第65話 伝説の釘バット


 その朝、いちばんに店へ飛び込んできたのはガルムたちと行動を共にしたリガールだった。


「おはようございます、ヤハギさん!」

「おはよう、リガール。ついに正式なチームメンバーになれたんだな」

「おかげさまで今日から研修が始まります」


 リガールの攻撃魔法はめきめきと上達している。

かつてからの約束通り、ガルムのチームに正式加入が決まったようだ。

これでもういっぱしの冒険者だな。

ほんの少し前まで、べそをかきながらポーターをしていたのが嘘のように感じる。

成長期の少年というのはあっという間に大きくなって、驚かされる。


「というわけで、これからは地図作りのお手伝いは……」

「そんなのは気にしないでいいよ」


 リガールが抜けるのは痛いけど、地図作りは期間限定の仕事だ。

それに比べてチームは長期的に活動する。

今は新メンバーとして、新しいチームに慣れなければならないのだ。

幸いメルルとミラは協力を続けてくれるので、俺はリガールの離脱を心から祝福した。


 研修を受ける新人はリガールを入れて三人いた。

ガルムはチームを大きくして、地下三階に活動拠点を移すようだ。

コイツだってつい最近まではベテラン冒険者に引っ付いて狩りをしていたというのに、成長著しいものだ。

ルーキーたちはこうやってベテラン冒険者になっていくのだろう。


「よお、ガルム。だいぶ大所帯になってきたな」

「俺たちはここからさ。でっかく稼いで、都に名をとどろかせてやるんだ」


 ガルムは鼻息も荒く新人たちに向き直る。


「よーし、今日は俺のおごりだ。ひよっこどもは300リムまで好きに買っていいぞ」


 ガルムの言葉に新人たちは歓声を上げた。

こうしてみるとまだまだ子どもらしさも残っている。


 リガールたちは考え考え、店の商品をカゴに入れていく。

おやつは300リムまでか……。

小学校の遠足を思い出すぜ。

俺も近所の駄菓子屋でこんな風にこまごまと買い物をしたものだ。

どれどれ、リガールは何を選んでいるんだ?


イカ串 30リム

10リムガム×7 70リム

モンスターカードチップス 100リム

ステッキチョコレート 30リム

ロケット弾くじ 50リム

モロッコグルト 20リム


 なるほど、なるほど。

イカ串で感応力を上げるのは基本だな。

迷宮ではいつモンスターに奇襲されるかはわからない。

そして魔法使いであるリガールは魔力を回復してくれる10リムガムを多めに買い、ここぞの一発にステッキチョコレートを用意している。

これもセオリー通りだ。


 モンスターチップスは高価ながらレアカードへの期待がある。

チップスは友だちとの交換にも使えると考えてのことだろう。

魔力が尽きたときの備えとしてロケット弾のくじを引くというのもいい選択だ。

ケガをしたとき用にモロッコグルトも忘れないとは……中々にできるではないか!


「そうそう、魔法使いのリガールには関係ないかもしれないけど、こんな新商品が出たんだぜ」


 商品名:チョコレートバット

 説明 :パン生地にチョコレートをコーティングしたお菓子で、

     形状がバットに似ている。食べると体力が少し回復する。

     当りくじ付きで、パッケージ裏に「ホームラン」の記載があると、

     伝説の釘バットという武器が貰える。

     秋から春までの季節限定商品

 値段 :30リム


 リガールは珍しそうにチョコレートバットを手に取った。


「商品が貰える当たりクジは珍しいですよね。伝説の釘バットってどんなものですか?」

「ふふふ、見て驚いてくれ。これが伝説の釘バットだぁっ!」


 俺は台の下に隠しておいた釘バットを取り出した。

それは天上の光を浴びてキラキラと銀色に輝いている。

釘バットと言っても、木製バットに釘が打ってあるわけじゃないぞ。

あんなものを実戦で使えば、すぐに壊れてしまうだろう。


 これは金属バットに釘が刺さったような造形をしている。

高校野球で使うような、中が空洞のバットではない。

全部が削り出しでずっしりと重たい武器なのだ。


「なんとこれは固定ダメージ300というマジックアイテムだぞ」

「どういうことですか?」

「誰が使っても一定のダメージを与えられるんだよ」


 まあ、攻撃が当たればの話である。

ゆえに近接戦闘が得意な人が持つべき武器なのだろう。


「ちょっと待て! 固定ダメージが300って言うのは本当かよ!?」


 釘バットのスペックに反応したのは戦士のガルムだった。


「そういう商品説明だぜ」

「それはつまり、オニヤシガニを一撃で粉砕できるってことじゃねーか! 五本くれ!」

「こっちには十本よ」


 いつの間にかやってきたメルルが大銅貨三枚をこちらに渡してくる。

以前より稼げるようになったおかげか、最近は少し金遣いが荒い。


「やめとけ、メルル。そう簡単には当たらないぞ」

「止めないで、ユウスケさん。私は駄菓子を買っているんじゃないの。夢を買っているの」

「違う、これは夢じゃない。駄菓子だ! 目を覚ませ、メルル」


 ギャンブルに溺れる人の発想だぞ、メルル。


「メルル、三本くらいにしておこうよ。私が買って、もし当たったらメルルにバットをあげるから」


 ミラはのほほんと一袋だけ買った。


「あれ、何か書いてあるよ?」


 まさか、強運のミラがいきなり伝説の釘バットを引き当てたか!? 

周囲が固唾を飲んで見守る中、ミラは嬉しそうにパッケージの裏に書かれた文字を見せてきた。


「ヒットって書いてあります」

「ヒットならチョコレートバット一本と交換だ」


 あー、びっくりした。ミラは運がいいから焦ったよ。


 ちょっとした騒ぎになったけど、その日に伝説の釘バットを当てる冒険者は一人もいなかった。

そう簡単には当たらない物なのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る