第10話 あんず棒と粉末ジュース(オレンジ味)


 店に来たメルルに朝から心配された。


「なんだか顔色が悪いけど大丈夫?」

「宿泊中の宿屋なんだけど、隣の部屋に死神って呼ばれてる奴がいてさ、怖くてよく眠れなかったんだよ」

「その人なら知ってる! 銀の仮面を被った人だよね」

「そう、それ!」


 あいつはけっこうな有名人のようだ。


「あの人、サーベルの達人だよ。前に直径が2メートルもある大蛇をぶつ切りにしてるのを見たんだ」

「それだけじゃないですよ。私は第二位階の魔法を使うところを目撃しました。あんなすごい魔法は初めてでしたよ」


 ミラも知っているのか。


「冒険者を何人も殺しているって噂は本当かい?」

「さあ。でも、絡んできた冒険者をボコボコにしているのは見たことあるよ」

「私もです。10人を一瞬で倒すのを見ました」


 やっぱり怖いやつには変わりないんだな。


「あ、新商品だ! モンスターカード付き? 面白そうじゃない」

「私にも一つください」


 二人とも新発売のモンスターチップスを買ってくれた。


「中に小袋があるだろう。そこにカードが入っているよ。なんとそのカードのモンスターを召喚して3分だけ使役できるんだ」

「うわあ、Rカードのストーンゴーレムが出てきました。攻守ともに使えるいいカードです!」

「よかったな、ミラ。メルルは?」

「スライム……」


 さすがはメルル、引きの悪さは天下一だ。


「そうだ、ミラ。ちょっとだけアルバイトをしないか?」

「アルバイトって何ですか?」

「いやね、他にも新商品があるんだけど、ミラの魔法で凍らせてほしいんだ」


 俺が取り出したのはこれだ。


 商品名:あんず棒

 説明 :シロップに漬けた刻みアンズがスティック状の袋に入っている。食べると勇気が湧いてくる

 値段:30リム


 あんず棒はそのまま食べても美味しいのだが、凍らせて食べるとシャーベットみたいで楽しいのだ。

でも、ミラは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい。私、氷冷魔法は使えなくて」

「そっかあ、じゃあ仕方がないね」

「魔法なら私がかけてやろうか?」


 そのしゃがれ声に聞き覚えがあった。


「しっ……」


 死神という言葉を俺はかろうじて飲み込む。


「いらっしゃい」

「うん。魔法はどうする?」


 銀の仮面が真っ直ぐに俺を見据えている。

機嫌を損ねると怖いから素直にお願いするとしよう。


「お願いしたいのですが、お礼はどうしましょう。金はあんまりないですが……」


 さっき市場で着替えを買ってしまったのだ、手元には2500リムしかない。


「別にいらん」


 死神の手から冷気がほとばしり、あんず棒はまたたく間に凍り付いた。

ただで魔法をかけてくれるなんて、死神は案外いい奴なのかもしれない。


「じゃあ、お礼に凍ったあんず棒をどうぞ。シャーベットみたいで美味しいですよ」

「うん……」


 死神はマスクの隙間からあんず棒を差し入れる。


「シャリ…………………………」


 黙ってしまったぞ。

ヤバい、気に入らなかったのか?


「10本売ってくれ」


 どうやら気に入ったようだ。

俺は胸をなでおろし、300リムであんず棒を10本売った。


 それで帰るのかと思ったけど、死神は店の前に座り込んで駄菓子を物色し始める。

なんとなくだが楽しんでいるようにも見えた。

すそのながい黒マントが地面にべったりついてもお構いなしで菓子を眺めている。

おかげで他のお客さんが寄り付かなくて困ったけど、文句をつけるわけにもいかない。


「それじゃあ私たちはこれで」

「じゃあねー」


 ミラとメルルも逃げるように去っていった。

他の常連もそそくさとダンジョンへ行ってしまう。

死神がいる限り、今朝はもう客は来ないだろう。

ベテランらしい冒険者でさえも死神の姿を認めると道を大きく迂回うかいしていくくらいだった。


       ◇


 せっかく凍らせてもらったあんず棒だったけど、夕方にはとけてしまった。

レベルが上がれば冷蔵庫や冷凍庫などが手に入るのだろうか? 

