第57話 その気にさせて


 駄菓子のヤハギでは新商品が大ブレイクしていた。


 商品名:カルパサ

 説明 :個別包装された小さなドライソーセージ。食べるとスタミナが小回復する。

 値段 :10リム


 もともとこの世界では肉が貴重なのだ。

庶民が口にできるのは週に二度か三度くらいの高級品である。

それが10リムで買えるとあって人気が爆発したようだ。

ルーキーだけでなくベテランたちも店まで来て買っていく。

あまりの人気ぶりに一人三個までという個数制限を設けたくらいだった。


「おはよう、ユウスケさん。カルパサある?」

「私にも三個くださいな」


 早朝にやってきたメルルとミラもすっかり魅了されているようだ。


「おはよう。ずいぶんと早いんだな」


 商品を手渡しながら朝の会話を楽しむ。


「今日は少し遠出をしようと思っているのです。そろそろ金蛙ゴールデンフロッグが出てくる頃ですから」

「金蛙?」


 初耳のモンスターだ。


「毎年、秋になると発生するモンスターよ。倒せば銀貨を一枚ドロップするんだけど、100分の1の確率で金貨を落とすこともあるの。今年こそ絶対金貨を手に入れるんだ!」

「へぇ、頑張れよ……」


 と言ってはみたものの、心の中では無理じゃないかなと俺は思ってしまう。

だってメルルのくじ運の悪さは、この界隈では有名なのだ。


 駄菓子のヤハギには様々な当たり付き商品があるけど、メルルはほとんど引き当てたことがない。

しかも引き当てると必ず悪いことが起きてしまうという恐ろしい伝説すら持っている。


「うふふ、のんびりいきましょうね」


 相棒のミラは意気込むメルルを見てにっこりとほほ笑んだ。

そういえばミラはやたらとくじ運がいい。

二人が一緒に行動するのならちょうど普通くらいになるのかもしれない。


「ユウスケさん、地図の方は順調?」


 メルルがさっそくカルパサを取り出して口に入れている。

朝ご飯代わりのようだ。


「おう、二週間かけて地下一階は完成したぞ」


 俺は書き上げた地図をメルルに渡した。

特注した大判の紙で広げた新聞紙くらいの大きさがある。

最終的には版木で刷って配るつもりだが、そのときは縮小して使うつもりだ。


「あら、よくできているじゃない。ダンジョンの構造だけじゃなくて、どんな魔物がいるかとか、注意事項の案内まであるんだ」

「みんなの役に立つものにしたいからな」

「ユウスケさんのそういうところがステキだと思います」


 天然気味のミラは真っ直ぐに瞳を見つめて褒めてくれるから、俺も照れてしまう。


「そうか? まあこれくらいならたいしたことないぞ。所詮は地下一階と二階だけだし」

「そんなことはありませんよ。本当にミシェルさんが羨ましいです」

「えっ……」


 なんだよ、突然。


「だよねー。稼ぎもあるし、優しいし、私も早くに口説くんだったなあ」


 おいおい、メルルまでなにか言い出したぞ。

唐突過ぎるモテ期到来か?


「ユウスケさんが彼氏ならカルパサが食べ放題だったのに」

「それか!?」


 メルルとミラがどこまで本気で言っているのかはわからないけど、褒められれば悪い気はしない。


「もう一本カルパサを食べるか?」


 そう言うと、メルルもミラもぐっと顔を近づけてきた。


「ユウスケさん……」

「な、なんだよ?」

「チョロ過ぎです」

「うんうん」


 矢作祐介、二十五歳。

ちょっと舐められがちな駄菓子屋です。


「それにしてもよくできた地図だね。ついでに地下三階のも作ってよ。そうすれば私たちの仕事も楽になるってもんだわ」

「無理無理。そんなことをしたら死んじまうよ」


 俺の実力ではきつすぎる。


「そうですか? ユウスケさんならやれると思うのですが……」


 メルルもミラも過大評価し過ぎなのだ。

でもまあ、喜んでもらえるのなら挑戦してみようかな……。

やっぱり俺ってチョロ過ぎる? 

不安を抱えながらも、ついその気になってしまう俺だった。


       ◇


 夕方前頃になってミシェルが帰ってきた。

今回の実験は五日にも及んだので、だいぶ疲れている様子である。


「おかえり。どうだった?」

「うん。エネルギー備蓄量が14パーセントもアップしたの。この調子なら冬までには一定の成果が出せそう」

「そうか。じゃあ今晩はお祝いだな。俺が料理を作るよ」

「そんな、ユウスケだって疲れているのに悪いわ」

「気にするなって」


 と言っても、いつもの如く作れるのは簡単な料理ばかりだ。

今日は野菜のたくさん入ったオムレツでも作ってみるとしよう。


「ねえユウスケ、食事が終わったら久しぶりにあれをしましょう。ユウスケが満足するまで付き合ってあげるからね」


 店で商品を物色していたルーキーたちがギョッとした顔で俺たちを見つめてきた。

ミシェルも言い方が悪い。

これではエッチなことを想像させてもおかしくない。


「勘違いするなよ。モバイルフォースの練習試合のことだからな」

「あ、そういうこと……」

「なーんだ……」


 俺たちはまだ最後の一線を越えてはいないのだ。


 魔法の基礎練習になるということで、ミシェルがいるときはしょっちゅうモバフォーを動かして遊んでいる。

単に戦闘するだけではなく、最近ではダンスなんかも楽しんでいる。

グフフとキャンのワルツは中々の見ものだぞ。


 俺にも新しい魔法が発現するかと期待しているのだけど、今のところその兆候は見られない。

ミシェルは気長に続ければ必ずいつかは使えるようになると言っている。

恋人の言うことを信じて、日々練習に励む毎日だった。


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