第29話 仲間達の現状

「様は止めて。ここでは貴方が先輩なんだから。それに私はシルビアよ」

「失礼しました。シルビアさん」

「ありがとう、ソウマ。それにしても無事で良かった。他の子達はどう?」

「イゴーリは魔法研究所、パナケラは医療局、ヨルンは近衛隊、ヘレイは陸軍で、それぞれ統制を図ってます」

「リミローラは?」

「私の補佐として、細々とした仕事を受けて貰ってます」

「そう。良かった、みんな無事なのね」

「はい。それも、この簡易結界のおかげです」

「それって、貴方がさっき張ったやつ?」

「ええ、これは色んな目を誤魔化します」

「凄いわね。私にも教えて貰える?」

「勿論です」


 アレが直接見ていなくても、ここには多くの目が有る。目達は互いを監視し合い、僅かな不自然でも速やかに報告を行う。そして対象者は消滅させられる。

 

 タカギがここを『魔窟』と呼ぶのは、そんな理由が有るから。だからこそ、宮殿内で計画を進めるのは極めて困難だと、私自身も考えていた。ソウマと出会う迄は。


 彼を一言で表すなら、化け物が妥当かもしれない。


 線が細く、単純な力はタカギの足元にも及ばない。恐らく、宮殿にいる仲間達の中で最も弱い。

 しかし彼の本領はそこには無い。他者を出し抜く事に関して、彼に勝る人を私は知らない。

 そして異端以外に、アレの意思に疑問を持つ人は存在しない。


「そういえば。結界で思い出しました」

「何を?」

「先程の結界は、理論自体が元々有ったらしいんですよ。それを応用して、イゴーリが完成させました」

「それって、もしかしてあの所長が?」

「ご名答です。ここ数年、かの御仁は結界の研究に傾倒していたらしく」

「へぇ、前は攻撃魔法の研究一辺倒だったのに? 新しい命令でも受けたのかしら?」

「いえ、どうやら少し違う様で」

「どういう事?」

「それが、かの御仁は物忘れが酷くなる他に、問題行動を起こすようになったと報告が有ったんです」

「そんな状態で研究してたの? あの所長は、かなり高齢になる頃よね? 年齢によるものかしら?」

「詳細は未だ判明しておりませんが、どうやらアレの指令を受け取れない状態かと思われます」


 ソウマの言葉を聞いた瞬間、私は言葉を失っていた。そんな状態に陥る人が存在する事を、私は初めて知った。もしそれを早く知っていたら。


 いや、それは考えるだけ無駄ね。私達は千年もかけ、それを見つける事が出来なかったんだから。

 寧ろ、単なる世迷い言と切り捨てなかった、仲間達の功績を褒めるべきね。


「流石ね、よく見つけたわ。それで、その元所長さんと同じ様な事例は、過去にも有ったのかしら?」

「現在、リミローラとパナケラが調査をしています」

「結果は教えてね。これも鍵になるかもしれないし」

「かしこまりました」

「それで元所長さんは今なにを?」

「個人の研究はともかく、通常の職務等に支障が出ていたので、職務遂行不可能とみなして、辺境の村に移動させました」

「因みに場所は?」

「シルビアさんのお住いが有った場所の近くです。丁度よく過疎化した村が有ったので。それに、あの子達と関わる事で、何か変化が起きるかと」

「ふふっ、そうね。あの子達にはタカギをつけてるし、もしかすると予想外の展開になるかもしれないわね」

「タカギを? ははっ、それは確かに」


 何百年の間に数人程度は、極めて優秀な才能を持った人が産まれる。その才能が存分に発揮されるなら、社会の構造を根本から変える事も造作無い。

 ただ、二人以上も同じ時に存在した事は無かった。これがセカイの意思かアレの策略かはわからない。でも、そんな才能を持った人を仲間に出来たら、成功へ一歩も二歩も近付くでしょう。


