第9話 夜の街に笑うアクマ

俺はマンションの窓から抜け出していた。

玄関は騒がしい声を出す中年女性。

知らない女性の死体が倒れて血に塗れてる。

窓から出ていくのがいいだろう。

住宅街の屋上をひょいひょいと駆ける。

人の多い方向へ。


駅が見えて来て俺はロケットランチャーを取り出す。

地面にいる人間どもが俺の姿を見て騒ぎ出す。


「おいっ、あの白いのまさか?!」

「嘘だろ、ホントに浮いてるぜ」


「ニュース見てないのかよ、宙を蹴って行けるんだよ」

「あれはテレビだろ、何かの仕掛けだって言ってたぜ」


「どう見ても仕掛けなんか無いぜ」

「細いワイヤーかなんかで釣ってんだろ」


「どこから釣るんだよ、上にクレーンも牽引機も仕掛ける場所なんか無いだろ」


騒がしい地上の虫けらを俺は放置する。

駅に滑り込んで来た列車に向かって、引き金を引く。

凄まじい轟音。

近くで使い過ぎたな。

耳に来る。

俺はもっと上空へ駆けあがる。


地上では爆発した電車の残骸が散らばる。

駅のホームも半壊。

周辺の商店街に電車の欠片が飛び散っている。

勿論電車の乗客も一緒に飛び散っている。


飛んで来た首から上だけの人間に制服を着た女子学生は失神。

商店の軒先に下半身だけが飛び込み、店主が呻き声を上げる。

それはでもマシな方。

なんせ電車の破片、鉄のカタマリも飛び散ったのだ。

自転車に乗った老人には鉄の破片が突き刺さった。

一瞬で絶命しただろう。

エコバックをぶら下げた主婦は頭から電車の扉部分が降って来た。

上半身の骨はグチャグチャになったハズ。


俺はそんな光景を横目でチラリと眺める。


上空から路線を確認。

えーとこれがあの駅。

大学有るのは右の方向だよな。

右へ向かって宙を蹴る。

右から左へ走る電車を見かける度に、ロケットを放つ。

前方車輛、後方車輛、真ん中あたり。

三箇所、念入りに。


大学のある駅のホームも破壊する。

電車がストップしてホームには人が溢れてる。

俺の方を見て指差すような人間も居たが、ほとんどは気づかないままあの世へ行っただろう。

ホームにロケットを撃ち込んだ。

跡形も残らない様に何発も。


さらに大学への道を上空から華麗に飛んで行く。

途中人影を見かける度に発砲。

大学の構内も、俺が知ってるゼミ室の近辺。

何一つ形あるものは残さない。

大学からあの駅へ、あの駅からマンションへ向かう人間は皆殺し。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


俺は笑いながらTOKYO上空を飛び廻る。


「アハハハ。

 楽しそうね」


小鳥遊リリス。

赤いゴスロリファッションの少女が俺の横を飛ぶ。

黒い蝙蝠の羽根を広げてる。

赤と黒、奇麗なコントラスト。


「ええ、楽しいですよ。

 やり終えましたからね」


やろうと思っていたことをやり遂げたのだ。


「フーン、何をやり終えたの?」


はて。

何だっただろう。

何かやり遂げてやると思っていたような。


「さて、何でしょうね。

 忘れてしまいましたよ」

「アハアハハァ。

 アンタ、大分進んだね」


進んだ?

何が?


「前は50%位だったけど。

 今はもう90%位。

 残った人間の部分は10%程度よ」


何かトンデモナイ事を言われてるような気もするけれど。

俺は深く考えない。

どうせなら100%まで行っちゃいたいな。


「クスッ。

 ほら、獲物が集まってきてるわ」


小鳥遊リリスに言われてみれば。

地上には警察車輛。

白と黒のパトカー、上に赤い緊急ランプ。

こんなに世の中にパトカーってたくさん有ったのか。

そう思う程多数の警察車輛が集まってる。


「そこの人物。

 降りて来なさい。

 貴方は包囲されている。

 素直に凶器を捨てて投降しなさい」


風に乗って何か聞こえる。

凶器。

ロケットランチャーも凶器って言うのかな。

近代兵器じゃ無いの。


「あれでまたポイント稼ぎですか」

「そうよ派手にやっちゃいなさい」


おっと。

俺の視界に光る物。

仮面に何処かから銃弾が近付く。

ギリギリで止まる。

ギュルルル。

俺の目の前で回転する弾丸。


「へえ、狙撃ね。

 SAT特殊急襲部隊ってヤツかしら。

 やったわね。

 テロリストとかよっぽどの凶悪犯扱いよ」


「危機一髪ですよ。

 気が付かなかったらこれはケガするんじゃ無いですか」

「ダーイジョーブ!

 なんのために殺戮ポイント有るのよ。

 体力強化も回復も出来るわよ」


ホントウか、適当言ってないか。

まあいいや。

俺は体力強化、防御力強化と念じて置く。

見た目は変わらないけど、多分これでいいだろう。

この女はガキの様で『電子の精霊』、『ゲームの小悪魔』。

小鳥遊リリスなのだ。



「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


俺は笑い声を響かせる。

今この瞬間もたくさんの意識が俺に流れ込む。


邪念が。

悪意が。

腐った気持ち。

歪められた精神。

圧し殺されてきた欲望。


それは警官たちの中にも感じられる。

大半は怯えや驚き。


撃ってる!。

銃で撃ってる筈なのに何故死なないんだ!

