第81話 キスをしようか?


 かな~り、大人な商品が入荷された。

俺の前世にもあったらしいけど現物を見るのは初めてだ。

伝説の香水ガムである。


 商品名:エヴァ(香水のガム)

 説明 :香水の魅惑。恋人同士で食べるとキスがしたくなる。

     恋人同士じゃないと効果はない。

 値段 :70リム


 ゴージャスな金色の箱に板ガムが入った商品だ。

包み紙には愛のポエムが綴られている。

この世界では有名なミツコ・ロンドンの詩らしい。

香水の香りがするガムだなんてどうかしていると思ったのだけど、食べてみると意外や意外、美味しかった。


 あとそれから、食べた後にミシェルとめちゃめちゃキスした。

すごかった。

なんかね、キスが甘いんだよ。

まあ、詳しくは語るまい。

気に入ったミシェルが箱買いして、ことあるごとにガムを勧められて困っている……。


 狩りには関係ない商品なので売れるかどうか疑問だったけど、それなりに在庫ははけている。

たとえ恋人はいなくても、ちょっと背伸びしたい年頃の少年少女が買っていくのだ。

最近ではラブレターの代わりに香水ガムを渡すのが流行しつつあるらしい。


「ユウスケさん、これちょうだい」


 香水ガムを買いに来たのはメルルだった。


「70リムだよ」


 メルルが支払いをしていると、店にやってきたガルムたちがはやし立てた。


「なんだよ、メルル。恋人もいないくせにそれを買うのか?」

「うるさいなあ。私は味が好きで買っているの。さっさと仕事へ出てくたばっちまいな!」


 ガルムはニヤニヤと笑って手を出してくる。


「なによ?」

「俺にも1枚くれよ。お礼にキスしてやるぜ」

「ふざけんな。アンタとキスするくらいなら、リガールとした方が百倍ましよ」

「おっ、リガール、ご指名だぞ!」


 ガルムたちがどっと笑いだしたが、メルルは落ち着いたものだった。

パッケージからガムを一枚抜き取ると、そっとリガールに手渡す。


「え? え? 僕は、その……」

「ガムを一枚分けてあげただけだよ。それともキスしてほしかった?」


 普段はボーイッシュなメルルだけど、今日はやけに大人びた感じがするな。

女の子っていうのはいきなり成長するから、ハッと息を飲むほどびっくりする。

それにしても、これくらいの年頃だと女の子の方が大人だよな。

ガルムたちはまだまだガキの域を出ない。


「さて、今日も朝の運試しと行きますか。ユウスケさん、10リム玉チョコとチョコレートバットをちょうだい」


 こういうところはまだまだ子どもだけどな。


「チョコレートバットと言えば、マルコとのチームはどうだった? 昨日も一緒に狩りへ行ったんだろう?」

「うん。あの伝説の釘バットは反則だわ。嘘みたいにオオヤシガニが狩れるんだよ」


 メルルは声を落として耳打ちしてくる。


「昨日はいくら稼げたと思う?」

「さあ」

「全部で4万リム以上。私とミラは1万ずつでいいって言ったんだけど、マルコが1万2千ずつくれたんだ」

「それはすごいな」


 メルルたちのようなルーキーを卒業したばかりくらいの冒険者なら、一日に8000リムも稼げればいい方なのだ。


「誘われているから、また一緒にチームを組むんだよ」

「よかったじゃないか。いっそマルコに香水ガムを渡したらどうだ?」

「え~、マルコは良い人だけどタイプじゃないよ。それに一途だからね」

「ああ、助けてあげたい女性がいるって言ってたな」

「それなんだけどさ、ちょっと心配なんだよ」

「なにが?」


 メルルは難しい顔をしてさらに声を潜めた。


「その人、人妻らしいんだ……」

「マジか!?」


 そのお相手というのは、なんとマルコが務めるお屋敷の奥様らしいのだ。

マルコは真面目そうだから意外だった。

いや、真面目だからこそ不遇な既婚女性に肩入れしてしまったのかもしれない。


「ま、まあ、男女の関係とは限らないから……」

「キスくらいしているんじゃないかな?」

「まさか」

「そうでなかったら、その人のために命を懸けられる? マルコには昼の仕事があるじゃない? だから、あいつは夜のダンジョンに入ろうとしているんだよ」


 それはヤバい。

夜のダンジョンはモンスターの力がかなり増すのだ。

伝説の釘バットを持っていても危険である。


「私とミラも地下一階だけならって条件で付き合うつもり」

「おい、大丈夫なのか! 地下一でも危険だろう?」


 稀に地下四階のモンスターが上がってくるなんて噂もある。


「でもさ、マルコが心配なんだよね。一人で行かせるのも可哀そうだし。それと、ミラのお母さんが病気なのよ」

「なんだって」

「治癒師にかかるためにはかなりのお金がいるみたい。だから、私たちも少し頑張ろうかなって」


 ミラは何も言わないからちっとも知らなかった。

慎み深い性格だから、きっと遠慮していたんだろうな。


「わかった。今夜は俺も店を出す。駄菓子のヤハギ、特別深夜開店だ。休憩所代わりにつかうといいよ」

「ほんとに!? でも大丈夫なの。お店が襲われたら……」

「店は石壁にめり込ませて召喚できるから平気さ」

「でも入り口は?」

「大丈夫、考えがあるから」


 メルルと今夜のことをよく打ち合わせておいた。



 朝の混み合う時間が終わり、冒険者たちは仕事に出かけた。

ヤハギ温泉の広場にはもう誰もいない。


「ユウスケ、奥の掃除は終わったよ」


 座敷の掃除をしてくれていたミシェルが顔を出した。


「ありがとう。売り上げの計算が終わったらそっちに行くよ」

「うん、少し休憩しましょう。ガムがあるわよ」


 いや、今食べなくてもいいだろうに。

モジモジしながら誘われても困ってしまうぞ。

かわいいけど……。


「それは夜に取っておこうよ。って、今夜は出かけるんだった」


 途端にミシェルの目つきがきつくなる。


「どこに行くの? 今夜は一緒にいられるんじゃなかったの!?」


 研究の間は離れている時間が長くなるので、休みの日は俺にべったりなのだ。

最近は特にその傾向が強くなっている。

そのかわり一緒にいると至れり尽くせりなんだけど、かえってこちらが申し訳ない気持ちにもなっちゃうんだよね。


「今夜は店を出す予定なんだよ」


 俺はミシェルに事情を説明した。


「そういうことなのね。じゃあ、私も一緒にダンジョンに泊まるわ」

「いいのか? ここには薄い布団しかないんだけど……」

「ユウスケと一緒ならどこにいたって幸せだから……」


 頬をそめるミシェルがかわいすぎる。


「ミシェル」

「なに?」

「やっぱり香水ガムを一枚もらってもいいか? 夜はいつマルコたちが帰ってくるかわからないだろう?」

「うん……」


 店の奥で二人してガムを噛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る