第27話 それぞれの初まり

「なぁ、爺さん」

「なんじゃ?」

「頭は良さそうだが、家の建て方は知ってるか?」

「知識としてはじゃが」

「それなら決まりだ。おい、馬鹿二人」

「あぁ? 誰がだよ」

「お前だ、馬鹿その一。突っ掛かってくんな」

「タカギ。済まないが、せっかくつけて貰ったんだ。名前で呼んではくれないか?」

「そうして欲しければ仕事をしろ」

「仕事だぁ?」

「お前等だけで、材木を調達して来い」

「調達だぁ? どこで?」

「お前の目は飾りか? 向こうに山が有るだろ」

「おい! 遠すぎだろ!」

「クロジシ。馬鹿を黙らせて、早く連れてけ」


 俺は今、理解が出来ない状況に置かれ、酷く混乱をしている。


 俺は何者で、どんな暮らしをしていたのだろうか。なんとなく、この村に執着している様な気がするが、それもおぼろげでしかない。おまけに、隣でやかましくしてる男は、どこの誰だ?


 いや、本当は知っていたのかもしれない、全て理解した上でここに来たのかもしれない。しかし、その多くは失われてしまった。記憶に幾つも空洞が有るような感覚だ。


 俺に何が出来るか、それ以前に俺は何がしたいのか。それすらも理解していない。

 わからない、何もかもわからない。何よりわからないのは、タカギという男だ。何を考えてるんだ。何をするつもりだ?


 少なくとも、俺は英雄だった事は覚えている。そして命じられるままに行動し、ちっぽけな存在を相手に手も足も出ず、使命を果たせなかった。

 その上、抗いようもない圧力の前に膝を折り、生を享受している。ほんの少し前まで俺の中に有った全能感は、綺麗さっぱり消えている。そんな俺に、タカギは何をさせたいんだ?


 英雄であった俺を容易く屈服させる老人には、率直に驚かされた。それ以上に、タカギという存在は脅威だった。それでも、俺を突き動かしていた声の主には敵うまい。


 あの時、唐突に頭の中に響いた声は、体を芯から慄えさせた。姿も知らない存在に、ただひたすら恐怖した。元は英雄だったタカギならばわかるはずだ。あの恐怖を知っていて尚、立ち向かうと言うのか? 


 いや、もっと重要な事が有る。俺は何故、こんなどうでも良さそうな事を考えているんだ? 

 

 俺の中でささやいている。これはおかしいと、ただ命じられた事をすれば良いのだと。もう一方では、生きる為に強者へ従えと告げている。更に、逃げろと叫ぶ声も聞こえる。


 どうすればいい。命じられるままに動くのは良い事なのか? 生きる為にと言うが、俺は生きているのか? 強者に従うなら、なぜ声の主では無くタカギなんだ? 逃げろと言っても、何処に逃げればいいんだ? 


「クロジシ。悩んでんのか?」

「悩み? それは何だ?」

「わからないか……。まぁ今はそれでいい」

「それでいいとは、どういう事だ?」

「お前の知りたい事は、俺が全部おしえてやる。今は馬鹿を連れて仕事しろ」

「わかった」


 今まで何も考えなくて良かったのに、従うだけで生きて行く事が出来たのに。突然放り出されたら混乱するよな。それでも思考を放棄して恭順するよりは良い。


 悩んで、苦しんで、進んだ先で壁にブチ当たる。それが人生ってもんだ。それが選択する自由を手に入れた代償だ。今は感情任せに反発するんでも、ひたすら考え抜くんでも、好きにすれば良い。


 クロジシ、アオジシ、お前達はようやく自我ってもんを手に入れたんだ。最初の反抗期ってやつだ。それを存分に楽しめよ。


「全く、ようやく行きやがった」

「仕方なかろう」

「はぁ、爺さんよ。あんたは化け物か?」

「なんじゃ? 失礼な事を言うの」

「当たり前だろ。普通は直ぐに受け入れらねぇんだよ。あんたはどれだけタフなんだよ!」

「ジジイじゃからの」

「理由になってねぇよ」

「それで、お主はこれからどうする?」

「爺さんの家を建てたら、カナとミサを追う」

「アオジシじゃったか? あ奴は厄介そうじゃぞ」

「そんな事はねぇよ、素直なガキだ。それよりクロジシを頼むぞ、爺さん」

  

 わしに出来るかの。子もおらず、弟子はおっても奴らはわしでは無い者が育てた。わしとてタカギの言う『ガキ』じゃ。


 しかし、やらねばなるまい。紛い物の生を送ったのは、わしだけではない。わしと関わった者達だけでも有るまい。カナとミサのような例外を除いて、全ての者達がそうだったんじゃろう。


