怪しい目撃者

 結論から言うと、証拠は見つからなかった。 

 木場は茉奈香と手分けして、地面に膝を突いて草を掻き分けたり、ベンチの下を覗き込んでみたりして30分ほど捜索をしたが、目につくのは煙草の吸殻や破れた菓子パンの袋ばかりで、事件と関係のありそうなものは何も見つからなかった。

「あっれー、おかしいなぁ。あたしの推理だと、ここで真相解明につながる手がかりが見つかるはずなんだけどなぁ……」茉奈香が顎に手を当てて考え込んだ。

「実際の捜査じゃ、犯人が都合よく証拠を残していってくれることなんかまずないよ」木場が額についた泥を払いながら言った。「関係者に何度も聞き込みを重ねて、事実関係を把握して、ようやく容疑者が絞り込めてくるんだ」

 茉奈香はなおも納得いかない顔で頭を捻っている。証拠を見つけるまでは梃でも動かないつもりだろうか。

「おう、あんちゃん。さっきから面白そうなことしてるな。俺も混ぜてくれよ」

 急に背後から声をかけられ、木場は飛び上がりそうになった。慌てて振り返ると、小柄な木場よりもさらに背の低い中年の男が草むらに立っていた。薄汚れたベージュのジャンパーの下に擦り切れたシャツを着込み、首元にはくたびれたタオルを巻きつけている。黒いズボンは膝のところに穴があいており、冬だというのに足元はサンダルで、おまけに片方の帯が切れてしまっている。顔は何週間も洗っていないように黒ずみ、何ヶ月も剃っていないと思われる無精ひげが生えている。どう見てもお近づきになりたいタイプではない。気がつくと木場は後退し始めていた。

「おいおい、待てよあんちゃん。何も逃げなくたっていいだろ。俺は何も怪しいもんじゃねぇよ」

 男が気分を害したように言った。口を開くと、ぷうんと酒の匂いが漂ってくる。いや、見るからに怪し過ぎるだろう。木場は心の中でそう突っ込みながら、一刻も早く茉奈香を連れてこの浮浪者から離れようとした。

 だが、木場が振り返ると、後ろにいたはずの茉奈香の姿がなかった。あれ、と思いながら木場は辺りを見回したが、不意に前方から茉奈香の声が聞こえてきた。

「へー、オジサン、大沼さんって言うんだぁ!」

「そうそう、本名は大沼平三おおぬまへいぞう。ま、今はもう名前で呼ばれることなんかねぇけどな。昔はよく平さんって呼ばれてたよ」

「じゃ、あたしも平さんって呼ぶね! あたしは木場茉奈香。今は名探偵目指して修行中なんだ!」

「名探偵? ほう、そりゃ随分粋なこったなぁ。何か事件でも起こったのかい?」

「そうなの! でも手がかりが少なくって。だから平さんにも助けてほしいんだ!」

「そりゃお安い御用だ。茉奈香ちゃんみたいなめんこい嬢ちゃんのためなら、俺ぁ一肌でも二肌でも脱いでやるよ」

「やだ、めんこいだなんて、平さんったらホントのこと言って!」

 浮浪者の男と親しげに会話する茉奈香を、木場は口をあんぐり開けて見つめた。3秒ほどその体勢でいた後、すぐに我に帰って駆け出す。

「おい、茉奈香!? 何やってんだよ?」

「あ、お兄ちゃん。このオジサン、ここに住んでるホームレスなんだって」

「それは見ればわかるよ。それより、何でわざわざ自分から話しかけてるんだよ?」

「何でって、重要な目撃者かもしれないからに決まってるでしょ!? ただでさえも情報が少ないんだから、調査は貪欲にいかないと」

「いや、そうだけどさ……」

 確かに冬場の公園、しかも夜間となれば、目撃者の数はぐっと少なくなる。この浮浪者の証言が重要というのはわからないでもない。それでも、現役の女子大学生である茉奈香が、異臭を漂わせる浮浪者と平然と会話を交わすとは――。妹のバイタリティーの強さに木場は頭が下がる思いがした。

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