第28話 エレクラの初まり

 勧めてくれたタカギには悪いけど、馬車には二度と乗りたく無いわね。時間はかかるし腰が痛くなる。走るよりも疲れた気がする。でも、スレイプニルのおかげで被害は出なかった。それに関しては褒めるべきかな。


 久しぶりに来たけれど、首都は相変わらず異様ね。堅牢な壁に囲まれている。その上、他の街と同様に頑丈な結界が張られている。

 

 全く、どんな奴らに攻められるのを想定してるんでしょうね。このセカイに住むあらゆる生物は、この壁を壊さないし、壊そうとも思わないのに。


 高い壁の何ヶ所かに門が作られていて、そこには甲冑を纏った兵士が何人もいて、訪れる人達を厳しく監視している。

 まぁ、それも馬鹿馬鹿しい限りなんだけど。仮に害意を持っていようが、首都へ入れるかどうかはアレが決めるんだし。そもそも兵士達は、誰と戦うつもりなんだろうね。


 クロア様は私達を守る為に、戦わせない為に、死なせない為に、セカイを四つに割った。それは、クロア様が行った秘術であり優しさ。

 だけど、アレはクロア様の想いを嘲笑い、産まれてくる異端を踏み躙る、仲間達を存在しなかった事にする。私達が如何に抗おうとも。


 だから私達は、やり方を変えた。アレの遊技場で玩具の仲間になった上で、全ての玩具と遊技場そのものをアレから取り上げる。それならばアレの隙を突けるはず。そして長い時間をかけて、その為に準備をして来た。

 

「さて、会いに行こうか。仲間達にね」 

 

 予定通りなら、私は何事も無く首都へ入れる。兵士達の目的が私達の様な存在を排除するんでも、大した意味は無い。その為の虚構と擬態だから。


 門に近付くと、兵士達が睨み付けて来る。同じ様に門へ近付く人達は、兵士達に怯えた素振りをし列へ並ぶ。全く良く出来た猿芝居だよ。笑いが込み上げそうになる。


 だが、こんな所でボロを出して、計画を台無しにする愚かな真似はしない。私は他の人達と同じ様に列へ並び、ひたすら順番を待った。


 待つ事自体は苦痛じゃ無いけど、飽きるのが問題かな。そんな時だけは、感情を奪われている事を少し羨ましく感じる。

 長い列の中で少しずつ前に進む、退屈の時間が終わり私の番が来る。そして私は、役所で受け取った証明書を兵士に渡す。


「名はシルビア、適性は官職、特筆事項無し。ここでの目的は?」

「職につく事です」

「ならば宮殿へ行きなさい。空きがあれば、直ぐに仕事が出来る」

「わかりました」


 対応してくれた兵士は、私を一瞥すると書類に視線を移した。そして、表情を一切変えずに私へ質問をした。

 仕事だから威嚇をしたんでしょう。そんな事より、淡々と仕事をする様は好感を持てる。本当は真面目なんでしょう。それだけに残念でならない。それは他の兵士も列を待つ人達も。


 長らく私達は、アレが作り上げた社会の構造欠陥を見落としていた。それは、人間が奪われた筈の感情で有り、与えられただけの個性だった。


 人間は、産まれてから死ぬまで、全ての言動や感情を定められている。そこから脱する為にはアレとの繋がりを絶ち、支配から解放しなければならない。そして、真っさらの状態にしなければならない。


 ずっとそう考えていた。それが間違いだった。


 決められた人生だとして、感情を与えられたとして、それは否定されるの? 恐らく知識や経験は人の中で息づいている。そういった物が人格を作り上げる。それなら、与えられた時を含めてその人の物で、真っさらなんて事は有り得ない。

 

