第21話 ココアシガーで通じ合う


 昼時を過ぎると客足はぱったりと止まってしまった。

店にはメルルとミラだけがいて、二人は10円ゲームに勤しんでいる。

メルルもミラも20回以上の挑戦だけど、まだ万能薬を手に入れていない。


 俺は店先に椅子を出して、ミネルバが作ってくれたランチボックスを開けた。


「おお……」


 チキンのグリル、なぞのテリーヌ、野菜のピクルス、自家製パン、小さなバナナケーキなどがぎっちりと詰め込まれている。

こちらを見たメルルは少し呆れ顔だ。


「何か言いたいことでもあるのかよ?」


 俺はメルルに問いかける。


「愛妻弁当だなあって思っただけ」

「愛妻って、名前は女みたいだけどミネルバは男だぞ。ただの友だちだ」

「そう? 私にはそう見えないけど……」


 今日のメルルは奥歯に何か挟まったようなものの言いようをする。


「じゃあ、メルルにはどう見えるんだよ?」

「ただの友だちではないでしょう」

「私もそう思うな」

「あ、ミラも同じ意見?」

「うん、親友だと思う」

「そうじゃないでしょっ!」


 メルルは苛立たし気に肩をそびやかした。


「そうじゃなくてさっ、ミネルバさんって絶対ユウスケさんのことが好きだって!」

「……いや、それはどうだろう?」

「そうだって! ユウスケさんだって本当は気が付いているんでしょう?」


 確かに、チラッとそんな気はしたこともある。

ただ確信は持てずにいたのだ。


「そうじゃなきゃ、そんな立派なお弁当を作ってくれるわけないじゃない」


 急にランチボックスが重たくなった気がした。

愛が重たい……。


「そうなのかな?」

「見てればわかるわよ。私やミラがユウスケさんと少しでも仲良くしていると不機嫌になるんだよ」


 たしかにメスガキ扱いしてたこともある……。


「どうするのよ?」

「どうするって?」

「ミネルバさんのことに決まっているでしょう」


 別に男が男を好きになってもいいと俺は思う。

だけど、俺が男を恋人として見られるかと言えば、それは無理な気がする。

女が相手じゃないと性的に興奮しないのだ。

ゲイの友人に聞いたことがあるのだが、男を想像して自慰ができればゲイの素質があるらしい。

試したことはないが、俺の体は反応しないと思う……。


「でもさ、告白されたわけじゃないんだぜ。じっさいのところミネルバがどう思っているかもわからないだろう? 結論を急ぐのはよくないな」

「私には問題を先送りにしているようにしか見えないけどね」


 メルルの10リム銅貨が穴に落ちてゲームオーバーになった。


「さてと、私たちも行こう。もう少し稼がないと」

「そうね。そろそろ行きますか」


 メルルとミラは仕事に戻った。

俺はぼんやりとミネルバのことを考える。

いい奴だと思う。

なんといっても俺に親切だ。

そういえば女嫌いみたいなところはあったよなあ……。

魔女ミシェルの手配書を見たときだって、あの巨乳にまったく反応していなかった。


 メルルはああいったけど、やっぱり流れに任すしかないと思う。

当人のいないところであれこれと気を揉んでも時間の無駄だ。

迷宮最深部に行くので三日は戻らないとミネルバも言っていた。

このことは先送りにしてしまおう。


 がやがやと声がして冒険者たちの一団が戻ってきた。

店の常連であるガルムたちだ。


「ユウスケさん、モロッコグルトを四つくれ」

「はいよ、80リム。ケガをしたのか?」

「ああ、たいしたことないけどな、こいつがヘマをしやがって」


 ガルムは仲間の少年の頭を軽く小突いた。


「しょうがないだろう、くしゃみをしたくなっちゃったんだから」

「はぐれメタンを狩っていたんだぞ。すぐ逃げるから物音は禁止なのに」


 はぐれメタンはガス状モンスターで、楽に倒せるのにかなりの金を落とすらしい。


「でもさ、静かにしなきゃいけないから、命令も言えないのはきついよな」

「ああ、武器を持っているからハンドサインも出しにくい」

「だったらこれを買えよ」


 俺は店の商品の一つを勧めた。


商品名:ココアシガー 

説明 :タバコの形をした砂糖菓子 口に咥えた状態で念じると、半径10メートル以内にいる人と意思疎通ができる。ただし両者がココアシガーを咥えていなければならない。

 値段:30リム(6本入り)


 俺が子どもの頃は、友だちとこれを咥えてタバコを吸うふりをしたものだ。

大人の真似をするのが楽しかったのだろう。

この世界のココアシガーは音の出ないトランシーバーにもなるようだ。

フレーバーの種類も豊富で、ココアの他にオレンジやブルーベリー、コーラもある。


「一つ買って試してみようぜ」


 ガイルたちは仲間とココアシガーを咥えて意思疎通の実験を始めた。


「すげえ、本当に頭の中で声が響くぞ!」

「誰だよ、チンコって言ったのは?」

「ぶははははっ、笑わせんなって!」

「うんこも禁止だからな!」

「ぐははははっ、バカかお前は!」


 日本でも異世界でも、男の子にはバカが多いようだ……。


 でも、真面目に使えばダンジョン攻略には欠かせないアイテムになるのではなかろうか?

30リムならどんなルーキーチームでも気軽に手が出せるはずだ。

もっと、大々的に売り出すとしよう。


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