第39話 情熱が迸ったんだよ

 おじさんは元気みたいです。何だかスッキリした感じです。ミサはおかしいと言ってましたけど、そんな感じはしません。多分おじさんは、寝不足だったんです。ちょっと寝たから、頭がウォ〜って動き出したんです。


 だって目つきが違います、炎が宿ってるってやつです。目を触ると火傷します。アチチです、目玉焼きは間違いなく焦げます。


「カナ、少し黙って」

「え〜、何も言ってないよ〜」

「心の声がうるさい」

「それより、俺の話しを聞いてくれるんだろ?」

「待って。その前に確認させて!」

「何をだ?」

「そうだよミサ。何を確認するの?」

「おじさんは、自分の意志で話しをしてる? それとも、他の誰かに言わされてる?」

「はぁ?」

「わからないなら、私達は手を貸せない」

「自分の意志……」

「おじさんは私に『信じて欲しい』と言った。何を信じて欲しかったの? おじさんは、おじさんの意志で街を守りたいの?」


 俺は少し驚いていた。だから、直ぐには答えられなかった。ミサと呼ばれたしかめっ面の少女は、真っ直ぐに俺の目を見ている。俺の話しを聞きつつも、疑いの眼差しを投げかけたあの時とは違う。これは夢で見た景色の続きだ。


「あの時の俺は混乱していた。でも、もう答えは出ている」


 この子達が『紛い物』じゃない様に、俺も『他の誰か』じゃ無い。ましてや、ただの『傍観者』でも無い。

 仮に、頭の中に響いている声が『俺を惑わしていた』としても、俺は『俺の人生』を否定しない。


「俺には学がない、街を救う力も無い、ただの漁師だ。でも、俺は守りたい。産まれて育った故郷を、この手で守りたい。それは全て俺の意志だ!」


 彼女が納得する答えになったかどうかはわからない。だけど、これが紛う事無き俺の真実だ。


 ミサと呼ばれた少女は目を瞑った。再び目を開けたのは、そんなに長い時間では無かった。そして笑顔を浮かべてくれた。


「わかった。おじさんを信じるよ」

「おぉ、ミサの微笑み! あぁ、浄化される!」

「お前達は何と言うか……、少し変わってるな」

「変なのはカナ」

「そんな事は無いよ〜」


 正義感が強い人だ。それ故に、アレの意志とは違う行動を取ったんだろう。そんな所をアレに付け込まれ、私達を誘い込む罠に仕立て上げられた。


 もう大丈夫。おじさんは、アレの支配から完全に解放されてる。それにしても凄い人だ、きっかけはカナだったけど、最後は自力で何とかしたんだろう。

 

「そろそろ話しをしていいか?」


 カナが緩めてくれた空気の中で、おじさんは変わらずに真剣だった。


 カナに釣られて、私もおじさんの目を見る。ようやく、この街で起きている事の全てがわかる。先に進める。私は少し期待していた。


「あのな。信じられなだろうけど、バカでかい化物みたいな魚がいるんだ。俺自身が見た訳じゃ無いから、説得力が無いかも知れん。だけど、入り江に魚が集まってるのが証拠だ!」


 唾を飛ばしながら、おじさんは熱弁した。そして私の期待は外れた。残念ながらその情報は。


「知ってるよ。でっかい奴でしょ? 近くまで来てるよ!」

「はぁ? 知って、いや、近く? ええ?」

「あ〜。おじさんは見てないんだよね。とにかく大っきいよ。この街を丸呑みにしちゃう位だよ」

「何を? って、ええ! 化物は本当に存在してるのか?」

「やだな。おじさんが信じろって言ったのに」

「あぁ、そうだ。確かにそうだ。悪かった」

「でっかいのを倒す作戦は、ミサが考えたから安心して」

「はぁ? 化物を倒すのか? それより倒せんのか?」

「あのさ。おじさんが力を貸してって言ったのに」

「でもよ。いや、そうか。ありがとう」

「へへっ、良いって事よ。まだ何もしてないけどね」


 俺は、化物の話しをどうやって信じて貰うか、思案しながら話していたつもりだ。一瞬、真っ白になりそうな所を耐え、俺は平静であろうと努めた。そして、話に付いていこうとした。でも、何がどうなってる?