そういえば昔の駄菓子屋には四面がガラス張りの冷蔵庫が置いてあった。

駄菓子屋として新しい生を受けたからには、あれに飲み物を並べてみたいものだ。


「チーッス! ロケット弾のくじを引かせて」


 常連客の一人がやってきた。

ダンジョンから人が出てくる時間だけど、いつもよりまばらな気がする。


「なんか今日は人が少ないね」

「ああ、下の方で久しぶりに魔女の目撃があったんだって。高ランクのやつらは追跡しているんじゃないかな? おっ、3等だ」

「おめでとう。はい、小型ロケット弾3個ね」

「ロケット弾が3個ならジュースと魔笛ラムネも貰おうかな。粉末ジュースは残ってる?」

「パイナップル以外なら」

「じゃあ、いちごとメロン!」


 最近はロケット弾、魔笛ラムネ、ジュースのセットが人気だ。

消費魔力軽減(15分)や、取得経験値1・2倍(10分)を飲んだ後に魔笛ラムネでモンスターを呼び寄せ、ロケット弾で殲滅するというのが若者たちの必勝パターンになっているらしい。


 このセットでだいたい120リムになる。

また、100リムのモンスターチップスにも手ごたえを感じている。

他の商品に比べて値段は高いが、モンスターカードは実用性もあり、コレクター魂をくすぐるのだろう。


 どの商品も単価は知れているけど元値はただなのでそれなりに儲かっている。

この分なら今週中にもボッタクーロを卒業できそうだ。

そうなれば、もう少し安全な宿屋に移ってもいいし、アパートを借りることだってできるだろう。

俺は頭の中で皮算用を巡らせてうっとりと考える。


 余裕ができたらまともな生活だってしたいし、できれば恋人だって……。

連れ込むんだったらやっぱりアパートかなあ……、でへへ。


「おい」


 やっぱり好みのど真ん中は糸目騎士だ。

こればっかりは転移しても変わらない。

というより前世で糸目騎士はコスプレしかいなかったけど、こちらの世界なら探せばどこかにいるはずなのだ。


「おい」


 あっさりとした性格なんだけど、ベッドの上では案外激しかったりして……。


「おい!」

「うわあ!?」


 気が付くと正面にしゃがんだ死神がこちらを見あげていた。


「い、いらっしゃい、死神さん」


 しまった! ついうっかり口を滑らせた……。


「誰が死神だ。私の名前はミ」

「ミ?」

「ミネルバだ……」


 殺されるかと思ったけどそんなことはなく、死神は商品を手に取る。


「これをくれ」


 ミネルバが差し出してきたのは粉末ジュースのオレンジ味だ。

これは解毒作用が期待できるジュースである。

そういえばミネルバの服は汚れだらけで、切り傷も目立っていた。


「オレンジ味を買うって……毒を受けた?」

「たいしたことはない……」


 そうはいっても見えている首筋は真っ青だ。

とてもたいしたことないとは思えない。


 俺はコップにジュースをとかしてミネルバに出してやった。

チョコどらを分け合って食べたからだろうか? 

ほっておけない気持ちになったのだ。


「さあ、これを飲んで」

「…………」


 ミネルバは味わうようにゆっくりと飲んでいる。

二袋入れて少し濃いめに作っておいた。


「どう、解毒はできたっぽい?」

「うん……」


 あれ、今少し高い声になっていた?


「だ、大丈夫だ。ゲホゲホッ……」


 やっぱりいつものしゃがれ声。


「また来る」


 ミネルバは金を払い、人ごみの中に消えた。

奴の姿が完全に見えなくなってから俺は思い至る。

…………ちょっと待てよ、ミネルバって女の人の名前じゃないのか? 

この世界では違うのだろうか。

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