3 温泉!
このアインヴェルトにも湯治という概念があるようで、温泉までの道は整えられていた。村の人に案内され着いた小屋は脱衣所で、入り口から外の温泉まで男女で壁を隔てて完全に分かれている様子だ。こういう異世界にありがちな混浴とかでなく少しほっとした。温泉に浸かるには浴衣のような肌着を着るみたいだけど、やっぱり一緒っていうのはなんとなく気まずいし。というか正直私がガン見しないようにできるかわからない。
入り口で二人と別れて中に入ると、貸してもらった肌着に着替えわくわくと湯舟に向かう。大きな石を並べた露天風呂で、もくもくと湯気がたっていた。結構な人数が入れそうだ。
周囲にはぐるっと大きな丸太の囲いがあって、外からも見えづらいように配慮されている。近くに川が流れているのか、せせらぎも聞こえてくる。
いそいそとお湯につかって、ぐっと手足を伸ばした。
「はあ………温泉最高………」
やっぱり大きなお風呂はいいな。独り占めできるとは、なんて贅沢なんだ。じんわりと体が暖まって疲れがお湯に溶けていくみたい。
ふと、囲いと一体化して壁になっている男湯側をちらりと見る。どうやら下は一部開いていて、大きな温泉を壁で二つに分けている造りになっているらしい。なるほどね。
そういえば、ゲームでも温泉に入るイベントがあって、男湯を覗くような構図のスチルだったんだよね。もちろんヒロインちゃんが覗く訳はないので、交わされる会話もスチルもプレイヤー向けのものだ。
男性陣の意外な仲の良さにほっこりしたり、髪を上にあげてまとめてるアルフレートが可愛かったし、テオドールはほどいて前髪もおろしているので色気倍増って感じだったし……皆……上半身は……見えてたんだよな…………
いやいやいや、これ以上考えるのはよそう。。今ここで魔力が飛び出して、前みたいに感情が伝播したらまずい。お風呂の中で連想として半裸妄想とか、流れとしては自然でも、本人に伝わるのはまずいでしょ。。
あまり意味はないけれど、なんとなく気まずくて男湯との仕切りから離れるように移動する。別のことを考えよう……別のこと……
確かバルトルトの好感度が高いと、そのイベント後彼の心のうちを少し知ることができるんだよね。
ゲームのバルトルトはこの世界と同じく性格も真面目でしっかりしているけれど、自分より何でも器用にこなし人を惹きつける魅力を持つテオドールをとてもとても尊敬している。いや、あれはもはや崇拝の域だと思うけれど、要するに兄のことが大好きで、同時に大きな劣等感も抱いている。
テオドールも人間だから何でもかんでも出来るわけではないだろうし、実際バルトルトの方が魔法適性はあるし、他にもテオドールより得意なことはある。でも、彼の中で兄はいつだって偉大で尊敬すべき相手であるせいで、どうしても比較してしまう。その思いが強いからこそ、個別ルートに入らない限り、その劣等感をテオドール本人にも気取らせないように隠している。すごく健気なんだよね。対するテオドールは唯我独尊なのでそんなこと気にしないタイプだけどね。
この世界のバルトルトとテオドールも仲はとても良さそうで、そんな複雑な思いは全く見えない。まあ、私が深入りすることではないな。
しっかりお湯につかって体は少し疲れたけど、気力は満タンだ。やっぱり温泉最高。欲を言えばあと何回か入りたい。脱衣所の小屋から出ると、バルトルトが待っていた。
「ユウキさん、行きましょうか」
「あれ、テオドールはいいの?」
「交代で入っていたんです」
湯冷めするといけないですから、と言うバルトルトに促され、村の方へ歩き出す。
「二人で一緒に入ったのかと思ってた」
「私たちはユウキさんの護衛ですから」
曰く、何かあったときもすぐに動けるように、どちらかは離れないように手が空いているようにしているらしい。なので今も交代で入っていたと。
確かに思い返すと、寝ているときも相変わらず交代で寝ずの番もしてもらっているし、なるほど完全に一人だったことはほぼない。でも、以前は人数も居たので担当時間も短かったはずだ。
「もしかして二人とも、あまり休めてないんじゃ……?」
「元よりこちらの世界のことに巻き込んでいるんです。私たちが無理やり同行させてもらっているようなものですし、貴女は気にしないで良いんですよ」
二人が願いを叶えてもらうためについてきてくれているというのはもちろん承知の上だし、私自身も皆の願いを叶えて助けたいという自分本意な目的で動いているだけだから、そこまでしてもらうのは申し訳ない気持ちになる。でも、バルトルトの有無を言わせぬような微笑みに、それ以上の言及はやめておいた。
「ユウキさんは……その、失礼な言い方かもしれないですが、豪胆ですよね。
別の世界にいきなり連れてこられて、それなのに物怖じせず役目を果たしてくださって……すごいと思います」
「そ、そうかな? 助けてもらった恩も返したいし、穢れを祓わないと帰れないっていうのもあるし……」
しみじみと褒めてくれるバルトルトに、内心かなり動揺する。心のどこかでここは『ユメヒカ』の世界だと思っているせいか、大きな不安は多くない、と思う。もし全く知らない世界だったらこうはいかなかっただろう。
この先ゲームイベントに沿うような出来事が起こったりするんだろうか? 瑠果ちゃんは私と出会うまでは物語通りだったと言っていた。けれどそれ以降は旅路も違っているせいか、完全に違うものになっている。
こういうお話によくあったような物語の強制力が存在するかもわからないけれど、私が『ユメヒカ』という物語を知っていることは、登場人物にはなるべく知られないようにしておいた方が無難だろう。瑠果ちゃんの時のように思いきり動揺して態度に出るだろうから、もしずばり聞かれたりしたら隠しきれる気がしない。
村では、死人が出なかったのは私たちのおかげだとたくさんお礼を言われた。死人という言葉の重さが胸のうちに影を落とす。間に合って本当に良かった。あと少し遅かったらのもしもは考えない方がいいだろう。
出発の時に、お礼にと村の特産品だという布をいくつも渡された。エスニックなデザインで、しっかりした丈夫な布だ。なかにはバンダナのように加工されたものもあった。これは邪魔な髪を留めておくのにちょうど良さそうだ!
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