 要するにだ。この子達は何者なんだ?


 俺達は、色んなものを見ている。毎日の様に、海という途轍も無い大物を相手にしているんだ。空、風、波、これ等の変化を少しも見逃さないのが基本だ。


 それはとっくに感じていた。風が穏やかだ、まるでこの子達に寄り添っている様に見える。

 多分この子達は、俺の様な平凡な漁師とは違う。何が違うかは説明出来ないが、凄い子達って事だ。


 それならば期待しても良い。家族を、仲間を、街の奴等を、残酷な終わりから解放してやれる。


「それとな。腹わたを見せただろ? あれは毒だ。食って直ぐに死ぬ訳じゃ無いけど、食い続ければ死ぬ。この街の奴等はみんな毒を食ってる。死人も出てる」

「そっか……。あのね、死んじゃった人は助けられないけど」

「当たり前だ! 誰もそんな事は望んでない!」

「そうだね」

「今まさに、死にかけてる奴がいる! これから死ぬ奴が沢山いる! お願いだ! 助けてくれ!」

「うん、大丈夫だよ。病気になった人達は、直ぐに良くなるよ」

「え? はぁ?」

「さっき結界を張り直したからね。その効果がそろそろ出始める頃だよ」


 にわかには信じられない。でも信じたくなる言葉だった。そして俺は、思わず駆け出していた。


 風が告げている、安心しろと。その証拠に、街を覆っていた肌に張り付く様な淀んだ空気は消え、安らぎを取り戻している。

 助かった、みんな救われた。そんな期待が俺の中で大きく膨らんでいく。


 俺は一番近くの家に飛び込んだ。ここは老夫婦が暮らしてる。昨日まで隣の嫁さんが看病していたが、その嫁さんも今朝から目を覚まさない。


「爺さん! 婆さん!」


 呼び掛けても、老夫婦は目を開けない。俺は慌てて顔を近づけて呼吸を確認した。息をしている、それも落ち着いた感じでだ。良く見れば顔色も悪くない。


 老夫婦の様子を確認した後、俺は直ぐに隣の家へ飛び込んだ。物音に気が付いたのか、子供が目を覚ます。


「おじさん? どうしたの?」

「お前! 起きて大丈夫か? 苦しくないか? 痛い所はないか?」

「ん……、うん。大丈夫みたい」

「そうか。お母さんは、ちゃんと息をしてるな?」

「う〜ん、寝てるみたい」

「良かった。お母さんを守ってやれよ」

「うん!」


 子供は隣で目を閉じる母親を覗き込み、笑顔で答えてくれた。その答えだけで充分だ。俺はその家を飛び出し、他の家に向かった。


 一軒、二軒、三軒と扉を開けては声をかける。俺の中で安堵感が広がっていく。

 もう良いんだ。そう思った時、俺は足を止めていた。そして俺の頬は涙で濡れていた。


 後ろから声がする。振り向くとあの子達が並んで、じっと俺を見ている。俺は跪くと、二人の手を取り頭を下げた。


「ありがとう。ありがとう。ありがとう」


 涙と鼻水で上手く話せる自信が無い。でも、その言葉だけはすっと口から出た。

 

「おじさん! 最後までカナの話を聞いて!」

「まぁいいじゃない。おじさんの情熱が迸ったんだよ!」

「ありがとう。ありがとう」

「手を放して。それから鼻をかんで」

「ミサの手をニギニギしていいのは、私だけなんだよ!」

「済まない、つい」

「変態!」

「おぉ、おじさんは変態さんだったか」

「いや、違う」

「おじさんは喜んでるけど、解決してない」

「そうそう。でっかいのは迫ってるし、お魚さんは変なままだし」

「そうか。そうだったな」

「だから話して。直ぐに、全部」

「あぁ。その前にだ。お前達、家に来ないか?」

「攫う気?」

「それは駄目だよ〜」

「そんな事するか。道端より落ち着いて話せるだろ?」


 走ったり泣いたり笑ったり、色々と忙しい人だ。正義感の塊だと思ってたけど、優しさを持ち合わせてる人だ。

 そんな優しさに触れたから、あの涙を見たから、余計に腹が立ってくる。


 もう我慢の限界だ。悪巧みごと潰す。

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