん世代のオモチャなので、俺も実物を見たことはない。

これは感光紙にキャラクターなどのフィルムを張り、太陽の光を当てるとフィルムの絵が紙に転写されるという代物だったようだ。

だが、駄菓子のヤハギで売り出した日光写真はこれとはまったく別物である。

はっきり言ってしまえば、普通の写真みたいなものなのだ。


 商品の大きさはキャラメルの箱くらい。

箱を指で挟んで持ち、右側から少し飛び出た紙を引き抜くと箱の正面に穴が開き、中の特殊な紙が露出する。

このとき穴の前にある風景が転写されるのだ。


 まあ、チェキとか、もっと以前に発売されていたインスタントカメラに近いものだ。

ただ、こちらの紙は太陽の光に当てないと現像されないという性質をもっている。

写真のサイズは5×3㎝くらい。

プリクラなどよりはだいぶ大きいが、地球の写真と比べると少し小さいとも言える。


 そんな日光写真が大人気なのだ。

若いルーキーだけでなく、中高年のベテランまで店に行列しているくらいである。

家族写真や恋人の写真を持ち歩くのがブームとなっているらしい。


 また、自分がダンジョンで戦ったモンスターを写真に収めておくという遊びも流行しているらしく、写真を撮るのが上手なポーターの需要が高まっているという話まであるくらいだ。


 ちなみに日光写真をいちばん買っているのはミシェルだ。

大量に箱買いして、気がつくと俺のことを撮っている。


「そんなに撮ってどうするんだよ?」

「壁に飾っておくの。寂しくないように……」


 先日、ミシェルの家へ遊びに行ったらすさまじいことになっていた。

壁一面に俺の写真が貼ってあったのだ。

これ、前世のサイコホラー映画で観たやつだ……。

ストーカーが主役のやつ。


「おかげで、一人のときも安心できるようになったわ」


 俺には不安しかないぞ! 

まあいいか……。

この程度を気にしていたらミシェルとは付き合えない。


 ミシェルの次にたくさん買っていくのはエッセル男爵だった。


「ヤハギ殿、この通りだ。毎日20セットを融通してくれんか。頼む!」


 話によると軍事用に必要らしい。

国境地帯の様子を写して作戦を検討するのに使うそうだ。

エッセル男爵の偉いところは権力で無理やり取り上げず、こうして頭を下げられるところである。

世話になってもいるので、俺は日光写真を都合することを快く了承した。


「それにしても毎日よく20箱も使いますね」

「それは陛下が……」


 呆れたことに、バルトス国王が半分以上を使ってしまうかららしい。

それも愛妾たちの写真を撮るというのが理由だそうだ。

あのエロ国王め、いったいどんな写真を撮っているのだか……。


 そういえば日光写真で儲けているのは俺だけじゃない。

鍛冶師のサナガさんも関連商品の売り出しで大忙しである。

日光写真が出回りだしたときに、俺がサナガさんにアドバイスしたのだ。

「自撮り棒」を作りなよ、と。


 モバイルフォースの武器づくりで売り上げを大きく伸ばしたサナガさんは、素直に俺のアドバイスに従った。

そして手元のレバーで箱を開ける露出棒の開発に成功したのだ。

試作品をもらったけど、実によくできていた。

おかげでミシェルとのラブラブ写真を何枚か取ることができたよ。

……おれも国王のことをとやかく言えないか。


 そんな感じで駄菓子のヤハギは今日も繁盛している。


「ユウスケさーん!」


 あの声はミラだな。

店の外で何を騒いでいるのだろう? 

掃除の手を止めて表へ出ると、チーム・ハルカゼのみんながそろっていた。


「どうしたんだい、ミラ?」

「グライダーを使って、実家に写真を送ろうと思うんです。折角ですからユウスケさんも一緒に入ってください」


 娘の元気な姿を見れば、ミラのご両親もきっと喜ぶだろうな。

俺は照れながらも列に加わった。

写真を撮ってくれるのはサナガさんだ。


「おーし、お前らもっと笑顔になれ! 撮るぞー」


 ペリッ! 

 紙の剥がれる音がこの世界のシャッター音だ。

俺の店の商品がみんなの心を繋いでいる。

そう思うと心まで春らしい温かな気持ちになった。


 撮影を終えるとマルコが話しかけてきた。


「あの、日光写真の在庫は残っていますか?」

「今日の分は全部売れちゃったんだよ。ごめんな」

「そうですか……」

「どうした、元気がないけど?」


 そんなに日光写真が欲しかったのかな?


「実は、いよいよ今夜計画を実行すんです」

「ついにセシリアさんが?」

「はい……」


 二人して声を落としての会話になった。

奥様は今夜こそお屋敷を抜け出してくるそうだ。


「二人の新しい門出に記念写真をと思ったのですが……」

「そういうことなら俺の分を一つ売ってあげるよ。ミシェルに頼まれていたやつだけど、事情を話せばわかってくれると思うから」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「その代わり、今度セシリアさんの写真を見せてくれよ。マルコにとって世界でいちばん大切な人がどんな人か見たいもんな」

「それは……いつか機会があれば……」


 おや、マルコは見せたくないようだ。

恋人がステキな人でも自慢したくなるようなタイプではないらしい。

もっとも、セシリアさんは夫のもとから逃げ出してマルコの家へ隠れるのだ。

マルコとしてはいろんなことを警戒しているのかもしれない。


 そのときはそんなふうに考えていた。

やがて、この日光写真がとんでもない悪事に利用されようとするなんて知らずに。

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