第20話 カントリーロード-20

 週明けから校内のあちこちに『あなたもイジメをしていませんか』というフレーズのポスターが掲示された。何種類かのポスターが作られ、各教室にも貼られることになった。本館中央の掲示板には、新聞の切り抜きと一緒に『生徒会からの提言』という文書が貼られた。ただ、進学や成績の話題とは異なり、特に注目する者もいなかった。

 鉄子のクラスでも、ホームルームの議題に取り上げられ、初めに委員長の大島が今回の生徒会の趣旨を説明した後、話し合いが始まった。静かな話し合いだったが、ぽつぽつと意見が出て、お互いが注意しあいましょうという結論でホームルームは終わった。鉄子は黙って聞いていただけだった。

 放課後、教室に残った絹代と鉄子は話をしていた。

「ね、今日のホームルームの話って、こないだのこと気にしてくれたの?」

「ん、そうだ」

「そんなの…。…あたしのために?」

「ん」

鉄子はニコニコと笑顔で応えた。

「そんなの、いいのに。あたしのためだけに、こんなおおごとになって…」

「んだども、これでいいとおら思ってる。おら、生徒会長さんと話したから、よくわかってるだども、『いじめ』って言っても、本当のいじめなんてそんなにないだろってことだ。ただ、何気ない普段の言葉や行為が、相手に不快に思わせることもある。こないだ、キヌちゃんが言ってたことだ。それを見直そうということだ」

「生徒会長さんって、大河内君のこと?」

「そうだ。知ってるのけ?」

「知ってるって、みんな知ってるわよ。学年で成績一番で、サッカー部のエースだもん」

「はぁ~、そんな偉い人だと知らなかった。そういやそういう感じだな。いい人だ、やっぱり秀才っていう感じだ」

「副会長の野上さんだって、テニス部のエースよ」

「その人は知らねえ。あんまり来ないって話だ」

「大河内君と二人で話したの?」

「ん、いや、あと他の人達も一緒に、四人いただ」

「ふーん、そうなの」

「キヌちゃん、会長さんのことよく知ってるみたいだな」

「あたし、去年同じクラスだったから…」

「あぁ、それで」

「ね…、テッちゃんは、大河内君のこと、どう思う?」

「どうって、いい人だ」

「それだけ?」

「それだけって、…んー、相談してよかったと思ってるだ。先生に相談しようかと思っただども、これでよかったと思ってるだ」

「そう。テッちゃんて、本当にいいわね、誰とでも気さくに話ができて」

「そうかぁ?あ、そうだ。キヌちゃん、会長さんと知り合いなら、今日これから一緒に行かねえか。今日も話し合いがあるだ。どうだ?」

「あ、あたし?あたし、いい。遠慮する」

「んだども、キヌちゃんの意見を聞いてもらえるチャンスだ。知り合いなら話しやすいし」

「でも、あたし、大河内君とあんまり話したことないから」

「へ、どうしてだ?おんなじクラスだったんだろ?」

「でも、向こうは学年一の秀才で、あたしなんて、せいぜい真ん中くらいだもん」

「成績のいい悪いは、身分の隔たりとは違うだ。そんなこと関係ねえ」

「でも、みんなの人気者なのよ。あたしなんて…」

「あ、…もしかして、キヌちゃん」

「なに、テッちゃん、急に声を変えて…」

「そっかぁ、そりゃあ、悪かっただ。デリカシィがなかっただ」

「ちょっとぉ、なにひとりで納得してるのよ。あたしは、ただ憧れてただけなんだから」

「過去形け?」

「だって、クラスが別になったんだもん」

「別にいいじゃねえか?」

「だって、クラスが別だったら、覚えててくれるわけなんかないわ。あたしなんか……」

「じゃあ、思い出してもらういいチャンスだ。行こう」

「いいわよ。あたし帰る。後で、また差し入れもって来るから」

 絹代は鞄を掴むと逃げ出すように教室を出た。鉄子が呼び止める間も与えないほど素早く。残された鉄子は、頭を掻きながら、ぽつんと見送った。


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