 あくまでも推測の域を出ていないけど、私は人間の可能性を信じている。必ず自己を確立し、自らの足で歩き始める。その時が、自ら作り上げた構造によってアレが苦しむ時だ。


 タカギには甘いと言われるかもしれない。困難な道程かもしれない。わかっている。だけど、やるしか無い。

 もし私が死に、仲間達が倒れ、あの子達を失う事になれば、残っているのはカーマとケイロンだけになる。


 そして私は、決意を新たに門を潜る。


 整った石造りの建物郡を横目に、隙きも無く敷き詰められた石畳を歩く。人々の笑い声は、楽し気な音楽の様に響く。

 見惚れてしまいそうな景観、活気の有る都市、それは決して人の為に造られた訳じゃ無い。だから好きになれない。だから私は目的地へと急ぐ。


 タカギはここを『魔窟』と呼んだけど、未だここは違う。大通りの先にそびえる大きな建物こそが『魔窟』で、仲間達が命を削って戦う戦場。


 人混みを避けながら足早に歩いても、目的の場所までは多少の時間がかかる。

 最初に訪れた街と比べ、首都は何倍の広さなのか。そんな事を考えてしまう程、首都は大きく多くの人が住んでいる。だけど、首都の構造は意外と単純かな。寧ろアレが複雑なのを嫌うんでしょうね。


 中心に宮殿が有り、それを囲む様に大きな施設が立ち並んでいる。幾つも有る門からは、宮殿へ直線の道が繋がっている。その道沿いに商業施設が並んでいる。

 住宅街が有るのは、それ以外の場所。ここだけは他と違って質素な造りで、凄く違和感を感じさせる。そして、敢えて一部の人を貧困層にして物乞いをさせる事で、人間の街らしさを演出している。


 私を不愉快にさせる事に関しては、アレの右に出る奴は居ないわね。人間を玩具程度にしか考えてないから、チグハグになる。せめて自分の玩具箱くらいは、片付けるなり統一するなりしたらどうなの。

 

 形だけ真似ても無駄なのよ。それが重大な欠陥だってわからないなら、人を道具にしか思えないなら。


 私が全部貰ってあげる。


 自分の玩具を取るなって腹を立てるなら、それは幼い子供と同じ。大人の意地をこれから見せてあげる。


 ☆ ☆ ☆


「なんの用だ」

「門の兵士から宮殿へ行けと言われまして」 

「あぁ、仕事か? 確認をして来るから待っていなさい」

「わかりました」


 宮殿に配置されている兵士は、門の兵士よりも威圧感がある。但しそれを除けば、職務を演じるただの人でしかない。

 そしてお決まりの対応。だけど、そうさせる事こそが虚構と擬態の真骨頂。

 思考によって生み出される言葉は、全て決められている。虚構と欺瞞は、そこに割って入る。だから違和感を感じさせず、会話も成立する。


 暫く待つと案内係がやって来る。そして私から証明書を受け取り歩き始める。私はその後について長い廊下を歩く。

 幾つもの扉を過ぎ廊下の奥まで進む。案内係は、そこに鎮座する扉を叩き、私を連れて中へと入った。


 直ぐに目に入って来るのは、部屋のあちこちに並ぶ豪奢な装飾品、意匠の凝らされた内装、そして身なりが整った紳士的な雰囲気を漂わせた男。


 案内係は男に証明書を渡すと部屋から出て、男と私を二人きりにする。男は証明書に目を通し、少し私を眺めた後に口を開いた。


「えぇと、シルビアさん?」

「はい」

「適性が官職だけですか?」

「はい」

「経験は?」

「有りません」

「なぜ仕事を?」

「子供達が家を出たので暇になりました」


 やり取り自体に意味は無い。目的は欺く事と見抜く事。誰が監視しているかわからない。だから、覗かれている事を前提として、目の前に居るのが本人か否かを確認する。

 

 じっくりと時間をかけて細部まで調べる。何せ十年以上も会ってないのだから。暫く無言の時間が続く、そして男はゆっくりと口を開いた。


「そうでしたか。娘さん達は、旅立たれたんですね?」

「えぇ」


 男は笑みを浮かべて指を弾く。すると部屋全体に、薄っすらとした膜の様な何かが張られる。


「そうすると、我々が行動を起こす日は近い様ですね。エレクラ様」

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