第26話 水鉄砲は早すぎる


 俺の店に新しく出現したのは四面が板ガラスで囲まれた冷蔵庫だった。

中の商品が見えるようにこうした作りになっている。


「この箱はなんなのだ? 中に色とりどりの瓶が入っているようだが」

「これは冷蔵庫といって、庫内に入れたものを冷やしておく道具さ。やったぜ、飲み物が二種類入っているじゃないか!」


 商品名:ラムネ

 説明 :清涼飲料水 柑橘系の香料が使われた炭酸飲料 飲むと魔力循環が整う

 値段 :100リム


 ラムネはもともとレモネードが訛ってラムネになったらしい。

レモネード → レモネ→ ラムネ ってことだな。

俺は昔からこれが大好きだ。

子どもの頃は、飲み終わると必ず蓋を開けてビー玉を取り出したものだ。


「ユウスケ、そっちのカラフルなのは薬品か何かか?」

「これはニッキーだよ。シナモンが入った甘い飲み物さ。舌やのどがピリピリするけどうまいんだぜ」

「三種類あるようだが何か違うのか?」

「いや、色が違うだけだ」


 友だちと着色料に染まったベロの色を見せあった記憶が鮮やかによみがえった。


商品名:ニッキー

 説明 :シナモンエキスの入った清涼飲料 飲むと解熱効果がある

 値段 :100リム


 商品に冷たい飲み物が加わったのはいいことだ。

やっぱりこれがないと駄菓子屋という感じがしない。

あとは冷やし飴やみかん水なんかが加わると完璧なんだけどな。


「魔力循環が整う飲み物とは面白そうだ。ラムネとやらを一つ貰おう」

「どうせなら風呂上りに飲まないか? その方が美味しく飲めるぜ」


 火照った体にラムネが染み込むに違いない。


「なるほど、それはいい考えだ」


 俺とミネルバは大陸制覇ゲームをしたり、ゲームの景品であるダーツボールなどをしたりしてメルルとミラが出てくるのを待った。


「ふぅーいいお湯だった」

「すっかりくつろいでしまいましたね」


 メルルとミラが出てきた。

ミラとメルルの手にはうちで買った水鉄砲が握られている。


「それ、どうだった?」

「最高でした!」


 珍しくミラが力んで説明してくれた。


「ずっと肩こりに悩まされていたのですが、これのおかげで解消されました。本当に買ってよかったです!」


 水鉄砲のマッサージ効果は本物のようだ。


「それは良かった。じゃあ、俺も使ってみようかな」

「ぜひぜひ、お勧めですよ」


 俺は店にあったオレンジ色の水鉄砲を二丁掴んだ。


「よーし、それじゃあ俺たちも入ろうぜ」


 ミネルバを誘って風呂に向かう。

だが、ミネルバはその場を一歩も動かなかった。


「何してんの?」

「え? なにが?」

「だから~、早く風呂に入ろうってば」

「…………一緒に入るの?」

「おう、そのつもりだけど……」


 いきなりミネルバが震え出した。

口もパクパクさせている。

どうした?


「あ、人に体を見られるのが嫌なのか? それなら気にしないで先に入ってきてくれ」


 男同士でも裸を見られるのはいやな人はいるだろう。

無理に一緒に入る必要はない。

俺もミネルバの裸に興味はない。


「か、か、かまわん。さっさと入ろう……」


 じゃっかん声は震えていたけど、ミネルバはすたすたと風呂場へと入っていった。


「じゃあ、俺たちも入ってくるわ。そこに冷えた飲み物があるから飲んでいいぞ。ラムネとニッキーだ」


 メルルとミラを残して俺も風呂場へと向かった。



 パシャパシャとお湯の音が響き、湯船の表面がゆらゆらと揺れている。

改めて見ても実に気持ちの良さそうなお湯だった。

俺は手早く服を脱いでいく。


「さーて、入るとするか……って、何をまじまじと見てんだよ?」


 ミネルバが俺を見つめながら固まっていた。


「…………」

「おい、あんまり見つめるな。男同士でも恥ずかしいだろうが!」

「す、す、す、すまん! 見慣れぬものを見てしまったので……」


 見慣れぬものだと?


