港町編

第24話 練習しても上手く行くとは限らないんだよ

 おじいちゃんとお別れしてから、いっぱい歩きました。飽きました。なので、ふよふよ飛んでる虫と鳥さんの名前を当てっこしました。それも飽きてきました。

 だって、ミサは考え事をしてるから、イマイチ乗り気じゃないし。よし決めた。あの山とかを、なおざり山脈と名付けよう。


「カナ。変な事を考えてないで、歩こ」

「な、なぜ! わかっ、た?」

「顔に出てる」

「うそ?」

「ん」

「そっか〜。でもさ、何か臭うね」

「なんの?」

「遠くに動物の死骸?」

「山の方?」

「そうだよ」


 カナは嗅覚を自在に操る。まさかって思うけど本当。だって物凄く遠くの臭いを嗅ぎ分ける癖に、クサクサ草の臭いに堪える。すっごい嗅覚なら、クサクサ草の臭いで失神してる。クサカラ草はもっと強烈だから、命の危機もあり得る。でも『うっ、くさ!』ってなるだけ。


「ミサ。そういえばね。村にいた時、ばあちゃんの匂いがしたよ」

「村の何処?」

「アハハ、違うよ〜。村から見える山の中だよ」

「遠すぎ!」

「だから、気のせいかもね」

「もしかすると、見られてたかもよ」

「ばあちゃんに?」

「そんな訳ない」

「ん〜確かに、ばあちゃんの匂いは薄っすらで、別の匂いが強かったね」

「どんな匂い?」

「何日かお風呂に入ってない人みたいな?」

「やっぱり、ばあちゃんじゃ無いよ」

「そっか〜。その人っぽい人は何の人なのかな?」

「人っぽい人ってさ、人とは限らないよ」

「お〜、相変わらずミサは頭良いね」


 確かに視線を感じてた。それも遠くの方から。最初は気のせいかと思ったけど多分違う。だって、ずっと視線を感じてた。


 鳥とかは、空の上から獲物を狙うから、視線に気が付き難い。でも、そういう感じじゃ無い。そういうのは、空きを見つけたら一瞬で降下してくる。そうじゃ無ければ、直ぐに別の獲物を探す。