俺は唯の警官だぞ。

相手はテロリストじゃねーか。

こんなの相手出来るか。


しかし。

中に入り混じる。


ククク、大っぴらに銃を撃てる。

こんな機会滅多にあるもんか。

あの腐った上司を隠れて撃てないか。

どうせ犠牲は多数出る。

バレるもんか。

あの狂人をもしも倒したら、俺は昇進!

昇進どころか日本の英雄じゃ無いのか。

SNSで有名人。

やり放題じゃねーか。


何か近づく。

ピンと張った殺意。


また狙撃か。

俺は左手を真っすぐ伸ばす。

その先に飛んでくる弾丸を二本の指で受け止める。

誰も何をしたか分からなかっただろう。

スコープを覗いてる狙撃者以外は。


今の俺にはどこからスコープを覗いているか分かってしまうのだ。

中指と人差し指に挟まれた弾丸をヒョイと投げる。

手首を優雅に振る。

スコープを見ていたヤツは焦った筈だ。

先程放った弾丸がスコープに近付いてくるのだから。

そのままスコープを貫き、彼の左目を貫くのが分かってしまうのだから。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


人数が多いな。

俺は両手にロケットランチャーを構える。

右に、左に撃ちまくる。

車輌がぶっ飛ぶ。

人がぶっ飛ぶ。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


ヘリコプターが飛んでる。

テレビ局の物だろうか。

中にはカメラを構えた男。

それだけでは無い。

ドローンらしき物も幾つか飛んでる。

俺を撮影しようとしてるのか。


俺はサービス。

空中でステップを踏みながらロケットランチャーを発射。

見てるミリタリーオタクは発狂してるだろう。

なんせ俺がランチャーを振るたびにロケットが装填されてる。

一発撃ったら使い捨てだろ。

そんな狂気の叫びが今にも聞こえて来そう。


カメラに向かって、チッチッチと指を振って見せる。

『狂った奇術師』様の奇術だぜ。

タネを明かしてみせろよ。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


俺は踊り狂う。

撃ちまくる。

ロケットを。

弾丸を。

曲刀で斬りまくる。

警官を。

街行くOLを。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」



俺は新宿にいる。

都庁ビル、ツインタワーの屋上。

ぼーっと腰掛けて夜の街を眺める。


「やったわね、今日のアンタは控えめに言ってもサイコーよ」


隣には赤い服に身を包んだ小鳥遊リリス。


「何人くらい死んだのかな」

「さあね、数えてられねーわ。

 千人位いったんじゃない」


警官だけじゃない。

学校帰りの学生。

会社帰りのサラリーマン。

全て巻き込まれた筈。

そうだな。

百人程度じゃない。


先ほどのダンス会場からは大分離れてる。

夜の新宿は普通に動いてる。

パニックも起きてない。

違いは街行く警官が少ない程度。


「なあ、教えてくれないか?」

「何よ、何の話」


「何で俺だったんだ」


俺なんてただの大学生。

小鳥遊リリスは電子の精霊、ゲームの小悪魔。

俺を選ぶような何が俺に有ったって言うんだ。


「そんな理由なんて無いわよ。 

 たまたまよ、たまたま」


たまたま。


「そう、たまたま。

 たまたまアナタは心に不満を溜めてた。

 たまたまアナタはスマホをVR画像なんかで見てた。

 たまたまアナタはゲームのPVを見てた」


「それが引き金になって悪魔化したのね」


俺、悪魔になったのか。

なんの悪魔なんだ。


「さあ、SNSの悪魔かしら。

 対象が大きすぎるわね。

 アタシを追い抜きかねないわ。

 目立ちたがりのアクマ。

 SNSの動画でしょうもない手品見せて喜ぶアクマ。

 VRゲームで兵器撃ちまくって喜ぶアクマ。

 そんなカンジかな」

 

じゃあ、別にエリスに俺が選ばれた訳じゃ無いんだな。

まあそうだよな。

俺なんて何も無い。

もう俺は一人。

彼女も死んだ。

大学もメチャクチャ。

一緒に通ってた連中も相当いなくなったハズ。

何よりもう俺は人間じゃない。


「気にする程の事じゃないわ」


小鳥遊エリスは言う。

新宿の街を指さして見せる。


「見なさい。

 さっきあんなに暴れたのに、この街は何も変わってない。

 何が言いたいのか、分かる?」


俺はニヤリと笑って見せる。


「ああ。

 遊び場はまだまだ有るって事だろう」


そうさ。

俺が悪魔になるなんて大した事じゃない。

いつ起きても良い事。

この世界には一つも影響を与えちゃいない。


エリスが俺の目を見て言う。


「あなたはたまたまだった。

 でも今後は違うかもしれないわ。

 アナタの映像を見た人はたくさんいる」


「その中から次々と現れるわ。

 悪魔たち。

 アタシ、電子の小悪魔リリスちゃんに導かれた人々」


「無敵のヴィラン達。

 昼間の法に縛られない夜の精霊たち。

 この夜を混沌と無秩序に変えるモノたちが」


笑う。

笑みを浮かべる少女。

夜の都庁ビルをバックに赤い服の悪魔が笑ってる。


そうなのか。

次々と現れるのか。


この街を、この世界を壊すモノたちが。

人間を檻に閉じ込め精神をヤスリで磨り潰す、そんな世界。

この薄汚れた欲望と邪念、絶望と怨嗟に溢れかえった世界をひっくり返すモノたちが。


ならば待っていよう。

それまで俺は踊り狂おう。

夜のTOKYOを。


“鮮血の道化師”、“迸る狂気の凶器”、“夜空を散歩する白い紳士”

『狂った道化師』が夜の街を彩ろう。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


哄笑を響き渡らせよう。

待って居るぞ。

兄弟達よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TOKYOヴィラン くろねこ教授 @watari9999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画