モデル引退発表⑤
「うん、まあまあかな」
俺の入れた玄米茶を飲みながら、悠木が俺の課題を添削する。
「ここ、弱点。前も間違ってる」
「えっ?」
「復習してる?」
「・・・・まぁ」
「してないな?」
「・・・・すいません、します」
グレーの瞳を細くすがめ、スパルタ悠木先生はジトッとした目で俺を見る。
「ちゃんと、するって!」
「うん。じゃ、次ここからここまで」
「・・・・はい」
課題の範囲に付箋を付けたテキストを閉じ、悠木はふぅっと大きな息を吐いた。
「模試の結果は?」
「概ね、B判定。第一志望は、C判定だけどな」
「・・・・そう。あとはやっぱり、出題傾向か・・・・」
ベッドに背中を預け、悠木は目を閉じる。
なにやら小難しそうな顔をして、ブツブツと、俺には聞こえないような小さな声で呟きながら。
悠木には志望校も伝えてあったから、きっとその対策を考えてくれているんだろう。
俺の事、そんなに考えてくれてるけど。
お前は一体、どうするつもりなんだよ?
・・・・本当に、海外に行っちまうつもりなのか?
「間違いなく、着実に力は付いてる。このテキストが終わったら、過去問に切り替える」
唐突に目を開けると、悠木はそう俺に告げた。
「ペースアップする」
「えぇっ?!これ以上?!」
「なにか?」
「・・・・いえ、なにも」
「じゃ、寝る」
「うん・・・・は?」
気付けば悠木は既に、マイ枕に頭を乗せて、すっかり寝る体制だ。
ちょっと待て!
お前、寝る前に、何か言う事あるんじゃないかっ?!
「モデルっ!」
「・・・・え?」
眠りに落ちようとした所を引き上げられた悠木が、不機嫌そうな目を俺に向ける。
「ほんとに、引退するのか?」
「・・・・うん」
それがどうした、とでもいうような悠木の顔に。
俺は少し、イラッとした。
そんなこと、お前に関係ないだろうと、突き放されたような気がして。
でも。
悠木が発した言葉に、今度は体中から力が抜けた。
「言ってなかったか?」
そう言えば、藤沢が言ってたな。
【・・・・案外、ただ言い忘れてただけだったりして、な】
体を起こし、悠木はキョトンとした顔をして首を傾げている。
「学校で、しじょーと圭人と3人で、お昼食べてる時」
「悠木」
「ん?」
「そんなシチュエーション、今まで一回も、無いぞ?」
「え」
「俺、お前と2人でだって、学校で昼飯一緒に食った事、ねぇぞ?」
「あれ?」
「いつも飯食い終わってから、昼寝行くだろ?」
「じゃあ・・・・夢?」
ふじさわ~・・・・
ただの言い忘れですら、無かったぞ。
夢とか言ってるよ、コイツ。
学校で藤沢と俺と昼飯食ってるとか、一体なんの夢見てるんだよ?
なんて可愛い夢を見てやがるんだ、コイツはっ!
これじゃ、怒るに怒れないじゃないかっ!
今日の俺の午後は、一体なんだったんだよっ!
「ごめん」
バツが悪そうな顔をして、悠木がペコリと頭を下げる。
「年内で、モデルは辞める」
「うん」
「でも、卒業までは、事務所の寮に住める事になった」
「そっか」
「しじょーの勉強は、最後まで見る」
そう言って、悠木は再びマイ枕に頭を乗せる。
胸の奥に痛みを感じたが。
それこそ、俺には関係の無い事なのかもしれない。悠木にとっては。
とりあえず、今は受験に集中しなきゃ、な。
最後まで見てくれると言っている、悠木の為にも。
「ああ、よろしくな」
目を閉じたまま、悠木は小さく笑った。
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