 天才の一人は目の前に居る。もう一人の天才はどうなるかしら。カナ、ミサ、期待してるわよ。


「ところでシルビアさん。貴女を私の秘書として雇い入れるつもりですが如何でしょう?」

「それは構わないんだけど。えっと、ごめんなさい。私ってば、貴方の職務を聞き忘れたみたい。貴方の事だし、何か役に就いてるのかしら?」

 

 真面目な話をしていた筈なのに、私はどれだけ間抜けなの。久しぶりに会えて、無事な姿を見れて、少し浮かれてたようね。

 それなのに、ソウマは私の責任にせず頭を下げる。頭が下がる思いなのは私の方ね。


「申し訳有りません、お伝えし忘れた様で。今の私は内務局の長官です」

「それで、私は何をすれば良いのかしら?」

「私の目として、監視を行って頂きたい。後はご自由になさって下さい」

「それも了解よ」

「それでは最初の任務です。魔法研究所に行き、イゴーリとお会い下さい」

「助かるわ。いえ、かしこまりました長官!」

「はははっ。シルビアさんが来て下さって、安堵しております。万が一英雄が来たら、計画どころか我々の命は有りませんでしたから」

「そんな事を言って、いざって時の事は考えてたくせに」

「それはそれですよ。単純な暴力が必要になる時は有るんです」


 安堵と簡単に言ったけど、その言葉は決して軽くない。例え王でも、行動が不可解だと思われただけで、あっさりと始末される。死と隣合わせの『魔窟』では、常に神経を研ぎ澄ませなければ生き残れなかったはず。

 仮に彼等の安全を考慮してタカギを潜ませたなら、それは悪手でしかない。タカギの存在は目立ち過ぎるから。

 

 もう大丈夫。あなた達は私が守る。


「では長官、行ってまいります」

「はい。皆も安心すると思います」


 私はソウマに会釈すると、部屋から出て歩き出した。

 

 ☆ ☆ ☆


 エレクラ様は私を天才と言って下さるけれど、私には何もない。そう見せかけているだけ。本当の私は頭が悪く、要領が悪く、魔法を使えず、喧嘩が弱く、度胸がない。

 それに比べて、イゴーリには魔法の才能が有った。パナケラは頭が良かった。ヨルンとヘレイは喧嘩が強かった。それが与えられた物だとしても、私はそれが羨ましかった。


 他人を羨む人は存在しない。何より頭の中に響く鬱陶しい声を、気にする人は存在しなかった。

 ずっと違和感を抱え、どうしたらいいかわからず、虚ろなままに時が訪れるのを待った。


 私は、どこか壊れている存在だった。それが違うと教えて下さったのは、エレクラ様とカリスト様だった。

 十年と少し生きた後、路地裏の片隅で野垂れ死ぬ。そう定められた私の人生を、お二人は変えて下さった。


 芥が消えなかった所で、さして変わりはないと思ったのだろう。アレは私に死が訪れない事を見逃した。しかし、寿命が少し伸びた所で、私の愚鈍さは変わらない。


 友人達のように才能が有ったら、エレクラ様のように強かったら、カリスト様のように特別な力を持っていたら、私も少しはお二人のお役に立てただろう。特別な力どころか、セカイの意思を感じ取れもしない。私は愚の極みだった。


 暫くしてタカギが現れ、カリスト様が倒された。その時の恐怖は鮮明に覚えている。情けなく物陰で縮こまり、慄えていた事も覚えている。


 頂いた命を何にも使えず、恩に報いる事も出来ず、私は泣いた。泣く資格など無いというのに。

 だから、次は守ろうと思った。私は弱く何も出来ないけれど、誰も死なせない様に己の全てをかけると決意した。それでも、目の前で多くの命が消えていった。守る事は出来なかった。


 許せなかった。命を弄ぶ奴を、弱い私を。それが私の原動力になった。私はこれからも、私を許す事は無いだろう。もし許せる日が来るとしたら、アレを消滅させた時だ。


 カナとミサが旅立った。エレクラ様が最前線に立たれた。見ていろ、唯一無二の万能なる者よ。先ずはお前の片腕を貰う。

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