第30話 嫌悪と悔恨を超えて

 本来なら私たち人間が、自らの頭で想像し、自らの手で創造するのが自然な事のはず。でも私たちはそれを許されていない。与えられた事、定められた事が絶対なのだから。


 アレは、タカギの様に連れて来られた人から、多くのものを奪った。このセカイに有る様々な産業や文化、例えば水の様な生活に必要なもの、建物や道の様に都市を構成する上で不可欠なものは、全て連れて来られた人の記憶から再現している。


 タカギ達には申し訳無いけれど、その恩恵を受けている私はアレの行動を否定しきれない。全ての人が野山を駆け回り、日々の糧を得ている訳では無いから。


 但し幾つかは、このセカイに当て嵌められない。例えば、タカギと私では少し肉体の構造が異なる。私はそれを医療局に入ってから理解した。


 私が局長になった時、先代の局長から譲り受けた資料が有る。それは、とある実験の記録だった。


 タカギと同じく連れて来られた人、このセカイに住む人を生きたまま解剖し隅々まで調べ尽くした。それにより、医療の知識が適用可能か否かを確認した。

 適用可能と知ったアレは、このセカイに住む多くの人を検体にし、奪った知識をこのセカイに当て嵌めていった。医療が発展したのは、そんな犠牲が有ったから。


 私がそれを知った時、忌々しい実験を呪った。人を救う素晴らしい組織だと盲目的に信じていた自分を、絞め殺したくなった。何よりも、同朋の犠牲の上で生きている事実を受け止められなかった。


 知らなければ良かったと何度も思った。眠れない夜が続いた。食事が喉を通らなくなった。でも、人形に戻りたいとは思わなかった。そんな時、エレクラ様の言葉を思い出した。


「楽しいだけじゃない、苦しいや辛いという感情を、あなた達は知るはず。その時に苦しいから逃げるのは選択の一つ。その選択を、誰も否定出来ない」


 辛ければ逃げて良い、その選択をする自由が有ると、何度も仰って下さった。そして、こうも仰った。


「忘れないで。喜びを掴む権利があなた達には有る。今の苦しみだけに囚われないで。あなた達には未来が有る、苦難を乗り越える力が有る」


 そのお言葉が有ったから、私は頑張る事が出来た。未だに納得は出来ていないけど、犠牲になった人達の魂に報いようと思った。


 ☆ ☆ ☆


「考え事して歩いてたら、危ないですよ」

「ひぁ?」


 その日、ソウマに呼ばれた私は、彼の執務室へ向かって廊下を歩いていた。その時、私は不意に声をかけられ、素っ頓狂な声を上げた。


 俯いて歩いていたのか、顔を上げると目の前に壁が有った。再び驚いた私は、一歩後ろに下がる。それと同時に周囲を見渡した。

 運が良かったのか、そこに居たのは私と声の主だけ。しかし、わたしは暫く固まって動けなかった。


「初めまして。本日付で内務局に配属となったシルビアです」

「あ、えっと。あの、ペナ、いやその、パナケラです」


 挨拶をされて咄嗟に返したけど、上手く言葉が出ない。泣きそうだけど、不用意な事をして目を付けられたくない。

 私は必死に涙を堪える。そんな私がおかしかったのか、エレクラ様は優しく微笑んでらっしゃった。


 その笑顔が体の硬直を解す。一瞬にして子供に戻る。あの頃みたいに私の心が弾む。だけど、エレクラ様に飛び付くのは我慢した。


 ここは宮殿。だから私は、純粋だった頃の自分を忘れ、医療局の局長に戻る。


「宮殿は慣れてないでしょ? 案内しようか?」

「ありがとうございます。でも、ご迷惑では?」

「大した用事は無いから大丈夫」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます」

「何処かに行く予定なの?」

「はい。ソウマ長官の指示で、魔法研究所に向かう所です」

「わかった。着いてきて」

「はい」


 直ぐに気持ちを切り替えて、表情には出さなかったね。成長したんだね、頑張ったね、凄いよパナケラ。

 今すぐに抱き締めて、頭を撫でてあげたいけど、もう子供じゃないもんね。

 

 心を奪われているから、医療局の人達はそのままで居られる。貴女にとって医療局は、私が想像する以上に辛い環境だったと思う。それでも、真っ直ぐなまま大人になった。

 カナとミサは、貴女みたいな大人になって欲しい。色々な事を呑み込んで、前を向ける貴女の様にね。


 さて、パナケラの様子はわかった。イゴーリはどんなかしら?