 アレは、人の身では持ち得ぬ超常の力を操る。如何にカナとミサが凄かろうと、わしとタカギが協力しても、今のままでは決して敵うまい。タカギが考えとる方法とて、対抗手段の一つでしかあるまい。


 クロジシとアオジシが、戦力になるかは未知数じゃ。少なくとも、わしの魔法や英雄の力はアレに与えられた物じゃ。それを前提にしては、勝負にすらならん。


 ならば、わしらはもっと力をつけねばならん。もっと別の方法で、奴を圧倒せねばならん。


「さて、タカギよ。どうしたら奴を出し抜けるかの?」

「わからねえよ。そいつをこれから考えるんだ」

「確かにの、……難儀じゃの」

「爺さんも余り抱え込むなよ。俺達には他にも仲間がいる」

「ほう、それはどんな御仁じゃ?」

「あの子達の育て親で、俺を救ってくれた人だ」

「そうか、縁とは真に面白い。わしはその御仁にも感謝せねばの」


  ☆ ☆ ☆


 腹が立つ、無性に苛立つ。何もかもぶち壊したい。それが出来ないから余計に腹が立つ。

 小突いただけで死にそうなジジイに殺されかけた。タカギとかいう糞にすら恐怖を感じた。


 こんな寂れた村はどうでもいいんだ。だが、何故か壊そうと思えない。そう考えるたけで、胸が締め付けられる。それが隙になった。

 ジジイに隙を与えなければ、俺は負ける事は無かった。ジジイに説教をくらう事も無かった。今頃はガキ共を甚振るジジイを見れたはずだ。


 くそったれ。何もかもぶち壊してやる。でもな、やっぱり出来そうも無い。タカギには絶対に勝てない。ジジイにも勝てない。あぁ、わかってるよ。本当は全部わかってんだ。俺が一番くそったれだ。


 タカギに名前を聞かれた時に気が付いた。俺は何者で何をしてたか、全くわかんねぇんだ。だけど、俺は英雄なんだ。俺は強いんだ。その筈なんだ。それがどうしてこうなった。


 失敗すれば死ぬはずだった。なのに何故か生きている。


 本当はわかってたんだ。俺は生きる事も死ぬ事も、自由に選べないんだ。だからそんなのは、大した問題じゃねぇんだ。どの道、逆らえる筈がねぇんだ。だから腹が立つんだ。


 本当はジジイでもタカギでも無い。俺から自由を奪った奴に腹を立ててんだ。絶対に逆らえないからな。ムカつく理由はそれで充分だろ。


 でもな、タカギはそんな奴に歯向かおうとしてるんだ。凄えって思う。俺を巻き込まないで欲しいけどな。幾ら生き死にがどうでも良くても、怖いものは怖いんだ。


「お前も戸惑っているのか?」

「あぁ? 話しかけんじゃねぇよ雑魚が!」

「お前は、現実を受け止める所から始めないといけないな」

「うるせぇよ! 俺はムカついてんだよ! 簡単に尻尾を振るてめぇにもな!」

「それを言うならお前は何だ? 慄えてただけだろう?」

「仕方ねぇだろ? 怖えんだよ! 悪いかよ!」

「悪くない、俺も同じだ。怖くてたまらない。今の状況も、これから何が起きるかもな」

「お前……」


 馬鹿みたいに喚き散らして誤魔化そうとしてるが、こいつも同じだ。俺と同じだ。怖くて、不安で、そんなものに潰されそうになって、逃げたくて、逃げられなくて、混乱しているんだ、どうしていいかわからないんだ。


 そうだ。こいつとなら、共に進めるかもしれない。


 俺達は同じく無様を晒した。殺されかけ、救われ、死んだ事にされた。何が何だか未だに理解出来ていなくても、歩みを止める事だけは許されてない。

 俺達はとっくに、有り得ない現実に巻き込まれている。多分、英雄になった時点でな。でも、道連れが居るなら、少しは不安も薄れるだろ?


「なぁアオジシ。俺達は死んだ事になってる。それなら、新しい人生って奴を、俺と一緒に初めてみないか?」

「何を言ってんだ? 意味がわかんねぇよ」

「俺とお前は負けたんだ。それが全てだ」

「けっ、冗談じゃねぇ。俺はこれからだ!」

「そうだ、これからだ。共に強くなろう」

「お前は尻尾を振ってろ!」

「そう言うな、独りだとタカギにすら勝てる気がしない」

「仕方ねぇな。とりあえず仕事とやらを片付けてからだ」

「おう。頼むぞ、アオジシ」

「うるせぇよ、クロジシ」

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