第26話 カントリーロード-26
不承不承引き受けた勉強会であったが、生徒会の呼び掛けもあって予想以上に人が集まった。一年生二人、二年生五人、三年生四人、生徒会委員四人合わせて、十五人になり、生徒会室は狭いくらいだった。一年生は鏡原の友達、二年生は絹代、古木、朝丘とその友達、三年は太田と田口の友達と、身内ばかりであったが、体裁は繕えた。由起子先生は満足そうにその光景を見ていた。
「先生、何かはじめに一言お願いできませんか?」
大河内の言葉に由起子先生は手を振って断った。
「あたしは、ただのお手伝いよ。主催者が挨拶しなさい」
「そんなこと言われても…」と戸惑う大河内の目に鉄子の姿が止まった。
「じゃあ、提案者の上杉鉄子さん、ご挨拶をお願いします」
いきなりの指名に促されて立ち上がると、鉄子はもじもじしたまま話し出せなかった。どうしたんだヨォ、と太田からヤジが飛んでようやく鉄子はきっとした顔で話し出した。
「今日は、集まってくれてありがとう。おら、こんなに集まると思わなかっただ。勉強ばっかりしてるのはいいことだと思わねえども、やらなきゃならないことは楽しく助け合ったほうがいいと思っただ。だから、今日はみんな楽しくやるだ。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた鉄子にやんやの拍手が投げ掛けられた。
ワイワイ言いながら勉強が始まった。由起子先生は三年を集めて勉強を教え、二年と一年は適当に混じり合って、勉強を始めた。主に二年生は教える側だったが、時折三年のグループに入り込んで、由起子先生に質問に行くものも現れた。
「上杉さん、あのテッちゃんって君のいとこだったんだね」
勉強中いきなり大河内に問い掛けられて絹代はどぎまぎしながら答えた。
「うん、こないだこっちに引っ越してきたの」
「僕もつい最近知ったとこだったんだ。今日はわざわざありがとう」
「んん、あたしクラブやってないし、勉強も不安だったから。テッちゃんに誘われて、喜んで来たの」
「でも、変わった子だね、あの子」
「うん。でも、大河内君はまだテッちゃんのことあんまり知らないから、そんなこと言えるのよ。本当はね、もっともっと変わってるの」
「いいの?いとこの子をそんな風に言って」
「いいの。ただね、……テッちゃんのほうがまともじゃないかって思うこともあるの。…きっと、テッちゃんにしてみたら、あたしたちのほうが変わってるんじゃないのかな」
「たぶんそうだね」
微笑む大河内の顔を間近で見て、絹代はどきりとしながらも鉄子に感謝していた。
勉強会の解散の後、絹代は鉄子に家庭科室について行った。そして二人っきりになると、絹代は鉄子に礼を言った。
「ありがとうね、テッちゃん。今日、あたし、嬉しかった」
「どしただ、そんなに改まって」
「今日ね、…久しぶりに大河内君と話ができたの。大河内君、あたしのこと覚えててくれてたし、気さくに話すこともできたし、…あんなに近くで話できたのはじめてだったから、嬉しかった。ありがとうね」
「いやぁ、おら、別にそこまでうまくいくとは思わなかっただ」
「でもね……、テッちゃん」
「なんだ?」
「テッちゃん、おかしいよ」
「どして?」
「テッちゃん、前に言ったよね。お客さんだから居心地が悪いって。特別に気を遣われるから、居づらいって。今のあたしの気分もおんなじ」
「…ん」
「テッちゃん、まだあたしのこと気にしてる。トカゲだとかカエルだとか家に持ち込んだこと、まだ気にしてる。そうでしょ?」
「……、かもしんねえ」
「あたしも、居心地悪い、って言ったら、わかってくれる?」
「…うん」
「あたしね、…テッちゃんのこと好きだよ。はじめは、変わった子っていう好奇心ばっかりだった。変な子だと思って…嫌いにもなった。けどね、…今はテッちゃんのこと好き。あたし、大河内君よりテッちゃんのこと好きだよ」
「おら、女だ」
「そういう意味じゃないの。テッちゃんに、気を遣ってもらうことのほうが、大河内君と話せないよりも辛いの。テッちゃん、ありがとう、もういいの。もう、気を遣わないで。あたし、テッちゃんのこと大好きだから、…これ以上、気を遣わないで」
目に涙を溜めながら訴える絹代に鉄子はぽつりと答えた。
「…ん、悪かっただ…。おら、…やっぱり、あの時のこと申し訳ないと思ってただ。ほんと言うと、これからもきっと迷惑掛けると思ったから、ここに住むことにしただ」
「…やっぱり、気にしてたのね」
「ん。おらにとっての普通はキヌちゃんらの普通と違うだ。だから、また迷惑掛けると思ったから…」
「テッちゃん…、戻ってきていいよ」
絹代の言葉に少し頷きながら鉄子は言った。
「ん、いや、おらここにいるだ。まだまだ、おら常識がないだ。もう少しここで暮らして、常識をわきまえたら、そしたら一緒に住ませてもらうだ。…それでいいか?」
「うん。いつでもいいよ」
明るく笑みを浮かべる絹代に鉄子の表情も明るくなった。
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