第78話 閑話 希望が産まれる時 後編
「あの、エレクラ様。異端というのは、父親が居なくても産まれるんですか?」
「勿論、普通の人間同士が産んだ子が異端だった事も有るわよ」
「その両親はどうなるんです?」
「大体の場合は、異端の力によって覚醒するわね」
「覚醒しなかった場合は?」
「母親はセカイから力を受け取れず、赤ちゃんが持つ力に耐えられなくなって」
「死産ですか?」
「そうなるのは稀によ」
「その後は? 英雄とか?」
「勿論、両親も含めて私達が保護するわ。狙われやすいのは赤ん坊の頃だし」
「カドア姉とミツカ姉もエレクラ様が保護なさるんですか?」
「ええ。それと、首都から離れた方が良いわね。この家に張られた結界では、英雄から守る事が難しいわ」
「そうですか。あの、カドア姉は真面目だから、少し思い詰める癖が」
「わかってる。二人の事は私に任せて」
「はい。では、急いでソウマに伝えます。移転先はどちらへ?」
「タカギはまだあの街にいるの?」
「そのはずです」
「それなら、あの街がいいわ」
「畏まりました。直ぐに移転の手配を致します」
「ありがとう、パナケラ」
「いいえ。エレクラ様、何卒お気を付け下さいませ」
☆ ☆ ☆
慣れない事が連続したので少し疲れたのか、診察を終えた私は寝室でまどろんでいた。扉の外から声は聞こえていたが、頭には入って来なかった。そして、いつの間にか眠りについていた。
目を覚ましたのは日暮れ近くだと思う。そして、扉の隙間から入り込んでくる香りに釣られて、私のお腹がグウと鳴った。私はモソモソとベッドから降り寝室の扉を開く。パナケラは宮殿に帰ったんだろう。そんな事を考えながら私は居間へと向かう。
「少しは疲れが取れた?」
「申し訳ありません。エレクラ様を差し置いて、私だけが寝るなんて」
うっかりしていた。エレクラ様がいらっしゃっているというのに、私は寝こけていたなんて。慌てて頭を下げると、エレクラ様はゆっくりと私に近付き、優しく頭を撫でて下さった。もう私は子供ではない。でも、そのお心遣いが嬉しくて、少し涙が零れそうになった。
「おぉ。カドアが泣きそうになってる」
「ミツカ。茶化さないの」
「は~い。そうそう、ご飯が出来ましたよ」
「じゃあ食べましょう」
これ以上の醜態はお見せしたくない。ミツカが台所から顔を出した事で、私は少しほっとしていた。そんな私の気持ちをお察し下さったのか、エレクラ様は柔らかな笑みをお見せ下さった。それだけで、悩んでいた事がどこかに飛んでいく気がした。
食事をしながら、エレクラ様は色んな事を話して下さった。異端が産まれる時の事、これまでどんな異端が産まれて来たか、セカイへどんな願いをしたか、みんなと一緒に暮らしていたあの街に居を移す事、再びエレクラ様とご一緒に生活が出来ると言う事も。
そして、出発の日は意外と早く訪れた。これは意外でも何でもないが、色々な手配をしてくれたのは、ソウマだった。私が言い出せなかったイゴーリへの相談も含めて。
当のイゴーリは「最近さぁ、所長が変わったんだよ。それがさぁ、めんどくせぇ奴でさぁ。前はそうじゃなかったんだけどよぉ、俺の事を娘の名前で呼ぶんだよ」なんて、相変わらずの口調でボヤいていた。
澄ましていればすらっとした美女なのに、パナケラの様に落ち着いた口調で話せば、周りの男は何でも言う事を聞きそうな気がするのに。眉間に皺を寄せて怒鳴り散らしているから、面倒事が減らず忙しいままなんだと思う。
それと首都から去る前に、六人それぞれから「また会おう」と言われた。少し落ち着いたとはいえ未だ宮殿は敵地であり、そこで暮らすには死の危険が伴う。そんな六人から掛けられた言葉は、何よりも重く、何よりも温かく、そして私の心を震わせた。
「さて、ここともお別れよ」
「はい。エレクラ様」
「少し寂しく感じちゃうね」
「でも、これから行くのは懐かしい街でしょ?」
「そうですね、エレクラ様」
「タカギは元気にしてるのかなぁ?」
「してると思うわよ」
☆ ☆ ☆
道中は安い馬車で、エレクラ様は具合が悪そうにしていたんだ。背中を擦ると微笑んでくれて、ちょっと嬉しくなっちゃった。でも、浮かれていたのは最初だけだった。