「もしかすると、本当に見られてたかもよ」

「熊さん? 鳥さん? コカトリスとか?」

「カブってされて終わりだね」

「そしたらワイバーン?」

「丸呑みされて胃の中生活」

「怖いよミサ」

「大丈夫、私がやっつける」

「それで、誰が見てたの?」

「覗きが趣味の人」

「それって何が楽しいの?」

「知らない。それより、ばあちゃんの匂いする?」

「ん〜、わかんない」

「それ以外の臭いは?」

「わかんない。でも、大っきい動物はいなそうだよ」

「山の中なのに?」

「うん。きっと覗きの人は、狩りの達人なんだよ!」

「獲物を置いていく達人?」

「変な人だね」


 変なのはカナ。私もよくわかんないから、カナの事をとやかく言えない。


 それより周囲の様子を探るのに、感覚だけに頼るカナは少し危険。幾ら慣れてるからって、不意を突かれる事が有る。村にいたグーロみたいに。


 私が使ってるやり方は、より明確に周りの状況を把握出来る。この際だから特訓しようか。

 山に近付くにつれて段々と視界が悪くなってきてるから、訓練するには最適の環境だし。

 それに『大きいのがいない』ってカナが言ってたから、危ない事も無いし。私も使いこなせる様になりたいし。


「カナ。聞いて」

「聞いてるよ〜」

「どんなのが死骸に集まってる?」

「わかんないよ。木がいっぱいで、魔法が使えないもん」

「ん。鼻が利かない、よく見えない。そんな時に後ろから何かが、ガバって出て来たらどうする?」

「よくわかんないけど、ぎゃ〜ってなる?」

「そうだけど違う」

「え〜。ミサを守らなきゃ! ってなる?」

「嬉しいけど、そうじゃない」

「どういうこと?」

「近付いてるのがわかってれば、逃げられる!」

「お〜、凄いね! 流石はミサだね!」

「それじゃ練習ね」

「わかった〜!」


 カナがちゃんと理解したか不安だけど、きっと大丈夫。本当は頭が良いんだし。それとカナなら時間はかからない。だって凄いから。


 私は歩きながら、カナに要領を説明した。感覚的な説明でも問題無いけど少し詳しくの方が、カナにとっては良いかも知れない。


 やり方は、それほど難しくない。自分の力を、自然に宿る力と繫げるだけ。そうすれば自然に宿る力を通じて、情報を知る事が出来る。

 最初は手が届く範囲くらいしか把握出来ないけど、練習すれば何十キロ先の情報をわかるらしい。私が探れるのは数キロくらい。


 そもそも、体には血液とは別の目に見えない力が流れてる。それを体内で活性化させれば、腕や足を普段より早く動かせる。私が得意なのは、こんな使い方。


 例えば、遠目の魔法で遠くが見える理由は、指に力を集中させてるから。但し、必ずしも指を使う必要は無い。

 目に力を集中させれば、普段より遠くが見える様になる。鼻に集中させれば、嗅覚が鋭くなる。これはカナが得意な力の使い方。


 これは人間だけが持つ力じゃない。水、風、大地、木々とか、セカイを構成するものには、必ずこの力が巡ってる。そんな『自分以外の力』を使う事も出来る。実際にカナは、大地の力を利用して村の結界を張った。


 自然の力を利用して、目や耳が離れた場所に有る感覚を掴めれば上手く行く。


「わかった?」

「ん〜、なんとなく?」

「そしたら、カナの好きな当てっこしてもいいよ」

「やる〜! 面白そ〜!」

「当てるのは、一番近くにいる動物ね」

「それはいいけど、山は登らないの?」

「疲れるから登らない。それはいいから早く!」

「は〜い。ん〜、ムニョムニョムニョってするんだよね?」


 ムニョムニョでいい、カナの温かい力が広がってる。


「そしたら、お友達を増やせばいいんだよね?」


 そう、お友達。カナなら沢山増やせる。問いかけて、お友達になろうって。


「怖くないよ〜、大丈夫だよ〜。ほら〜、心を開いてごらんよ〜」

「カナ、違う。そういうのは要らない」

「そう?」

「力を広げて、お友達の力に繋げる。どう?」

「うん。まだ少しわかんない」

「見えて来ない?」

「よくわかんないよ」

「風の力と同調させるの。風が感じてるものを見るの」

「ん〜、ミサの言いたい事はわかるけど、風さんが言いたい事がよくわかんない。それに、なんか頭がすっごく痛いよ」


 それは風が感じた事をそのまま受け取って、人間の感性で捉えてるから。違う、理解出来ない大量の情報を受け取っても、頭がパンクしちゃうだけ。痛いで済むのはカナだから。


 必要なのは、風の力を通じて自分でちゃんと見る事。風だけじゃない、大地の力を使っても同じ。自分の力が届く範囲なら、自然は答えてくれる。

 その上で五感を使う。カナの得意が加われば、実際に体験したかの様にくっきりと、遠くの事が頭の中に浮かび上がる。


 私はこの方法を使える様になるまで一年かかった。でも、カナなら直ぐに出来る。だって、あんな結界を張れるんだから。


「むむ、むむむ。むむむむ? ほうほう、見えて来たかも」


 ほら、カナは天才なんだから!


「なんか集まってるね」

「ちょっと! 駄目!」

「もうちょいで、はっきり見えそう」

「だから、それは見ちゃ駄目! カナ!」

「おぇぇぇえ!」

「はぁ、だから駄目って言ったのに。バカナんだから」

「馬鹿にし、おえぇぇぇえ」

「そういうの要らないから」


 臭いって言ってたのに。死骸が散乱してるってわかってたのに。思いっきり間近で見ちゃったか。夢中になると他の事を忘れる癖は何とかしないと、この先が心配。


 四つん這いになったカナの背中を撫でながら、私はそんな事を考えてた。暫く背中をさすってると、少し楽になったのかゆっくりと顔を上げた。でも、少し涙目だった。

  

「カナ?」

「だいじょぶ。ありがとう、ミサ」

「もう止めとく?」

「やる。あんなグチョグチョなんかに負けないもん!」

「近くで見るからだよ」


 この調子なら上達は早い。私も負けない様にしないと。山間を抜けるまでは練習しよう。妙なのを直視しないように。

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