創世の残滓

水棲マーセナリー

旅の始まりは、希望であるとは限らない。

予感

 鉄の街クレーメンは、火山地帯の中央にある鉱山都市。街の周囲には川のように流れる溶岩が音を立ててはじけ、それに呼応するように街のドワーフたちが鉱床を打ちつけた。


 採取された金属類は、主に魔動機の修復材料として活用されている。その最たる例として、街の全域に等間隔で配置された風壁の柱と呼ばれる石柱があり、これは街を覆う気流を生み出して、火山灰の被害を軽減している。


 しかし魔導機というものは、古の文明の遺産であり、現在の技術では新たに生み出すことができない。生産ではなく修復なのはそういう理由だ。


 ではその遺産はどこから出てくるのかといえば、このギギデント火山地帯に点在する遺跡だ。約2000年前、魔動機文明アル・メナス時代に作られた遺跡群には、まだ見ぬ技術や財宝がわんさかと眠っている。


 その遺跡を探索するのは冒険者と呼ばれる者達で、武器を手に、危険な依頼を己らの目的のためこなす。時には竜を倒すため火口に向かい、命がけの死闘を繰り広げる日常だ。


 彼らは世間から少々の畏怖を込めた感謝を送られる。巨力な力を持つ一個人として恐れられ、場合によっては憧れの対象になる。現に、一人の少年がこの街一番の冒険者になることを目指し、また遺跡に足を踏み入れた。


 この冒険は長く険しく、思い描いた通りにはならないかもしれない。ただ、自分の信じる夢と、守りたいと思える大切なものを忘れないよう、胸に刻んでいればいい。


 たとえこの世界が壊れようとも、何もかもが無に帰そうとも。闇に溺れてはいけない。私は÷〇※。すべてをあるべき姿に戻さねばならない。彼が、彼らがどうか、悲しみに潰されないように。


――――――――――


 地面が岩場から、整えられた石材へと変わり、身を引き締める。諸手に抱えた魔動機銃―――ロングバレルが歩くたびに小さな金属音を立て、眼前の闇に響く。


 左の壁面に沿って、遺跡を進んでいく。妙な心地だ。いつもと変わらない、小さな遺跡の調査のはずだ。魔物が住み着いていないかを調べる簡単な仕事。もう飽きてしまったぐらいだというのに、胸のあたりがぞわぞわとむず痒い。


 結局、何が起こるでもなく最深部へとたどり着いた。10m四方ほどの部屋だが、ここらにあった遺物はすべて研究のために持ち出されてしまっている。閑散としていて風の音すらなく、ひび割れた壁面がどうしようもなく寂しい。何をするための部屋だったのか、想像しても答えなどでなかった。


 胸のぞわぞわも収まることはなく、気味が悪い。仕事は終わったのだからさっさと出ようと踵を返した時、"ピキリ"と壁が微かな音をたてた。思わず振り返ると、音のした方、奥の壁に小さな穴が開いていることに気が付いた。割れ欠けた壁面の隙間だった。


 右目を近づけて中を覗く。明かりなど一切ないが、エルフである自分は夜目が利く。ここまでも、灯りを付けてきてはいなかった。


 向こう側に空間があるのは確かだが、穴が直線で開いてはおらず、よく見えない。きっと隠し部屋だ。そう確信した途端、自分は冒険をしているのだという実感が湧いてくる。飽きは何処へと消え失せ、期待と好奇心で心が埋め尽くされる。この向こうには、きっとお宝があるのだと自分を奮い立たせ、それを手にする方法を考える。


 壁をよく観察するが、只の石材で、どうにも隠しボタンがあるなんていう風には見えない。ならば強行突破と思い立ち、腰の袋から直径20cmほどの金属球体―――マギスフィアを取り出す。表面には機械的な模様が淡い光を伴って浮かび上がっており、手を放しても、それは自動的に宙へ浮き自分の後を随伴してくる。


 マギスフィアは魔動機の中でも最も重要と言っていいものだ。魔動機術と呼ばれる魔法の一種を操るための触媒で、これが無ければ魔動機術師は一切の魔法が使えない。


 ただ、今取り出したのは予備のマギスフィアだ。日頃利用しているマギスフィアはこれより一回り大きく、背中側で浮いている。


 小さなマギスフィアに魔力を込め、定められた呪文を詠唱する。模様の光が強くなり、聞きなれないピピピという機械音が鳴り始める。急いで部屋の入口まで後退した後、音の鳴り続けるマギスフィアを奥の壁面に投げつけた。


 衝突した瞬間、激しい光と音、衝撃を伴ってマギスフィアは爆裂した。恐る恐る目を開けると、壁は見るも無残にバラバラになり、その奥に新たな部屋が現れた。我ながら少々やり過ぎたかと思ったが、やってしまったものは仕方ない。土埃に咽ながら部屋を見渡す。


 あったのは、一人の男の死体。いや、死んではいなかった。ティエンスという種族は、己の意思で仮死状態になり、長い時間を生きるのだという。噂は聞いたことがあった。古代の遺跡から、仮死状態のティエンスが発掘されると。発見は初めてで、どうすればよいのか分からない。放っておくわけにもいかず、ひとまず背負ってそのまま連れて帰ることにした。何故か胸のぞわぞわは、また一段と強くなっていた。


*****


 大の男一人を背負って歩くには、さすがに遠い距離だったが、足を棒にして何とか辿り着いた。クレーメンの南端に位置するスラム街。その路地の奥に診療院があり、今はそこでお世話になっている。


 その外観は建っているのがやっとというようなあばら家で、強い風が吹いたら倒壊してしまうのではと心配になる。と言っても、スラム街にこのような建物はざらにあり、この診療院が特別そうというわけでもない。


 脇には小さな薬草畑があるが、薬草の育ちはあまり良くない。日の光は弱く、水も人が優先だ。それでも何とかなっているのは、先生のおかげだ。博識で、植物学に長け、見返りも求めず治療を行っている素晴らしい人だ。


「先生!戻ったよ!」


 声を上げて帰還を告げる。するとすぐにボロボロの扉が軋む音を立てて開いた。


「おかえりなさ……まぁまぁ、大変」


 扉から出てきたのは一人の女性。その視線は僕の背中。背負っていた男を見て、微笑から驚きの表情へと変わる。


「遺跡の中で倒れてたんだ」

「……その人、ティエンスね。ベッドに寝かせましょう」


 先生は、メリアと呼ばれる植物から生まれた種族だ。人間とほとんど差はないが、体のどこかに花が咲く。先生も例外ではなく、髪飾りのように黒い花が咲いていて、濃い灰色の髪によく似合う。肌は白く、とても美人だが年齢は知らない。誕生日を祝おうと、年を聞いたことがあるが、はぐらかされてしまった。メリアという種族は寿命の個人差が激しいという。先生はきっと長命なのだろう。


 男をベッドに寝かし、先生に調査の報告を済ます。隠し部屋についても話したが、初耳だったらしい。


「まだ未発見の部屋があるなんてね。あなたはラッキーよ、ノア」

「でもお宝は何もなかったから、ちょっと残念かな」

「"天使"がいなかったなら安心ね。疲れたでしょう、今日はもう休みなさい」


 なにはともあれ、今回の調査の目的は果たせた。街に迫る脅威はなく、ちょっとしたワクワクもあった。ただ、先刻から続くこのざわめきが、どうも不安で仕方なかった。

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