「そういえば、イゴーリ所長はどんな方ですか?」

「う〜ん、研究馬鹿かな。前の所長もそうだったけど、魔法研究所って相当変わった所だからね」

「そうですか。研究に没頭する方なんですね?」

「それも少し違うかな?」

「どういう事です?」


 何か悪い事を聞いてしまったか? それともイゴーリが変わってしまったか? 私は少し不安に駆られた。

 しかし直ぐに思い直す。イゴーリが変わったなら、ソウマは教えてくれた。それを聞いて無いって事は、未だ染まっていない。


 悩み始めた私に気を使ってくれたのか、パナケラは簡易結界を張り顔を近付ける。そして耳打ちした。


「それがね。あの子、意外と怠け者なんです」


 危うく吹き出しそうになり、私は堪えながらパナケラを少し睨む。当のパナケラは、いたずらっ子の様な笑みを浮かべていた。


 そんな所は変わっていないのね。カナとは意気投合しそう。直ぐにやかましくなって、ミサが困った顔をするのね。何となく想像出来て面白くなる。


「いけませんよ、パナケラ局長」

「ごめんなさい。でも注意してね。研究所は本当に変だから」

「どう変なんです?」

「用事が有っても、研究所の人達は無視するの。場合によっては、追い出される事も有るし」

「研究に没頭なさる方が多いんでしょうか?」

「それも有ると思うけど、実験中はね」

「それは、気を使わないパナケラ局長が原因では?」

「決してそんな事は無いです。失礼ね」

「言葉が過ぎました、お許し下さい」


 こんな茶番すら楽しくて仕方ない。心が踊ってる。止められずに、はしゃいでしまう。これからの惨劇を忘れさせてくれる。


 エレクラ様は私の光だ。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 少し前から虫がざわついている。俺達と同じ様な存在が、首都を訪れたか? 例えばタカギとか。

 いや、タカギがエレクラ様の指示を無視して、あの街を離れる訳が無い。だとしたら、この反応はなんだ? 俺は気になって虫を飛ばした。


 幾ら多くの目が有っても、小さな虫にまで気が回らない。それ以前に俺の虫は目で追えない。それだけ小さく速い。これはソウマ達と連絡を取るのに、最上の手段だ。


 誰かを連絡役にするのは、危険極まりない。連絡役に伝言をした瞬間に、内容がアレへ伝わる。事前に連絡役へ魔法をかけても、その瞬間に異常事態だと伝わる。


 公的な連絡以外に人を使う事は不可能。魔法を使って連絡をしようものなら、英雄が現れて俺の首から上を切り飛ばす。それは可能性の域を超えた確定的な事象だ。


 だから俺は虫を使う、仲間達にも徹底させた。但し虫の用途は伝言だけに留まらない。俺の目を虫に与える事で、多くの場所を監視出来る。流石にこんな使い方が出来るのは、仲間の中でも俺だけだ。


 俺は飛ばした虫を通じて、ある人物を見つけた。昔と容姿が変わっているが、俺がその人に気が付かない筈が無い。俺は直ぐにソウマヘ告げた「エレクラ様がいらっしゃた」と。


 俺はソウマヘこうも言った、「エレクラ様と最初にお会いするのは俺だ」と。流石に最初は無理だった。エレクラ様のお立場を作って差し上げなければならないからな。


 大丈夫、俺は大人だ。ちゃんと理解して順番をソウマヘ譲った。ソウマは俺の意思を、出来るだけ尊重してくれた。でもな。


「なに抜け駆けしてんだよ、パナケラ!」

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