カドアはずっと考え事をしていたし。エレクラ様も同じ様に考え事をしているみたいだった。二人が考えているのはきっと別の事なんだろうけど、私だけ取り残された気分で少し寂しかった。
それと、街が近付くにつれて飛び込んで来た景色は、以前とは少し変わって見えた。おばあちゃんになる程の年月が経った訳じゃないし、風景が変わる事は無いはずなのに。それも、少し寂しかった。
でも、仕方ないのかもしれないね。今は楽しいだけの頃とは違うんだし。目を覆いたくなるものを沢山見て来たし、辛い事も沢山経験したんだから。それでも、街の外れに在る少し大きな家を見た時は、ちょっと泣きそうになった。
家に入るとムスッとした顔のタカギが仁王立ちしていて、少し怖かった。本当は優しくて、子供想いで、笑顔が可愛らしいのに。カリスト様の件が有った上に、いつも怖そうな顔をしているから、中々馴染めずにいたんだろうね。
それからの毎日は、首都で暮らしていた時より平穏だった。タカギがいつも狩った動物を届けてくれて、エレクラ様と一緒に料理をして、カドアと一緒に家の周りに畑を作って作物を育てて。
お腹が大きくなるにつれて、体を動かすのが少し大変になっていったけど、その分だけ新しい命が芽生える実感が湧いてくる。
こんな毎日が、一番の幸せなんだって思った。これから産まれてくる子達にも、そんな幸せを味わって欲しいと思う様になっていった。
この幸せな時間が、私とカドアを『異端のお母さんになる覚悟』を与えてくれたんだと思う。
☆ ☆ ☆
出産が近付くと、タカギが過保護になった。何をするんでも「お前達は大人しくしてろ」とか、「俺に任せておけ」とか言い出した。その度にエレクラ様から「お父さんみたい」と、からかわれていた。
そんな光景が私には眩しく映った。そんな光景を子供にも見せてあげたいと思った。出産が始まり、エレクラ様が取り上げて下さった。そして、初めて泣き声を聞き、初めて子供を抱いて。
私は『愛しさ』を知った。
同じ日、同じ時間に産まれた二つの命、私は自分の名前を一字とって、『カナ』と名付けた。ミツカも自分の名前を一字とって、『ミサ』と名付けた。子供達と私達は髪の色が違った、他にも違う所は有るかもしれない。それは、きっとセカイから貰った子供だから。
でも、カナが愛しいと思うのは誰にも、きっとセカイにだって負けない。泣いたり、笑ったり、寝ていたり、その全てが愛おしくてたまらない。ミツカも私と同じ様に知ったんだと思う、『愛する』とはこういう事なんだと。
どんなに愛しくても、私とミツカだけでは『何をどうすればいいか』わからなかったと思う。お腹が空いているのか、かまって欲しいのか、おしめが濡れて気持ち悪いのか、眠いのか。どうして泣いているんだか、わかってあげられなかった。
抱き方から乳の上げ方まで、子供を通してエレクラ様から色々な事を教わった。エレクラ様には感謝してもし足りない。また、タカギが子供をあやしている様子は、凄く似合わないと思ったが、意外な程に懐いていた。
「母親ってのは凄いな。この子達は、髪と目の色がカドアとミツカとは違う。でも、姉さんや俺より二人に抱かれている時の方が、安心している気がする」
「そりゃあそうでしょ。それに、カドアとミツカは母親になろうと頑張ってるのよ」
「エレクラ様からお教え頂いた事を実践しているだけです」
「そうそう、エレクラ様のおかげよね」
何故を理解していれば、突然泣き出しても対処が出来る様になる。私を求めて泣いていると思えば、抱きしめたくなる。カナとミサが私とミツカを母親にしてくれる。それが嬉しくてたまらなかった。
次第に、私の顔をじっと見る様になり、私が笑うと可愛らしい笑顔を見せてくれる様になった。カナが笑うとミサも笑って、カナが泣くとミサも泣く。同じ日に産まれた二人は、愛らしい容姿だけでなく、やる事も似ていた。
全てが順調で、この時間が幸せで、ずっと続いて欲しいと思った。
でも、そんな時間は長く続かない。決まってアレが邪魔をする、いつだって私達から大切を奪おうとする。エレクラ様とタカギが細心の注意を払って守って来たのに、私とミツカが愛情を籠めて育んで来たのに、平穏はあっさりと終わりを告げた。
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