テオドールの選択肢③


 次の日、神殿に向かおうとすると、レオンハルトとアルフレートもついてきた。

「お前らも行くのか」

「最後まで見届けたいからな!」

「……俺は、儀式に興味がある。」

 こいつらは本当にいつも通りだな。だが万一何か起こったときは、居てもらえるほうが心強いのは確かだ。

「お待ちしておりました」

 神殿に着くと、ニコラウス神官が俺たちを出迎えた。神官殿のあとについて奥へと進み、やがて大きな魔法陣の彫られた部屋へたどり着いた。

「『神の御使い』召喚のと、少し違う。こんなところがあったんだ。」

「ええ。最深部にあたり、この場所にこの媒介も納められていたのです」

 神官殿は、小さな箱から取り出した深紅の石を俺に手渡した。きらきらと光を放つような宝玉は手の中に握り込める大きさだ。

「その昔光の神を顕現させたときは、血の契約で縛ったそうです」

「なんだか、あまり好ましくない響きですね……」

 バルトの言葉に、皆が同意の表情だ。だが、可能性があるなら試したい。そのために来たのだから。

「アルフレート、『神の御使い』の召喚はどうやったんだ?」

「媒介の装身具と魔法陣に召喚者の血を垂らして魔力を通す。血は体液の中でも一番に魔力が伝わりやすいから。」

「血で縛る……どちらも似たようなものだな」


 左の手のひらを浅く斬りつけて、深紅の宝玉を握る。そのまま魔法陣の方にも手を付け魔力を通してみると……魔法陣が血を吸い込んだように見えた。

 ──体の中の魔力が大量に失われた感覚。魔法陣が眩しいほどの強い光を放ちだし、思わず腕で顔を覆った。光が収束していき、中央がだんだんと人の形をとりはじめる。淡く光り透けたその姿は、それが人間では無いことを示している。闇の神と対峙したときのような威圧に息苦しさを感じた。

“──あのときのものがまだ残っていたのですね”

 光の神は、ほんの少しだけ眉根を寄せた。その視線の先にあった深紅の宝玉は色を失い、さらさらと砂のようになって崩れ落ちた。

“──この儀式は、かつて闇のものが行ったもの。もう結実することはないでしょう”

 誰とはなしに、崩れ落ちた宝玉の成れの果てを見る。斬りつけた手のひらだけでなく、背中を嫌な汗が流れていく。

“──さて。血の契約の名のもとに、私を喚び出したのは何故でしょう”

 光の神は俺たちの方に目を向ける。それだけで大きな力に体を押さえ付けられているような心地になる。喉がカラカラに乾いている気がして、一度大きく息をついてから唾液を飲みこんだ。

「ユウキのいる異世界に行きたい。その方法を、教えて欲しい」

“──そのためだけに?”

「ああ」

 意を決してそう口に出すと、光の神は首を傾げるような仕草を見せた。

“──確かに、二心はないようですね”

 真意を測りかねるようにじっとこちらを見ていた光の神がそう呟くと、 金縛りのようになっていた体が少し軽くなった。周りも同じだったようで、皆小さく息をついている。

“──異世界へ行きたいと、あなたがそれを望むなら、助力しましょう”

「……叶えてくれるのか?」

“──血の契約はすでに結ばれています。あの異世界のものの祈りも受け取ってしまったので、それに免じて”

 祈りとは、ユウキが幸せになれと願ってくれたことだろうか。わからないが、またユウキに助けられたのかもしれない。

 光の神が手をかざすと、生まれた光が大きな扉の形をとる。

「この扉が、ユウキのいる異世界へ続いている……?」

“──それはあなたと、あのものの望み次第です。同じように心から望むとき、その扉は開くでしょう”

 俺の望み。ユウキの世界へ行って、あいつに会いたい。

 ただそれだけではだめだ。住む世界が違うからと、ユウキは口にしていたから。あちらの世界に行くだけじゃなく、どうしたらその望みを叶えられるか。


 例えば、


 この扉がこちらとあちらを繋ぐものになるなら、いつでも一緒にいられるだろうか。


 同じ世界に生まれていれば、何のしがらみも無くあいつを迎えにいけるだろうか。


 それとも──


 たとえユウキの幸せの中に、俺が必要ないのだとしても、それでいい。あいつが俺の幸せを願ってくれたように、俺もあいつの幸せを願いたい。

 覚悟を決めて、光の扉に手をかけた。 

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