ゼンマイ仕掛けの友人

いそね

本文

 岸田れいは幼稚園からの友人だ。

 性格は朗らか。勉強はそこそこ。家事が得意で、毎朝くせっ毛を整えるのにだけは難儀している。

 怜と僕は親友、なのだと思う。

 高校生になってもろくに勉強をせず、取り柄と言えば速く走ることだけの僕を、怜はいつも助けてくれた。

 怜の父親が言うには、僕のような友人を一人持つことは、怜の人工知能を育むのに効果的らしい。


 怜は、ロボットなのだ。


 今時分、機械製の友人がいることは珍しくない。

 だいたい人間だって、体の半分を人工生体に取り替えている。

 何かを成し遂げようとする時、道具であれ、技術であれ、肉体であれ、科学を利用しないのは非効率だ。

 例えば医者なら、検温や撮影、拡大視やカルテとの比較が瞳孔内で出来る人工瞳を持っていなければヤブだし、ファッションモデルなら人工筋骨で体格を整え、幼児風の肌を移植してなきゃ野暮だ。

 ちなみに肉体の改造による恩恵を一番早くに受けたのはスポーツ界だったと言われている。

 人工生体が当たり前になったお陰で、オリンピックとパラリンピックの境が消えた。


「もはや肉体の差異による差別は世の中に存在しない」


 というオリンピック協会会長の言葉は喝采を浴びた。そして統一オリンピックが開催された年が、人工生体時代の幕開けとなったのだ。

「人工生体がもたらした平等な世界」を謳った一大イベントは、それまで世界中で湧き上がっていた「機械生命」に対する批判までも一蹴した。


「機械の赤ん坊、機械の友人、機械の恋人が批判されるのは何故か。彼らと、すでに体の半分以上を機械化している私達との間に、どれだけの差異があるだろうか。呆け防止のために脳の三分の一を機械化した人間は人ではないのか。人工心臓で生きる人間は人ではないのか」


 生身で生きる人間は少数だ。

 貧しい国に生きる人か、極端な信仰を持つ人くらいだった。

 だから僕の友人が機械であることは何も珍しい話ではない。子どもに恵まれなかった夫婦が、科学技術によって救われたという、ありふれた幸せだ。

 むしろ、僕のような人間の方が珍しい。

 先進国に住みながら、いたずらに生身の体を維持している。

 当然、成績はいつもビリだし、得意の走りも、生身にしては速いというだけで、陸上大会の予選を突破した試しがない。

 はっきり言って、良いとこ無しだ。

 親も教師も「さっさと人工生体を入れろ」と言う。

 それでも僕が生身で居続けるのは、怜が、そうしてくれと頼むからだった。

 

「どうして人間の体を機械に変えることはできるのに、機械に生身の体を与える研究は進まないのだろう」


 怜がこう言った時、僕は返答ができなかった。

 だって当たり前のことなのだ。

 わざわざ機械に生身の体を与えて何の意味があるのか。ただ不便な生体を作り出すだけだ。


「今の体に不満があるんなら、親に頼んで、機能性を下げてもらったら」

「そういう問題じゃない」


 怜が首を横に振った。しょんぼりと肩を落とした様子が、プログラム通りに美しい。


「私、生きたいのよ」

「生きてるだろ」

「違う。生きたい」

「怜、あまりそういう事を言うと、――」


 僕は声をひそめた。


「狂ったと思われる。脳機能の修理はすっげえ金が掛かるから、止めておけ」


 怜が苦笑した。その顔も可愛かった。

 僕は怜が好きだ。今どき、機械の恋人だって珍しくないんだから。


「私、故障してないよ」

「うん」

「ただ、きみと一緒に生きたら楽しいだろうなって思ったの」

「うん」

「もし将来、機械に生身を移植することが許されたら、きみの体を少しだけ分けてほしい」

「うん、良いよ」

「本当」

「小さい頃からずっと言ってるだろ」

「うん。ありがとう」


 僕は生身の体をこれからも守る。

 機械のために馬鹿げてるって、ひと昔前の人なら咎めるだろう。

 でも、別に良いと思うんだ。

 機械のために生きる人間が、一人くらい居たって世の中困らない。


 それに僕は知らなかった。

 世界中に同じことを言われている人間が山ほどいたってことを。

 そのうち世界の生物の圧倒的多数を占めるようになる機械人間が、生身の肉体の繊細な機能を欲して、人を部品として扱うようになるなんて、知らなかった。


 僕の誓いは怜の耳に録音され、後に肉体提供の証文として扱われることになる。

 後悔したかって。

 しなかったよ。提供した部位はきちんと機械と取り換えられたからね。

 だけど愛しい怜が、どんどん僕そっくりの容姿に変わっていくのだけは、嫌だなって思ってる。

 

【完】

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