「もしかしてこの国では公衆浴場がないのか? それとも風呂に入るときは下半身をタオルで隠すのがこの国のルール?」


 郷に入っては郷に従えという。

風呂ではスッポンポンが基本の俺だけど、この国のルールを守る気持ちはある。


「いや、公衆浴場はある。タオルで隠す必要もないと思うのだが、これは私個人の問題で……」


 なるほど、そういうところに行き慣れていないのだな。


「わかった。気になるのならタオルを巻くぞ」

「いや、いいのだ! そのままでいてくれ。私も今の内から慣れておいた方がいいと思う……今後のこともあるから……」


 どういうことだ? 

ああ、今後は公衆浴場などにも積極的に行こうと考えているということか。


「だったら、このままで行くぞ」

「うむ。ところでユウスケ」

「どうした?」

「私のことなのだが、やはり事情があって、顔と同じで体もまだ見せられないのだ。今日のところは認識阻害の魔法を使ってもいいだろうか? いずれユウスケには私のすべてを見てもらおうとは思っているのだが……」


 別にミネルバのすべてを見せられてもなあ……。

俺、凹むかもしれないし……。


「好きにしてくれ」

「助かる」


 ミネルバが手をふると頭のてっぺんからつま先まで大きなモザイクがかかったようになってしまった。

これではなんだかわからない。


「うん、わけがわからん物体になってしまったな。体の線さえ出ていないぞ」

「そうか」


 ミネルバを置いて一足先に温泉へと浸かる。

久しぶりの感覚に肌がピリピリするようだ。


「うーん、いいお湯だ。ミネルバも早く来いよ」

「いまいくわ」

「えっ……」

「いまいくぞ、と言ったんだ」

「ああそうか」


 ミネルバが俺の横に入ってきた。

モザイクでよくわからんけど。


「気持ちいいよな」

「うむ……」


 気のせいだろうか、ミネルバはやけにこちらをチラチラ見ている気がする。

まあ、モザイクでよくわかんないんだけどね。


「今度来るときは温泉用の椅子を持ってくるべきだな。桶は持ってきたけど、椅子にまで頭が回らなかったよ」

「石でよければ私が作ってやる」


 ミネルバは土魔法ですぐに椅子を作ってくれた。


「さすがだなあ。どれ、この椅子に座って……」


 俺はお湯から上がり、自分が持ってきた水鉄砲を肩に向けトリガーを引き絞る。

魔力で増幅された水流が絶妙の強さでツボを刺激してくれた。


「おお! これは本当に効くな」


 俺は夢中になってトリガーを引く。

そのたびに肩や腰、ふくらはぎの疲れがスッと抜けていくではないか。


「ミネルバもやってみろよ。すごくいいぜ」

「そうか……」


 ミネルバはおすおずと俺の隣にやってきて座った。

モザイクで詳細は分からないけど、やけに白い肌をしている気がする。

胸筋が発達しているようにも見えた……。


ミネルバは自分の水鉄砲を首筋に充てたようだ。

やっぱりモザイクでよくわからん。


プシャッ!


「はうっ……」

「どうだ?」

「すごくいい……」

「だろだろ! こんなにいいなんて俺も驚きだぜ。そうだ、俺がミネルバの背中を撃ってやるよ」

「え、でも……」

「遠慮するなって! 背中は自分では撃てないだろう。あとで俺のもやってくれよ。じゃあいくぞ」


 俺はミネルバの後ろに回って狙いを定めた。

ところが……。


「だめ……。だめ、だめ、だめええええ!」


 なんで全力拒否? 

しかも少しかわいい感じで……。

相変わらず声はドスがきいているけど。


「どうしたよ?」

「それはまだ早すぎる気がするの……だ」


 水鉄砲でお湯をかけるのに早すぎるとかあるのかな? 

ここは異世界だから俺の知らないルールとかがあってもおかしくはないか。

まあ、本人が嫌がることをあえてやることはあるまい。


「なんだかのぼせちまったな……」

「私もだ……」

「風呂から出てラムネでも飲もうぜ」

「うん」


 俺たちは服を着て、前室へと戻った。


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